四十六、推しと幼友達 4







「メシュヴィツ公子息。この度は様々さまざまお気遣いいただき、心より感謝します」


 装飾店と契約を交わした翌日、アストリッドへの挨拶も済ませたレーヴ伯爵は、見送りに駆け付けたオリヴェルに再び丁寧な礼をした。


「いえ。本日は、行動を共に出来ずすみませんでした。次の機会には是非、我が邸に滞在してください。デシレアも喜びます」


「ありがとうございます」


 王都周囲に設けられた城壁の内側で、見送る側のオリヴェルとデシレア、そして見送られる側のレーヴ伯爵とヴィゴが、それぞれに別れを惜しむ。


「デシー。俺や領主様と会って里心付いちまったんじゃねえの?心配しないでも、今度から割と会えるようになるぜ。王都との連絡係、俺だからな」


「心強いよ、ヴィゴ。みんなにも、よろしく伝えて」


「ああ、もちろん。土産もちゃんと渡すから、安心しろ」


「ほんとよ?途中で、お腹空いたからとか全部食べないでね?」


 かなり本気で心配され、ヴィゴが悪戯っぽい目になった。


「ああ。そういや昔、デシーがやらかしたよな。『みんなにあげるの』とか言ってクッキー焼いてくれたのに、それ詰めながら、味見とか言って『ひとつ、あとひとつだけ』といか言いながら結構な数をひとりで」


「ヴィゴ!それは、ずうぅっと昔の子どもの頃でしょ!」


「そうかぁ?ひとりでクッキー焼ける年だったじゃん」


「うっ。もうそんなことしないもの」


 ぷくっ、とふくれたデシレアを、オリヴェルが面白そうに見遣る。


「そうか。食への飽くなき探求は、その頃から」


「もう!オリヴェル様まで!」


「デシレア。メシュヴィツ公子息の言うことをよくきいて、幸せにな」


「お、お父様まで、違う方面から私を子ども扱い・・・・・!」


 私って一体、とがくりと項垂れるデシレアに、けれどレーヴ伯爵は真剣な目を向けた。


「デシレア。誰かに何かを言われ、思い悩むことがあったら、ひとりで解決しようとせず、必ず公子息に相談しなさい。メシュヴィツ公爵家に嫁ぐに相応しくないと言われ、安易にそうだと思い込むこと、無闇に己を蔑むことこそが、公爵家に相応しくない行いだと心するように」


「お父様」


 父の言葉に目を潤ませたデシレアの隣に、オリヴェルがそっと寄り添う。


「レーヴ伯爵。デシレアは、必ず私が幸せにします」


「よろしく頼む。時折、突飛な事を言い出したり、それをそのまま行動に移したりすることもあるし、夢中になって周りが見えなくなることも・・・本当に、くれぐれもよろしく頼む」


