第8話 カメラの中の恋人、隣で微笑む恋人。



心結side




凛律と恋人になった日から1週間。




今までとは違う、少し特別な土曜日。




今日も今日とて橋の下で待ち合わせをしている。




今の時刻は午後12時30分。




待ち合わせ時間の30分前だ。




まだ時間はあると言っても凛律は来るのが早いから、俺はそれより早く橋の下へ着くように家を出た。




凛律はまだ来ていないようだ。




それを確認してから、乗ってきた自転車のスタンドを立てる。




もう9月になったけど、熱中症には気をつけなければならない。




橋の下の日の当たらない所へ座り、持ってきたペットボトルの水を1口飲む。




その後は、今日も凛律は笑ってくれるのか、どんな服を着てくるのか、俺の名前をいつもの愛らしい声で呼んでくれるのか、なんてことばかりを考えていた。




その10分後。




「し〜ゆうっ」




既に笑顔を浮かべた凛律が、俺の名前を呼びながらやってきた。




よかった。




これからは笑顔の心配はいらなそうだ……




って、それよりも。




「凛律、その髪……っ」




俺は無意識に立ち上がった。




「そう切ったのっ。それはもうバッサリね。どう、似合ってる?」




凛律は、腰あたりまであった長い髪を、肩より少し下くらいの長さまでバッサリと切ってきていた。




長い髪は綺麗でとても良かったけど、今の髪型も……




「ああ、似合ってる。というか可愛すぎる」




何気なくそう言うと、凛律は少し顔を赤くして。




「っ……なんか、負けた感じする……」




「なんだよ負けたって。ほら、1週間ぶりに会えたことだし、今日はどこかに行くわけじゃないけど、早くしよ、初デート」




「初デート……うんっ」




こんなに可愛い人が俺の彼女とか、未だに信じられない。




やっぱり、凛律と過ごす時間は夢みたいだ。




隣に並んでその場に座ると、凛律は持ってきていたトートバッグの中から本らしきものを取り出した。




「これ、私が書いた感動系の小説。先週は心結に泣かされちゃったから、今度は私が心結を泣かす!」




書籍化されてたのか、凄いな……




って、泣かす?




え、俺泣かされんの?




「いやあれは泣かしたっていうか、告白して……それに俺も泣いたし」




「そうだけど!私の小説を読んでもらいたいの!」




最初から素直にそう言えばいいのに。




「分かった。でも俺多分読むの時間かかるよ?」




「時間ならたくさんあるし、なんなら明日も会えるから大丈夫!」




今までに見た事ないほど明るい凛律。




なるべく早く読んでやらないとな。




そして俺は、小説家『夢見リツ』の小説を読み始めた。




2時間後。




凛律の文章力に感心しながら読み進めていると、ふと視線を感じた。




「………なんだ?」




凛律が俺の事をじーっと見てくるのだ。




読みにくいったらありゃしない。




凛律は何故か満足そうな顔を浮かべて何も言わない。




「あの〜……」




そんなに見つめられたら恥ずいんだけど。




顔を赤くした俺に、凛律はやっと口を開いた……




「心結赤くなってて可愛い」




かと思えばそんなことを言ってきて。




「なっ……この前空港で泣いてた子と同一人物とは思えないな」




仕返しに言ってやった。




すると凛律は両手で顔を隠して。




「思い出させないでよっ。めちゃくちゃ恥ずかしい……っ」




恥ずかしい……ね。




ふうん?




そのことを利用してからかおうと一瞬で思いつく自分の頭に、少し残念な気持ちになる。




「なんでだよ?泣いてても可愛かったけどな」




「〜〜っ」




凛律も顔を赤くした。




「はい仕返し」




「もう心結!」




「ははっ、悪い」




そんなやり取りを挟みながら、俺はその3時間半後に小説を読み終えた。




計5時間半の間に、俺は感動して3回も泣いてしまった。




宣言通り泣かされたな。




でも、だいぶ急いだぞ。




いつも小説を読むのが遅い俺にしては、頑張った。




そう思いながら、凛律に感想を伝える。




「この小説めちゃくちゃ面白いな。小説で泣くとかもしかしたら初めてかも」




「えっ、うそ!やったっ。私が初めてなんて……ふふっ」




「っ……」




無意識だから余計にタチが悪い。




「ふふっ」ってなんだよ……それに俺の初めてになれたこと喜ぶとか可愛すぎな?




………本当に……




「幸せだな……」




そう呟いた俺に、凛律は微笑みながら




「うん、そうだね」




と言って、川の流れに目をやった。




心から笑えるようになり、同時に今まで以上に可愛くなった凛律は、今や俺よりも自由だ。




そんな凛律を妬んだりはしないし、羨ましいとも思っていない。




だって、今こうやって隣で笑っている君を見ているだけで、十分だと思ってしまっているのだから。




……ほんと、困るな。




これからは俺が両親に反抗する番だと思っていたのに。




これではその意志が揺らいでしまいそうだ。




それでも、幼い頃はあったはずの自由とはぐれてしまった俺たちは、夢を諦めない。




だからこれからも努力を続けて、夢を追い続ける。




そのためには、やはり両親へ自分の気持ちを伝えることが必要になってくる。




言い換えればそれは、この広い自由な世界の中の、不自由な社会に対する反抗だ。




それがどんな結果になろうとも、俺は前を向いて歩いていける。




なぜなら、俺の隣には凛律がいてくれるから。




そんなことを考えている今も、凛律は俺の隣で




「見て心結!魚がいる!えっ、凄いっ、初めて見た!」




なんて言ってはしゃいでいる。




確かに俺はまだ自由とはぐれたままでいる。




でも、今のように橋の下で、凛律と他愛のない会話をする。




そんな些細なことが、俺たちにとって一種の自由でもあるのだ。




例え、世界中の人からそれを自由と呼ぶにはあまりにも窮屈だと同情されようとも、自由の決定権は、いつだってそれぞれにある。




だから、何気ない幸せが俺たちの日常であれるなら、それは十分に自由と呼べると、俺は思う。




そして俺は立ち上がり、今日はカメラを持ってきていないから、手で四角いフレームを作り、その中に凛律を捉える。




泣いている時は紫陽花。




満面の笑みの時は向日葵。




そして、隣で微笑む君の画は……




頭の中で長く一人語りをした後、凛律に言う。




「花束みたいに、綺麗だよ」









Fin.




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「隣で微笑む君の画は」 綴詩翠 @tsuzurishisui

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