五、推しの好物







「ふんふんふーん。おっかし、おっかし、おっかしを作るぅ。今日はキッシュとパイだけど」


 自作の鼻歌を歌いつつ、デシレアは粉類をふるう。


 デシレアは菓子作りが好きだ。


 貴族令嬢らしからぬ趣味だと言われ続けて来たが、困窮してからはそれが生活費を得る手段となり、デシレアの生きがいともなった。


 


 婚約してからも厨房で好きに調理していい、なんて、ほんっとオリヴェル様最高!




 そして工房が休みの今日、オリヴェルへの感謝を胸に、デシレアはてきぱきと身支度を整えると、料理人達の邪魔にならない時間を狙って厨房へと赴いた。


 今日は、店に出すための新作の試作と一緒に、オリヴェルが好きなミートパイを作ろうと、デシレアはひとり作業を進めていく。


 篩いにかけた小麦粉と冷えたバターを切り交ぜ、生地を寝かせ、フィリングとなる肉のワイン煮込みを作る。


 そうして素焼きした生地を冷ましてフィリングを詰め、生地で蓋をしてナイフや残りの生地で装飾した後オーブンへ入れれば、後は焼きあがりを待つばかり。


 その際にも浮かぶのは、オリヴェルへの感謝と賛辞。


「『この工房は無防備に過ぎる』と言って、工房の扉に頑丈な鍵を付けてくださったり、警護のために見回りを配備してくださったのも嬉しかったけれど、出勤の際、遠回りになるのに『ついでだ』と眉間に皺を寄せながら毎日送ってくださるツンデレぶり、優しさが駄々洩れていて本当に素敵です。毎日、本当に幸せです。オリヴェル様、ありがとうございます!大好きです!このパイにありったけの愛を込めて。美味しく焼けますように」


 物語のなかで、ミートパイが好物だと語られていたオリヴェル。


 折角近くに居られるのだから日頃のお礼も込めて、と、原作とは少し違う肉のワイン煮込みのパイを作ったデシレアは、先にオーブンに入れたキッシュと共に上手に焼けますように、と拝んだ。




 オリヴェル様が大好きなミートパイ。 


 少し変化させているけど、いつか食べてもらえたらいいな。


 私が作ったものを、眉間に皺寄せながらも食べてくれるオリヴェル様。


 ああ、素敵、最高、幸せ。




「デシレア様は、本当にご主人様がお好きなのですね」


「ええ、それはもう。私のいきが・・・え?」


 推しが自分の作った物を食べてくれる幸せ、美味しいと呟いてくれたらそれはもう、などとデシレアが浸っていると、後ろからそう、優しい声がした。


 その声に驚き振り向けば、さっきまでひとりだった筈の厨房に、デシレア付きとなった侍女、リナが微笑みを浮かべて立っていた。


 しかも、彼女だけではない。


 料理人と思しき幾人ものひとと、ノアや、エドラまでもが居る。


「え、えーと。何か聞いたかしら?」


 冷や汗が流れるのを感じつつ引き攣った笑顔で聞けば、全員一緒に頷いた。


「工房の扉の件で感謝を述べられるところから、お聞きしました」


 そうしてリナに説明され、デシレアは眩暈を覚える。


 


 う、噓でしょ!?


 それって、あの馬鹿っぽい呟きを全部ってことじゃないの!




