第3話 風紀委員長がピンチ

「佐々木君、頼りにしてるからねっ」

「あ、うん……?」


 未だ状況に追いつくことができず、困惑している俺をよそに一軍達は騒ぎ出す。


「よっしゃ、作戦どうすっか?」

風間かざまの素行を悪くさせるのは? いい感じに誘導してさ」

「確かに、それなら風紀委員長失格させられんね」

「いいや、ダメだ。失格じゃなくて、風紀委員長の風紀を乱すんだ!」

「ちょっと、結局それどういう意味なの翔ちゃん!」


 もうどの声が誰のものかよく分からなかった。脳のキャパシティオーバーで、情報処理ができていない。


 それでも一つだけ分かる。


 どうやら俺は、陽キャ達のリーダーになったようだった。


 ***


 帰りのH Rが終わると、俺は非常にドギマギしていた。


 え、どうなの? 俺このまま帰っていいの? 昼間はあの人達、特に話しかけて来なかったし、どうすればいいのか分からない。


 やめてよ、俺がリーダーだから全部指示しなくちゃいけないとか。流石にそれはキツいって。え、ホントどうしよ……。


 リュックの紐を持ち上げたり下ろしたりを無限に繰り返す。


 ……とりあえず、トイレでも行ってくるか。


 俺が帰ってきて、一軍の人達がいなくなってたら、今日は作戦は無しってことだろう。そうに違いない。


 まさか、朝のはノリで言っただけで本気なわけないじゃん、みたいな展開にはならないよな……。


 ちょっとした不安を抱えつつ、雑談している一軍を尻目に教室を出た。大丈夫、リュックは置いたままだから帰ったとは思われないだろう。


 正直、いざこういう立場になると緊張してきて、一軍の人達帰ってくれないかな……なんて罰当たりなことを思ってしまう。せっかくみんな俺をリーダーと言ってくれたんだ、しっかり期待には応えたい。


 でも、ここであえて校舎の逆側に位置する、一番遠いトイレを目指してしまうのが俺という人間である。


 ごめん、すぐ戻るから……。


 開放感で満たされた廊下は、帰宅する生徒や部活のある生徒で溢れかえっている。


 目が合うとなんとなく気まずいので、できるだけ床を眺めつつ歩を進めていると、次第に人数ひとかずが減っていった。


 職員室を通り過ぎ、校長室を通り過ぎてもう少し歩くと、校舎の端っこ位置する小さな階段が見えてくる。


 その正面に、ほとんど使われていないと思われるトイレがあるのだ。駅のホームのトイレ並みに狭く、個室は二個中一個が和式で、あまり掃除もされている気配がない。


 だからこそ、俺はここが好きだ。


 逆に落ち着くんだよな。


 さて、ここでちょーっとだけ時間を潰して、教室へ戻るか。


 そう思ってトイレのドアを押したその時だった。



「なんですか? こんなとこに呼び出して。私は忙しいんです」



 背後から、やけに綺麗でやけにムカつく声が聞こえてきた。


 振り向けばそこは階段、つまり踊り場に人が、アイツがいるはず。


 確かにさっき、教室にいなかったような……ってか、なんでこんな場所に? あ、誰かに呼び出されたのか。


 それってつまり……


 本当はここで覗くなんて野暮だと思ったが、気になるものは気になるので、階段の入り口に僅かに顔を突っ込んで覗いてみた。


 あの風紀委員長に告白するなんて一体どんな変わり者だ…………あ、めっちゃ普通の人でした。


 おそらく野球部だろう、坊主でふっつーな感じの男子生徒。


 そしてやはり女子は風間かざまだった。二人はこの2階と、3階の間の踊り場にいる。


「俺、ずっと……お前のこと好きだったんだ」

「はぁ、それはどうも」

「だから、俺と付き合ってください!」

「嫌です」


 えぇ……そんなあっさりと。男子が可哀想すぎるんだが、勇気振り絞ったに違いないのに。


「それじゃ、私は委員会の会議があるので」

「ちょっと待てよ」


 階段を降りようとした風間に対し、男子は彼女の前に移動して両手を広げ、行手を阻んだ。


「邪魔よ」


 しかし、彼は動かない。


「どいてくれないかしら」

「それはできない」

「さっきも言ったでしょう? 私は委員会の会議が……」

「揉ませろ」

「は?」 


 風間が片眉を突りあげ、苛立ちを露わにする。対する坊主はこちらに背を向けているので表情は分からないが、強引な足取りで風間に一歩近づいた。


「ずっとお前のそのデッカい胸を揉みたかったんだよ。付き合えばそれも俺のもんになるだろ?」


 なんてやつだ……! 男子がみんな思ってることを口に出してしまうなんて!


「本当は今にもヤリたいんだけどヨォ、断られちゃったんなら仕方がない。一回だけでいい、その爆乳を掴ませろ」

「は? バカバカしい。私を落とせる人間にしか、そんな資格はないわ」

「うるせぇ、そんな人間どこにいるんだよ! 学校一かもしれねぇお前みたいな美少女を落とせる男なんて」

「どこかにいるんじゃないかしら。少なくとも、あなたではないけれど」

「黙れ! ……へ、ここへ呼び出しておいて良かったぜ」


 あ、まずい。この流れはまずいぞ。


 多分、もうすぐ風間の胸が揉みしだかれる。相手は野球部なので体つきは良い、抵抗は難しいはずだ。


 風間はこの状況において尚、顔に恐怖の色を見せていないが……手が、僅かに震えていた。


 ……どうする? 助けに行くか? 相手はあの風間だぞ。俺が復讐してやりたい相手なんだぞ。むしろこれはアイツに天罰が下ったと喜ぶべきなのでは……?


 そうだ、そうに違いない。よーし、ここからお手並み拝見でもするか。


 

「お、お前、何をしてる……!」



 あれ、俺なんでこんなこと言ってんだ。わざわざ階段の踊り場へ躍り出て、坊主を指差して突っ立ってんだ? 


 …………なーんて、わかってるよ。倫理観をぶっ壊して、己の意思を突き通せる程に俺は強い人間じゃない。どうせこの程度の人間なんだ。


 ……で、どうするよ、この状況。 


 振り向いた坊主は、舌打ちして階段をゆっくりと降り始めた。


「テメェ、いつから見てた……?」

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