 しかし、徐々に目を泳がせて言ったレーヴ伯爵の言葉に、デシレアの目が細くなった。


「お父様。ひとを変人のように言わないでください」


「大丈夫です、伯爵。私は、デシレアのそんなところも気に入っていますから」


「なっ」


「ははっ。その顔。デシーの百面相も健在で、俺は嬉しいよ」


「私は嬉しくないですぅ」


 もう、と唸るデシレアの髪を、レーヴ伯爵が優しく撫でる。


「デシレア。身体に気を付けて。もっと領が落ち着いたら、一度戻っておいで。マレーナもミカルも、お前に会いたがっているからね」


「はい。お母さまとミカルに、よろしく伝えてください」


 聞けば家族が恋しくなってしまった、とデシレアは父伯爵の袖を掴んだ。


「ふたりとも、お前に託された土産も喜ぶだろうが、お前の話をするのが一番喜びそうだ」


「伯爵。近くおふたりも一緒に、王都へお越しください。両親も、会いたがっておりますので」


 オリヴェルの言葉に礼を言い、レーヴ伯爵とヴィゴが馬車へと乗り込む。


「お父様。道中、お気を付けて。ヴィゴも身体を大切にね」


 見送るデシレアの言葉に笑顔を向けたふたりを乗せた馬車が、王都の外へと旅立って行く。


「さあ、デシレア。俺達も戻ろう」


 遠ざかる馬車を名残惜しく見送ってから、オリヴェルはそっとデシレアの肩に手を当てた。


「はい。あの、オリヴェル様。この度は、本当に細かな心遣い、ありがとうございました。馬車も往復で手配してくださって」


「俺がしたかっただけだ」


 レーヴ伯爵とヴィゴが乗り込んだ馬車は、予め目的地までオリヴェルが貸し切っていたもの。


 往復の馬車にまで気遣いが及ぶオリヴェルに、デシレアは心底感謝の気持ちを抱いた。


「本当に色々。オリヴェル様お忙しいのに、私の窮地も救ってくださって。オリヴェル様ってば、ほんと見えていたみたい・・・って、何を笑っているんですか?」


 自分達の馬車へと向かいながら、オリヴェルは眼鏡の細い縁をくいっと持ち上げる。


 そしてそこから覗く、揶揄うような視線。


「見えてはいないが。王城から君へ、緊急と称する割り込みの依頼があったことは、その時点で把握していた。だが、かるかんが焦っていなかったからな。問題無いのだろうと思っていたら、突然騒ぎ出して。そこへ、ニーグレン公爵令嬢の文が届いた。『デシレアが窮地だ』と」


「アストリッド様が知らせてくださったのですね・・・って、かるかんですか?かるかんが緊急連絡をするのは、公爵邸の魔法警備と連動した時だけなのでは?」


 アストリッドが、デシレアの窮地に際しオリヴェルに連絡してくれたのは分かる。


 そして、かるかんが魔法警備と連動出来ることも知っている。


 しかし普段のかるかんについては、いつも何気なく現れて、何気なくいなくなる、気まぐれな存在のように思っていたため、デシレアは不思議だと首を傾げた。


「ああ。かるかんを通じて、俺と君、互いに互いの危機を知れるようにしたからな」


「え?そうなのですか?」


「連絡し合うだけでなく、危機が迫ると同時に通達するようにしたのだが、い」


「凄いです!オリヴェル様!それなら、オリヴェル様の危機を私が救うことも・・・っと、その前に実力が足らなさすぎですね」


 嫌だったか、というオリヴェルの言葉を奪い去ったデシレアが、嬉しそうに言ってから、一気にしゅんと萎み込む。


「何を言う。既に一度助けてくれただろう・・・さ、手を」


 その時、見送りの馬車用の溜まりに着いたオリヴェルは、そう言ってデシレアに手を差し出した。


「ありがとうございます。では、これからはもっと精進して、オリヴェル様の助けになれるようにします」


「期待している」


「となると、私が扱うのは何がいいでしょうか」


「ん?」


 瞳を輝かせて言うデシレアに、オリヴェルが疑問を抱いたような声を出す。


 自分が思ったのと違う方へ、デシレアの話が進みそうな、そんな予感。


「武器の類は、何も手にしたことすら無いのですが。剣、槍、弓。オリヴェル様は、私は何を扱うのがいいと・・・オリヴェル様?」


「何故、武術を習う話になっている」


 頭が痛い、と呆れを隠しもせずに言うオリヴェルに、デシレアはずずっと身を乗り出した。


「だって、私が扱えれば、オリヴェル様の危機を少しでも回避できるじゃないですか。それに、一緒に鍛錬、楽しそうです。あ、楽しそうとか言ったら、侮辱している感じに・・・?ああ、あの、そうではなくてですね」


 慌てるデシレアに、オリヴェルがくすりと笑った。


「侮辱しているなど、誰も思わないから安心しろ。ただ、遊び半分で臨むのならやめておけ」


「本気なら?」


「俺が仕込んでやる。ふたりで鍛錬。確かに楽しそうだ」


 そう言ってオリヴェルは、デシレアを見てにやりと笑った。



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