第5話 窮地
一歩、また一歩と慎太郎たちは近づいてくる。
別に見つかったところで慎太郎が怒ることはないとは思うが、そうだとしても盗み見が露見されるのは避けたいところである。
「どうしましょう、このままここに隠れられると思いますか?」
「いやーさすがに3人もここに入れるのかは怪しいな。かといって、今から別の場所に移動するのもそれはそれで見つかりそうな気がする」
俺と怜奈は危機的状況から脱するために案を出し合うが、あまり効果的なものは考えつかない。
むしろ堂々と偶然を装って遭遇する方がいいのかな、なんて考えながら凛音の意見を聞こうとすると、彼女はおもむろに立ち上がってこちらを一瞥する。その顔には、覚悟が刻まれている気がした。
「私が誤魔化すわ」
「誤魔化すってどうやって?」
「いいから、黙ってここに隠れていなさい」
凛音はそう言い残すと、慎太郎たちの下へと歩き始めた。慎太郎は凛音には気付いていないようで、至近距離で凛音に声をかけられて驚いている様子が見える。
まだ少し距離があって彼らが何を言っているのは聞こえないが、こちらの方角に向かって歩き続けてている様だ。
「お兄ちゃんたちどんどんこっち来てるみたいですけど大丈夫ですか!?」
「分からん、分からんが凛音を信頼するしかないな。これで隠れられてるか?」
うなずく怜奈と一緒に、とりあえず身を隠すことに集中する。
段々と3人の声が近づいてくるが、彼らは俺達に気付いているのかいないのか。全神経を研ぎ澄ませて周囲を警戒する。
「それでさ、ここで売っているワッフルが美味しいって星野さんに聞いて、場所を教えて貰ってたんだよ」
「そうなの!夕篠さんもこれを買いに来たんでしょう?」
星野さんに聞かれて、「そうなんだよ」としどろもどろに返す凛音の声を聴きながら俺はひとまず安堵した。
隠れるのに夢中で気付かなかったが、そういえば俺たちが隠れていた柱の前方にはワッフル屋があったことを思い出す。俺は行ったことがなかったので、すっかり頭から抜け落ちていた。
息を潜めること5分、3人はワッフルを手に入れたようで改札の方へと帰っていった。
「や、やりましたか...?」
「おい、フラグを立てるな」
「しかし、お兄ちゃん達を遠ざけるところまでやってくれるなんて夕篠先輩は神ですね。あとでなにか奉納しないといけません」
「そのときは俺もさせてくれ。しないと祟られる気がする」
功労者、ある意味命の恩人にどう感謝を伝えようか暇つぶしがてら2人で考える。
数分後、人の気配を感じて身構えると、満面の笑みでこちらを見る凛音がいた。
「じゃあ、ワッフルでも買ってもらおうかしら?」
「凛音!慎太郎たちはもう帰ったの?」
「ええ、ワッフルを食べ終わった後解散したわ。私のことも、ただワッフルを買いに来ただけだと解釈してくれたみたいで、何とか怪しまれずに済んだわよ」
「それはよかった、ありがとう。凛音はやっぱり機転が利くな」
「夕篠先輩ぃぃ!ほんとにありがとうございます、流石に、お兄ちゃんのデートを付け回してたって知られたら気まずくなりそうだったので助かりましたぁ」
「絶対ダンス部に入りますね!」と言いながら凛音に抱き着く怜奈を見て、俺と凛音は顔を見合わせて苦笑する。ともあれ、こうして俺たちの尾行作戦は何とか成功に終わったのであった。
家に帰り、ベッドに寝転んで一息つく。新学期初日から色々と起こりすぎだし、結局凛音の分のワッフルも奢ったのでお財布的にも疲れた。
何気なくスマホを開くと、メッセージアプリから新着メッセージの通知が表示された。見慣れた犬のアイコンであり、すなわち慎太郎からのメッセージであることを示している。
メッセージの先頭には「大ニュース」という言葉があり、しかも派手に装飾されている。
何のことかさっぱりわからず、きょとんとした顔のスタンプを贈ると、一瞬で既読が付き電話がかかってくる。どうやら本当に大ニュースらしい。
「あ、もしもし涼太!?大ニュースだよ」
「うわっ、うるさ!そんな大きな声を出したら、妹に聞かれるぞ」
「さっきお母さんと買い物に出かけたから大丈夫だ」
電話越しじゃなくても聞こえてきそうな声量に、危うく俺の鼓膜が破れてしまいそうであった。
少し声を落としながら、それでも興奮した様子で慎太郎が続ける。
「それでニュースなんだが、同じクラスの星野さんっているだろ?」
「ああ、今年も同じクラスの子だよな」
ついさっきまで追跡していた相手であるので、実はバレていたのではないかと緊張が走る。しかし慎太郎の陽気な声を聴く限り、そういうことではないらしい。
「去年からちょっと仲良くなってたんだけど、好きな映画が一緒ってところからDMでいろいろ話してたんだよね。それで、さっきその映画の新作を見に行かない?って誘ったらOKされたんだよ!」
「あ、そんなに仲が進んでたんだ」
「進んでた?」
「あ、違う仲良かったんだ。よかったじゃん!楽しめよ」
危うく口が滑ってしまいそうだったが、何とか耐える。それにしても、想像よりもはるかに仲が進展していたようだ。
「ああ、楽しみだし楽しむよ。でも電話したのはただそれを報告したかったからじゃないんだ」
「ん?相談に乗ってやりたいところだが、俺は経験ないし無理だぞ」
「そうじゃない!俺、こんな感じで女子と出かけるのが初めてで不安なんだよ。それでもし涼太がよかったらなんだけど、当日こっそりついてきて見守っていて欲しいんだ!」
スパイ活動は引退したつもりだったが、どうやらまだ廃業させてはもらえないようだ。
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