「大丈夫です。とても愛情に溢れたおまじないでした」


「是非、今日の晩餐の一品にしましょう」


 馬鹿な女だと思われた、と脳内真っ白になったデシレアに聞こえたのは、ノアとエドラの嬉しそうな声。


「そ、それは駄目よ!これは試作品なの。だから、駄目なの!」


 そう叫ぶように言うと、デシレアは焼きあがるまで少し散歩して来ると言って、余りの精神的打撃によろよろしながら庭へと出た。




 うう。


 居たたまれない。




 普段から、事あるごとにオリヴェル賛歌を脳内で歌い唱えていること、完全にひとりだと思っていたことで、無意識に口から洩れ出てしまった、とデシレアは反省する。


「でも。これもそれもあれも。オリヴェル様が素敵すぎるのがいけないのよ」


 ふう、と息を吐き、はっとして後ろを見れば、リナがにこにことデシレアに近づき、温かなショールをそっとかけてくれた。


「ありがとう」


 言いつつ、デシレアの頬が引きつる。




 い、いけない。


 私ってば、また。




 ここは推しであるオリヴェルのホームだった、いや別に私のアウェーというわけでもないけれど、と慌ててオリヴェル賛歌を唱える口を閉じれば、リナが緩く首を横に振る。


「何も我慢されることはありません。好きに旦那様への愛を叫ばれたらよろしいのです」


 そう言う目はきらきらと輝き、心底そう思っているのが伺える。


「でも、恥ずかし・・・うぷっ!」


 でも恥ずかしいから気を付ける、と言おうとしたデシレアは、前方から飛んで来た何かに顔面を直撃され、息を詰まらせた。


「デシレア様!」


 慌てるリナの声を聞きながら元凶と思われるそれを見たデシレアは、歓喜の声をあげる。


「どこも何ともないわ、リナ。それよりも見て!可愛い小鳥!」


 手のひらに乗るくらいのその真っ白な小鳥は、ふわふわのもこもこで、足がどこかも判らないほどの羽毛に覆われている。


 そして、普通の小鳥には無い長い耳が、丸っこい頭のてっぺんにちょこんとふたつ並んでいる。


「見たことの無い子だわ。リナは知っている?」


「いいえ。このような生き物は、初めて見ました」


 デシレアと同じように目を丸くしているリナから、謎の小鳥もどきへとデシレアが視線を移せば、その小鳥もどきは何やら懸命に足を動かしている。


 もこもこの羽で覆われているためよく見えないが、とても俊敏に動いていると見える。


「まあ!ダンスを披露してくれるの!?可愛いわ!」


「はーはっはっ」


「え?今の鳴き声?個性的ねえ。ダンスも素敵よ」


「はーはっはっ」


 ぺしっ。


 目を輝かせ、手拍子を取っていると小鳥もどきは焦れたように飛び上がり、その翼でデシレアの頭を叩いた。


「な、なに?何が言いたいの?」


 痛みなど感じはしないが、小鳥もどきが不機嫌であることに気づいたデシレアが尋ねれば、小鳥もどきは器用に滞空飛行しながら、幾度も足を左右交互にデシレアへと突き出す。


 その動きは益々ダンスめいているけれどきっとそうではないのだ、とデシレアは小鳥もどきの意図を探るべく瞳を凝らした。


「もしかして、足を見ろ、ってこと?まあ、足輪が付いているのね。きれいよ、とても似合って・・・じゃない?」


 再び、ぺいっ、と今度は勢いよく額を叩かれて、デシレアは不機嫌に動き回る小鳥もどきの目をじっと見つめた。


「あら、素敵。よく見ると小鳥もどきさん、オリヴェル様と同じ群青の・・・っ、でも無いのね。えーと・・・もしかして、これに触れろ、ってこと?」


 小鳥もどきの意図を漸く理解したデシレアが、脚に着いた輪っかを指さし言えば、小鳥もどきは、漸くかと言わぬばかりに強く足を突き出す。


「失礼します」


 ひと言呟いて、デシレアがその短い脚に括られている輪っかに触れると、それは手紙へと変化した。


「あら、手紙になったわ!凄いわね、これも魔術?」


「はーはっはっ」


 すると小鳥もどきは、遅すぎるだろう鈍ちんめ、と言うかの如く、嘴を大きく振った。


 その仕草は、まるで首を振り、大きなため息を吐いているようにも見えて、デシレアは苦笑する。


「ふふ、何だか人間みたいな仕草ね・・・っと、オリヴェル様、今日は不要と思って邸に置いて行った書類が必要になってしまったから、持って来て欲しいのですって。大変、急がないと」


 推しであるオリヴェルの役に立てると思えば、デシレアの瞳もきらきらと輝く。


「お供いたします」


 喜びも露わなデシレアを優しく見つめ、リナもまた、きらきらと輝く瞳をデシレアに向けた。


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