風間美紀視点

 今時、ラブレターなどを送る者がいるとは驚いた。恋愛などに興味を持てない私は、手紙の主が誰であれ、断るつもりでここへやってきた。


 そしていたのは、見覚えのある男子生徒。前にピアスを付けていたので注意してやった。私への印象を良くするためか、今はピアスをしていない。


 穴が空いている時点で生徒指導の対象なのだけれど。


 本当、なんでこんな校舎の端っこに……時間を奪いやがって。


「なんですか? こんなとこに呼び出して。私は忙しいんです」


 ピアスの男子は大きく深呼吸すると、私を力強く見下ろした。


「俺、ずっと……お前のこと好きだったんだ」

「はぁ、それはどうも」

「だから、俺と付き合ってください!」

「嫌です」


 くだらない。一度も話したことないくせにコイツは何を言ってるんだ。そもそも、お前のような人間が私と釣り合うわけないだろ。


「それじゃ、私は委員会の会議があるので」

 

 メンバーが待っている。こんなところにいる暇などない。階段を降りようとすると、男子は私の前に移動して両手を広げ、道を塞いできた。


 突然、彼の視線が鋭くなる。


「ちょっと待てよ」

「邪魔よ」


 私が無理やり前に進もうとするも、ピアスの男子は一向に動く気配を見せない。


「どいてくれないかしら」

「それはできない」

「さっきも言ったでしょう? 私は委員会の会議が……」

「揉ませろ」


 その言葉を聞いた途端、私の中でずっと強引に維持していた余裕に……限界が来ちゃった! やばい、怖いよ普通に! 私もしかして犯される? 嫌だよぉ……初めては好きな人とがいいのに!


 頑張って虚勢を張るしかない。なんとかイラついる表情を作り出す。


「は?」 

「ずっとお前のそのデッカい胸を揉みたかったんだよ。付き合えばそれも俺のもんになるだろ?」


 怖い……。 やだ、こんな男に揉まれたくない。


「本当は今にもヤリたいんだけどヨォ、断られちゃったんなら仕方がない。一回だけでいい、その爆乳を掴ませろ」

「は? バカバカしい。私を落とせる人間にしか、そんな資格はないわ」


 震えそうになるのを必死に抑えて言ってやった。お願い、これで諦めてどっか行って……。


 しかし、この男には逆効果だったらしい。彼は私に不機嫌な顔を近づけ、声を荒げてくる。


「うるせぇ、そんな人間どこにいるんだよ! 学校一かもしれねぇお前みたいな美少女を落とせる男なんて」

「どこかにいるんじゃないかしら。少なくとも、あなたではないけれど」

「黙れ! ……へ、ここへ呼び出しておいて良かったぜ」


 ピアスの男子が片頬を吊り上げ、悪人のように笑った途端、つま先から頭のてっぺんまで全てに戦慄が走った。


 手の震えが治らない。


 もう、声も出せそうになかった。


 男の手の指が、今にも私の胸を掴みたそうにうねうねと動いている。

 

 こいつを処罰してやりたい。でも、この状況ではもうどうすることも……


 

「お、お前、何をしてる……!」



 ふと、階段下から誰かの声が聞こえてきた。その瞬間、心の底から安堵したのを感じる。


 そして、現れた生徒の正体は……私が今朝注意をした、クラスメイトの佐々木真事ささきしんじくんだった。

 

 彼が、助けに来てくれた……。


「テメェ、いつから見てた……?」


 ピアスの男子は階段を降りながら、佐々木くんに近づいていく。……だめ、逃げて! 


 心の中で必死に叫ぶも、まだ思うように口が動いてくれない。

     

 指をポキポキ鳴らしながら、ついに佐々木くんの目の前に辿り着いてしまうピアスの男子。


 「今すぐこっから立ち去れ、でないと……」


 お願い、私を放って逃げて! あなたが傷つくところを見たくない、そんな思いが不思議と無性に沸き上がってくる。



「――立ち去るのはお前の方だ!」


 

 突如、廊下から中村翔一なかむらしょういちが入ってきた。全然私の言うことを聞かない、うちのクラスの問題児だ。


 え、なんで中村までここに? 


 彼はいつものように堂々とした、生意気な態度で佐々木くんの隣に並んだ。


 そしてピアスの男子の肩を、押しのけて佐々木くんの肩に手を乗せる。


「言っておくがな、お前にその女をどうこうする資格はない。なぁ?」


 もしかして佐々木くん……私のために中村を呼んでくれたの⁉︎


 クラスではいつも一人でいる彼が、勇気を出してあの問題児に声をかけてくれたんだ。


 佐々木くん……。

 

 気づけば胸の鼓動が速まり、彼から目を離すことができなくなっていた。


 あれ、私……これって。


「あ、佐々木君いたぁ! 勝手に行かないでよリーダー!」

「こんなとこいたんかよ! リーダー、探したんだぜ。うし、みんなに報告すっか」

「え、あ……」

 

 ぞろぞろと、クラスの問題児達が入り込んできた。え、ちょっと待って、リーダーってどういうこと⁉︎


 そんなの、可能性は一つしかない。


 そうか、佐々木くんは実はあの連中と仲が良かったんだ。それで彼は、私のために仲間を呼んで、ここまで助けにきてくれたんだ! そうに違いない!


 ドクンドクン、と胸の鼓動がどんどん速くなっていく。


 あれ、佐々木くんってあんなにカッコ良かったっけ……?


「流石だね佐々木君、早速作戦を実行するなんて。でも水臭くない? 何も言ってくれないなんて! 私達、仲間でしょ?」

「仲間…………うんっ」

「何難しい顔してんのよ」

「ちゃんとしてくれよ、リーダー!」


 作戦って、ああ私を助ける作戦ね! 詳しくは分からないけど佐々木くん、どうやら最初は一人で私を助けようとしてくれてたみたい。


 ……もうダメ! 今にも君を抱きしめたい!


「あ……」

 

 自分の頬が、とんでもなく熱くなっているのに気づく。


 きっと、真っ赤になっているに違いなかった。

 

 こんな顔、佐々木くんに見せられない……!


 もう、問題児達が一緒だから、彼が殴られたりすることはないだろう。


 ごめん、行くね、本当にありがとう。


 というか――



 佐々木くん、大好きいいいいいぃぃぃぃ!!!!


 

 君になら、あげてもいいよ……私の。


 


 



 

 

 



 


 




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