四十七、推しと推しの因縁の場所へ
「あのね、デシレア。実は、お店を改装することになったの。ほら、このお店の<うり>ってあれじゃない?でも、私にはそんな能力無いし、最近はデシレアのお蔭で、あちらを使いたいという要望よりも普通に英雄ケーキなんかを食べる方が人気だったのだけれど、最近また、あちらを予約したいという方も増えて来て」
閉店した店内でアストリッドにそう切り出され、デシレアは小さく頷いた。
アストリッドの言う<うり><あれ><あちら>というのは、この店が一瞬で自在に内部を変容出来るということ。
それは内装が変わるというレベルではなく、客が草原でと望めば草原で、海辺のテラスでと言えば海辺のテラスへとこの場が変わる。
魔法の一種だとデシレアは聞いたが、その魔法は隣国王子であるエリアスにしか使えないため、エリアス不在の現在は予約を受けることが出来なくなっていた。
「改装している間に、エリアス様がお戻りになるのですか?」
「いいえ、そうではなくて。あの、わたくしにもあの魔法が使えるように、何か手立てを考えてくれたのですって。それを伝授してもらいに、隣国へ行くことになったの。その、今はエリアスもあちらに戻っているし、ご挨拶などもあるから、ちょうどいいかしらって思って。だからね、少し長く留守にするので、それならば、基本としている魔法無しの内装も、やり直そうか、って」
あちらこちらへと視線を動かしながら言うアストリッドを可愛いと見つめて、デシレアは微笑む。
「会えなかった分、存分に甘えるといいですよ」
「なっ、違うわよ。甘えるのは、そうね、どちらかと言えばエリアスの方よ」
顔を赤らめて、焦ったように言うアストリッドもまた可愛い、とは言葉にせず、デシレアは用意した紅茶に口を付ける。
「ごめんなさいね。急に」
「いいえ、大丈夫です。ですが、隣国で目新しいお菓子などありましたら」
「ふふ。心得ているわ。楽しみにしておいて」
約束をもぎ取り、デシレアはほくほくと新しい美味しい物へと想像を膨らませた。
「それで、いつから改装工事に?」
「三日後よ」
「それは、急ですね」
「だから言ったじゃない。急でごめんなさいね、って」
「確かに」
ふたりは目を合わせて笑い合い、束の間の茶会を楽しんだ。
「三日後から長期の休み?」
その日の夕食時、デシレアが改装の話をすると、オリヴェルが食事の手を止めた。
「はい、そうなのです。その間、アストリッド様は隣国へエリアス様をお訪ねになるそうで、とても嬉しそうでした」
「そうか。それは丁度よかった」
「丁度よかった、ですか?」
それこそ嬉しそうに言われ、デシレアはオリヴェルを見たまま首を傾げる。
「ああ。俺の方は、七日ほど後からだが、行くべき場所がある。そこへ、デシレアも一緒に行って欲しい」
「私がご一緒しても、大丈夫なのですか?」
「俺が一緒に行って欲しい。だが、仕事を休んでもらうことになるからな。どう言おうか迷っていた」
ニーグレン公爵令嬢に感謝だな、と笑って言ってから、オリヴェルはデシレアに改めて向き直った。
「デシレアと一緒に行きたいというのは、完全に俺の私情なのだが。共に行ってくれないか」
「オリヴェル様が大丈夫なら私は喜んで、と言いたいところですが。どちらへ行くのか聞いても?」
「魔王討伐の際、多くの魔を屠った場所だ。当然、こちら側の犠牲も大きかった。魔は完全に消滅させ、ひとは魔に汚染しているということで、遺体を燃やした後水葬にしたのだが。国王陛下は、その地で魔が復活することを懸念している」
「そ、そのような所へ、部外者の私が行ってもいいのでしょうか?」
「俺は、デシレアに一緒に行ってほしい。ひとりで行くと、魔の方へ取り込まれそうで」
「オリヴェル様!」
「俺は、魔の恨みを盛大に買っているからな。いや、人の恨みだって買っているやも知れぬ」
自嘲気味に言うオリヴェルに、デシレアは大仰なほどに大きく頷く。
「分かりました。私も一緒に行って、魔の皆さんには、オリヴェル様は人間の代表だっただけなので、とお伝えし、犠牲となった方々には、皆様の犠牲を忘れることなく、平和な世となるよう努力することを誓いに参ります!」
「ありがとう、デシレア」
そんなデシレアを眩しく見つめ、オリヴェルは安堵のため息を吐いた。
「こちらが、そうなのですか?」
馬車で丸一日移動し、宿で一泊した翌朝。
デシレアは、オリヴェルに連れられて鬱蒼とした森へと足を踏み入れていた。
「ああ。この先に、戦場となった平地、そして水葬にした場所がある。だが、枝分かれの道など無い一本道だ。デシレアでも迷う事は無い。万が一はぐれたら、その場にいろ。必ず迎えに行く」
「私でも迷うことは無いのに、はぐれる心配はある、と。安定の子ども扱い」
軽い調子で言いながらも、いつもとは違うオリヴェルの様子、そして伝え聞いたかつてこの場所であったことを思い、デシレアは緊張気味に足を進める。
今日の為に選んだのは、弔意を示す黒のワンピース。
装飾品は着けておらず、その手には花束を抱えている。
