第3話 妹

 新学期1日目は学校をみんなで掃除して終了した。生徒たちはそれぞれ下校したり、部活に備えてお昼ご飯をたべたり、思い思いに過ごし始める。俺達も一緒にお昼ご飯を食べるため、席を近づけてその準備を始めた。


 わが校では多くの生徒が何らかの部活に入っており、俺達も例にもれず部活に入って日々活動している。俺はサッカー部、慎太郎は野球部、そして凛音はダンス部に所属。どの部活も練習や遠征が多く、そこまで遊ぶ、じゃなくて勉強する時間が確保できないのが高校生のつらいところである。


 今日の部活の練習が少しでも軽いものであることを祈りながら慎太郎と会話していると、目の前にいきなり知らない少女が表れた。

 学年ごとに違う色が入った上履きを掃くのが校則であるが彼女の上履きは俺たちの学年の赤色ではなく緑色であり、どうやら彼女が新入生であるらしい、ということを示している。


「はい、これお兄ちゃんの箸。お母さんが間違って私のお弁当に二膳も入れちゃったみたい」


 お兄ちゃん?あいにく俺も凛音も一人っ子であり、憧れはすれど兄と呼ばれる機会はこれまでなかった。謎を解き明かすため、俺の脳はフル回転する。


「あ、ありがとう怜奈。危うく手で食べることになるところだった」

「え、慎太郎妹いたの?」

「ああ、そういえば言ってなかったっけ。今年から妹もこの高校に入ったんだよ」


 慎太郎に紹介された少女は、軽く会釈して続ける。


神津怜奈かみつれなです。いつも兄が世話になっています」

「怜奈ちゃんっていうんだ!私は夕篠凛音だよ。よろしくね」


 兄の慎太郎は俺と似て割と適当なところがある男だが、妹はどうやら礼儀正しくしっかりとした子らしい。ぼーっと観察していると彼女の目線が俺に向いたので、俺も慌てて自己紹介をする。


「俺は御子島涼太だよ」

「なっ、あなたが涼太先輩ですか!!」


 俺が自己紹介をすると、予想していたのと全然違う反応が返ってくる。凛音に対して見せていた笑顔は一瞬で消え、少し怒ったような顔になった。


「あれ?俺妹ちゃんになんかしたっけ?」

「なにもかにもありませんよ。兄が高校に入ってあなたの話をするようになってからというもの、それまでは真面目な感じだった兄が段々と、その、ちょっとチャラい感じになってきたんです!!」


 圧倒的な剣幕に俺が気圧されていると、慎太郎が弁解する。


「いや怜奈、俺はチャラくなっては...」

「お兄ちゃんは黙ってて!成績もちょっと落ちているみたいだし、出会ったら文句を言ってやろうと思っていたんです!兄を悪の道に引きずり込むのはやめてください!!」


 文句を言いきって満足したのか、フンっと息を吐いて怜奈は落ち着いた雰囲気を取り戻す。そして間が開いたことで、俺の頭もようやく回り始めた。

 高校の、そして人生の先輩として生意気な後輩にはびしっと言い返さないといけない。


「いや、別に俺は慎太郎を堕落させたわけじゃ...それに慎太郎の成績は結構上位だろ」

「なんですか?」

「いえ、すみません」


 打って変わって満面の笑みで聞き返してきた怜奈の様子を見て、俺は反抗することを諦めた。生きていく上では自分のプライドを犠牲にしてでも相手の意見を受け入れることが重要なときがあり、今がその時だ。決して怖かったわけではない。



「そういえば怜奈ちゃんは、何の部活に入るつもりなの?」


 重い雰囲気を見かねたのか、凛音が話題を変える。


「私は、ダンス部が気になっているんです!」

「そうなの!私もダンス部だから、見学に来た時は案内してあげるね」

「ありがとうございます、夕篠先輩!ダンス部って、雰囲気どんな感じなのか聞いてもいいですか?」


 目の前で繰り広げられ始めたガールズトークにすっかり置いていかれ、俺と慎太郎は苦笑しながら顔を見合わせる。


「慎太郎の妹ってパワフルだな...」

「そうなんだよ。でも、それもかわいいだろ?」


 高校生にもなると、妹のことを堂々とかわいいと言いきることは難しくなるように思うけれど、慎太郎にとってはそうではないようだ。初対面でいきなり先輩に物申す妹との確かな血の繋がりを感じ、その兄弟愛に少しうらやましさを覚えた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 お昼過ぎに始まった部活は、夕方前に終わった。まだまだ涼しい気温で運動には向いているものの、休み明けということもあって練習ではたくさん走らされた、ハードだった。

 野球部もきつい練習をしていたようであったし慎太郎を誘ってどこかでゆっくりしようかと考えていると、数時間前に話した顔を見かける。


「あれ、妹じゃん。どしたの?」

「先輩の妹になったつもりはないですけど」

「じゃー神津妹?」

「怜奈という可愛い名前があるので、怜奈様と呼ぶことを許可します!」

「立場低いな!?玲奈様の中での俺の評価が気になってきた」

「受け入れないでくださいよ、怜奈でいいです。先輩のことは、お兄ちゃんを悪の道に引きずり込んだ諸悪の根源と認識しています」


 そう言い放つ怜奈の顔は、やはり自信に満ち溢れている。慎太郎もにこやかで絡みやすい雰囲気があるやつだけど、彼女のフレンドリーな雰囲気はまた違った人当たりの良さを感じる。


「そういえば、誰か待ってたの?」

「はい。見学も終わったので、せっかくならお兄ちゃんと一緒に帰ろうと思って待ってたんです」

「そーなんだ。俺も慎太郎と一緒に帰ろうかと思ってたけど、邪魔になるかな?」

「いや別にいいですよ。というか先輩のことを嫌ってるわけじゃないですからね?さっきはついつい文句言っちゃいましたけど、先輩には感謝してるところもありますから」

「感謝?前にどっかで会ったっけ?」

「私じゃなくてお兄ちゃんのことですよ。お兄ちゃん、中学の時はそこまで友達がいっぱいいる人じゃなかったですから...」


 そこまで口に出して、怜奈が急停止する。疑問に思っていると、彼女は俺を引っ張りながら目の前の花壇の裏に隠れだす。


「急にどうしたんだ?」

「あそこを見てください」


 突然のことに戸惑っている俺に彼女が指で示した先には、慎太郎と楽しそうに話しこむ女子生徒がいた。

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