第4話 スパイ大作戦
「急にどうしたんだ?」
「あそこを見てください」
怜奈が指で示した先には、慎太郎と楽しそうに話しこむ女子生徒がいた。
「あー、慎太郎と星野さんだ」
「星野さん?」
「そうそう。俺と慎太郎とは去年クラスが一緒で、今年も同じになった子だよ。慎太郎と仲良かったのは全然知らなかったけど、そういえば去年も体育委員だったしそこでなのかな」
慎太郎は顔もいいしモテそうな雰囲気がある割に、意外と仲のいい女子の友達は少なかった気がする。
男女問わず友達が増えるのも新学期という感じで微笑ましいな、と見守っている俺の隣では怜奈がフルフルと小刻みに震えていた。
「いえ、あれはただの友達ではありません...おかしい、お兄ちゃん私に女子関連の話をしたことはないはず」
「そうか?でも慎太郎が誰かと付き合ってるなんて聞いたことないし、深く考えすぎじゃない?」
「女の勘ってやつです。ずっと兄妹だったわけだし分かりますよ、というか女の勘を使わなくても2人ともちょっと顔が赤くなっているじゃないですか」
言われてみれば、2人の顔は気持ち赤くなっている様にも見える。それに、特に慎太郎は周りを警戒しながら話しているようだ。仮に同じ部活の同級生や先輩に目撃されれば、しばらくイジられるのは避けられないだろう。思春期の高校生にとっては、なるべく回避したい事態の1つである。
「にしてもこの花壇、藪みたいになっているとはいえちょっと身を隠すのには不十分な気がするな」
「ちょっと先輩、もっと縮んでください!2人に見つかりますって。」
「無茶言うな!この花壇が隠れるには小さすぎるんだよ」
平均身長ギリギリな俺でも、流石に花壇に植えられている程度の植物で身を隠すのは難しい。2人からちょうど死角の位置にある後ろの柱に隠れ場を移すため、俺と怜奈は這うように移動を始める。
今意識するべきは慎太郎たちに見つからないこと。細心の注意を払いながら進む。
「なんだかこの前見た映画でみた、レーザーを潜り抜けるスパイになったみたいです」
「機密情報を盗み見ようとしている点では近いかもしれないな」
そのスパイは見つかった途端に銃でハチの巣にされちゃったんです、と続ける怜奈の話を聞き流しながらコソコソと進み、何とか柱の陰に隠れることに成功する。どんな映画を見ているんだ?
とりあえず危機を脱したことに一息ついていると、背後に気配を感じた。
「ちょっと、あんたたち何やってんの?」
「ひゃい!?な、なんだ夕篠先輩でしたか。」
「おいばか声を出すな」
慎太郎たちの方向しか意識していなかった俺達の後ろから、凛音がいきなり現れる。
気を抜いていたので怜奈は驚きのあまり声を上げてしまったが、少し離れたところにいる慎太郎たちには気付かれなかったようだ。
「危うく、ハチの巣にされるところだった」
「なんの話?」
「こっちの話です。それより夕篠先輩も柱に隠れてください!」
不思議そうな顔をしていた凛音にも、事情を説明する。覗き見なんて趣味が悪いよ、と言っていた凛音も最終的にはノリノリで2人を観察し始めた。
「あ、こっちに来るみたいだよ。校門の方向だし一緒に帰るのかな?それともどこかに遊びに行くのかも」
「怜奈と一緒に帰るって言ってなかった?」
「お兄ちゃんと約束してたわけじゃないですから。」
俺達の方には気が付くそぶりも見せず、2人は校門を通り過ぎ駅の方へ向かう。
最寄り駅の近くにはテラスや公園があって、本宿高校生にとっては人気のデートスポットとなっている。
「それよりも、2人を追いかけましょう!一緒に帰るならどっか寄り道するかもしれないし、調査しないと…!」
「さすがに尾行までしなくても大丈夫じゃね?一年間一緒のクラスだったからわかるけど、星野さんも別にいい人だし。怜奈は過保護なんだな」
「過保護なんてそんなことありませんよ!」
親友の恋路が家族にバレるという事態を避けるため俺がなだめても、怜奈は止まらない。過保護だと言われたことを強く否定して、彼女は続ける。
「お兄ちゃんが変な女の人に騙されていないか心配なだけで、妹としての義務を全うしようとしているだけです。お兄ちゃんはちょっと純粋というか、人を疑わないところがありますから...。
決して、見ず知らずの女性にお兄ちゃんが盗られるのが悔しいとか、そんなことはありませんからね!星野さんのことを女狐とも思っている訳でもありません!居ても立っても居られないというか、心配、そう心配なんです!!」
「ところどころ本音が見えてる!まあ俺としても親友が恋してるなら気になるし、多少尾行するのは正直賛成だけど」
かくいう俺も、浮ついた話のなかった親友にいきなり彼女候補が現れたら、流石に好奇心には抗えない。
この場唯一の良心であるはずの凛音の方を向いて沙汰を求めると、彼女も否定的ではないようだ。慎太郎すまない。
「別に邪魔するわけじゃないんだし、多少はいいんじゃない?それよりも怜奈ちゃんのこと名前で呼ぶようにしたの?」
「そうなんです、先輩という立場を使って無理やり読んできて……」
「最低ね」
「え、君が呼べって言ったんだよね?」
今日が初対面だったはずなのに、2人はずいぶんと仲良くなっているようだ。流れるようなコンビネーションで俺をディスってくる。
凛音1人にも口喧嘩では勝てないのに、怜奈が加わったら勝機は完全になくなるだろう。
恨みを込めて2人を見つめていたが、怜奈は気にした素振りも見せない。
「あ、見えなくなっちゃいます。こっそり追いかけましょう!!」
こうして、第2次スパイ作戦が始まった。
結論から言えば、慎太郎たちはどこかに寄り道をすることなくまっすぐに駅へと向かっていった。2人は乗る電車が違うようで、改札の前でかれこれ10分くらい話し込んでいる。
それを受けて俺達も、駅の物陰に隠れて観察をつづけていた。
「うーん、やっぱり何を話しているのか読み取れませんね。先輩は読唇術とか得意ですか?」
「なんで双眼鏡を持っているのかは怖いから聞かないでおこう。得意な訳ないし。
というか、別に星野さんが悪い人じゃなさそうだってことは分かっただろ?」
「まあそれはそうですけど...今更兄と出くわして怪しまれるのもあれなので、2人が帰るのを待とうかと思って。待っている間も暇だし、もうちょっと見ていましょうよ」
そこそこ都会に位置する学校だけあって、最寄り駅も利用者がなかなか多い。まだ夕方なので人の数はピーク時より少ないが、それでもカモフラージュには十分である。
はっきり言って見つかりそうな雰囲気はないし、この後の予定もないのでもう少し付き合ってあげてもいいかと思った数分後、2人の視線がこっちに向いたように感じた。
「あれ、あいつらこっちのほうに歩いてきていないか?」
「本当だ。見つかっちゃった?」
「目は一回もあってないので、私たちに気付いたような感じはありませんけどね。というか、こっちは逃げ場がないからどこに行きましょう...!」
俺たちが隠れているのは駅の端であり、構造的にまっすぐな道になっているので逃げ場がない。2人がこちらに気付いているのかは分からないが、こっちまで来られたら流石に俺達3人とも隠れ続けられるとは思えない。
世紀のスパイ大作戦は、ハチの巣エンドを迎える危機に陥っているのである。
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