「あと、少しだ」
「やっぱり、来たわね」
そしてオリヴェルがそう言った時、鈴を鳴らしたような声がして、両脇から人が出て来た。
「聖女」
オリヴェルが硬い声で呼び、デシレアは突然現れた英雄三人の姿に驚き、その場に固まってしまう。
そんなデシレアに気づく様子も無く、聖女エメリが優雅に進み出てオリヴェルの前に立った。
「わたくしね、オリヴェルが長期でお休みを取ったと聞いて、これはと思ったの」
「エメリの言った通りだったな。しかし、父上もおひとが悪い。僕達にも言えばいいものを」
「きっと、わたくし達が気づくとお思いなのよ。共に旅をし、魔王を倒した絆がありますもの」
ぽんぽんと軽妙に交わされる会話に、デシレアはじっと耳を傾けた。
こ、これが、仲間の絆会話。
「よ、嬢ちゃん。久しぶりだな」
感動して聞いていると、ぽんと気楽な調子で頭を叩かれる。
「あ、お久しぶりです。ディックさん」
「さん、なんていらねえって言ってるのに」
「はは。相変わらず豪気ですね」
「礼儀だなんだ、めんどくせえだけだよ」
「デシレア。遊ばれるな」
ぐりぐりとそのまま、成すがままにディックに小突かれていると、オリヴェルが呆れたようにデシレアを引き寄せた。
「それにしても。オリヴェルが、ここへの同行を許すなんて意外だわ」
「そうかな、エメリ。レーヴ伯爵令嬢は、オリヴェルの婚約者だからだろう?」
「だからって」
「許す?違うな。俺が、一緒に来て欲しいと頼んだんだ」
「庇うの?本当は、仕方なくではないの?」
「あ、あのオリヴェル様。私はやはり、ご遠慮します」
何となく聖女エメリが不機嫌なように感じて、デシレアは慌てて申し出る。
「そうね。そうしてちょうだい。ここは、特別な場所なのだから」
「はい」
聖女からは聞いたことも無いきつい声で居丈高に言われ、デシレアはぴんっと跳ね上がった。
「デシレア。なら、俺達は後日またにしよう」
「何を言っているのよ、オリヴェル。貴方は、わたくしたちの仲間でしょう?」
オリヴェルに言いながらも、聖女の美しい瞳はデシレアを睨めつける。
ひぃっ!
こ、怖い!
聖女様のこんな顔見るの初めて!
可愛い、綺麗なひとが怒ると、なんか色々倍増するぅ!
やっぱり、部外者が来ちゃったから!
言外にデシレアは部外者で邪魔だと言っている、その険のある言い方に、オリヴェルが眉をぴくりと動かし、ディックが小さく肩を竦める。
そして言われた当のデシレアは、涙が千切れそうになるのを何とか堪えるも、震えを止める術は無い。
「ああ、悪いな嬢ちゃん。だが安心しな。女一人で森を歩かせるなんてしねえ。俺が送ってやっから」
「何を言うディック。ならば、俺が送るのが当然だろう。俺が連れて来たのだから」
「ああああああの、私、ひとりで大丈夫ですから!真っ直ぐ一本道!寄り道しないで帰りますのでご安心を!あ、ディックさん、これお願いします!では!失礼をば致しました!」
またも揉めそうな空気に焦ったデシレアは、手にした花束をディックに渡すとくるりと背を向けて、来た道を急ぎ足で戻り始める。
「デシレア!宿で待っていろ!」
「はい!オリヴェル様!どうぞ気にせずごゆっくり!」
背後からの叫びに振り返ることなく叫びで返して、まるで恐ろしいものから逃げるようにデシレアは歩き続けた。
「あ、そうだ。ええと、お参りここでもいいかな。『魔の皆さん。オリヴェル様は、人間の代表として闘ってくださっただけです。何故なら、とっても強いから。そして犠牲となった皆様。皆様の尊い犠牲を忘れることなく、平和な世となるよう努力していくことを誓います」
立ち止まった一際大きな木の前で、デシレアは祈りを捧げる。
後半は、自領レーヴに向けて常々祈り、誓っていることでもある。
「辛いのは、私達だけじゃない」
この森の辺りに戦闘の名残は無いけれど、奥の平地の辺りはきっと、と思い再び歩き出したデシレアは、前方から小さな子どもが尋常ならざる様子で走って来るのに行き会った。
「はっ・・・はあっ・・・あのっ・・ここっ・・」
子どもはデシレアの前で止まるも、息が切れているのか上手く話せない。
「どうしたの?ゆっくりでいいのよ。もしかして、はぐれ・・・っ!」
しゃがみ込み、その小さな背を擦りながら言いかけたデシレアは、子どもの背後、その少し先の道に、若い男が居るのに気がついた。
もしかして、人さらい!?
思い、子どもを引き寄せたデシレアは、直後男が踏み込んで来るのを見て、ぎゅっと子どもを抱き締める。
「おねえちゃん・・・・」
か弱い子どもの声と、益々近づく男の姿。
「ごめんな」
「え?」
しかし、場にそぐわない優しい声が聞こえ、疑問に思ったデシレアが見あげた先に見たのは、自分へと叩き込まれる手刀。
そして。
《報告!でし・・・うぐっ》
近くでした羽音と、誰かの呻くような声に目を開けようとするも敵わず、デシレアはそのまま意識を失った。
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