第2話 姉のブラコン設定って原作にあったっけ?

 俺とフランは、少しの間見つめ合う。

 え? なぜ俺の前に、お盆におしぼりなどを乗っけたフランが?

 驚きで固まる俺。それに対し、フランの目元に涙が溜まっていって――


「うわぁああああああん!」


 泣きわめき、お盆を放り投げて、俺に飛びついてきた。


「え? は、ちょっ!?」

「よがっだ。よがっだぁあああああ! あなたが死んだかと思ったじゃない!!」


 驚いて頭が真っ白になる俺の胸に顔を埋め、ぐりぐりと顔を擦りつけてくるフラン。

 てか待って? 今、姉さんて言わなかったか? しかも俺が死んだかと思ったって……状況が読めないんですけど!?

 

「お、落ち着いて! とりあえずいろいろ聞きたいことが――って、おい! 鼻水が俺の服にへばりついてるって!! わかったから鼻かんで!」

「うん……チーンッ!」

「俺の服で鼻かむなぁあああああ!!」


――。


 急に泣き出したフランを宥めつつ、それとなく情報収集してみた。

 その中でわかったことが幾つかある。

 まず、彼女は「ナイトメア学園」で最初に死ぬヒロイン。シルバリア子爵家の長女、フラン=フォン=シルバリアで間違いない。

 そして、俺の名はフランの弟のアレン=フォン=シルバリアで年齢は14歳とのこと。


 どうやら俺は、「ナイトメア学園」の世界に、フランの弟として転生したらしい。

 まさか俺がこのクソゲーの世界に転生するとは……

 ちなみに、フランの弟は原作に登場しない。


 いや、一応弟がいるという設定はあった気がするが、本編に登場すらしない。

 だから、フランとアレンの関係についてはほとんど情報がないのだが、転生してわずか五分でわかったことがある。


「ね、姉さん」

「なに、アレンくん」

「その……もう泣き止んだんだから離れて欲しいな」

「むぅ。やだ、離れたくない。アレンくんの体温をもっと全身で感じていたい」


 姉さんこと、フランは俺のベッドに潜り込んで、そんなことを言った。

 そう。フランは、とんでもなくブラコンだった。


 どうやら俺は、高熱を出して三日間寝込んでいたらしい。

 それだけで取り乱し、安心したら俺にしがみついて離れないなんて。


 ていうか近い。

 サラサラの髪の毛がくすぐったいし、なんだか良い匂いが漂ってくる。


「でも姉さん。病気で寝込んだくらいで大袈裟な」

「だってぇ。アレンくんに倒れられたら、私これから生きていけないよぉ。それに、私1人でナイトメア学園の入学試験受けなきゃいけないじゃない」


 その言葉に、俺は一瞬固まる。

 ナイトメア学園への入学。それは、彼女を死の運命への宣告に他ならない。

 ストーリーでは、彼女は入学試験の数日後に殺される。この世界が、ゲーム通りの展開だとしたら。


「――ねぇ、姉さん。その、すごく失礼なこと言うんだけどさ」


 俺は、恐る恐る切り出した。


「姉さんは、別にナイトメア学園に行く必要はないんじゃない? ほら、姉さんは貴族だし、魔法を中心に学ぶナイトメア学園に行くよりも、ここで領地経営の勉強をした方がいい……気がする」


 こんなことは場違いだとわかっている。

でも、彼女の運命を知っている俺には、どうしても言葉をとめられなかった。


「そう。あなたも、お父様と一緒でそう言うのね」


 フランは、優しげな表情のまま、しかし決意を込めた瞳で首を横に振った。


「でもダメ。下級貴族と言っても、守るべき民を導いていく存在であることには変わりない。だったら、広く学ばなきゃ。いろんなことを知って、守るべき民の当たり前に触れて、そうして私は一人前の貴族になるの。だから、私はあなたと一緒にナイトメア学園に行くの」


 その、強い言葉に俺は襲い黙ってしまう。

 

「それに、ナイトメア学園には、私の婚約者も入学する予定だから。まあアレンくんより良い男なんてこの世にいないけどね。それでもまだ会ったことがないし、これから会うのが少しだけ楽しみなの」

「っ!」


 その言葉に、俺はフランと重ねている手を強く握ってしまう。そのせいで、フランが「んっ」と艶めかしい声を上げるが、それにも気付かない。

 だって、彼女が夢見心地で語っている相手は――!


「どうしたのアレンくん。なんだか怖い顔してる」

「……え? ああ、ごめん。大丈夫だよ」


 俺は、慌てて強く握っていた手を離す。 

 すると、「なんで離すの?」と言わんばかりに、フランの方から握ってきた。

 やっぱり、彼女はブラコンだ。


――。


 ――それから数日後。

 この世界のこともなんとなくわかってきた頃、姉さんは子爵領の視察に出掛けてしまった。

 昨日の夜は「アレンくんとお別れなんていやぁあああああ!」と駄々をこねていたのだが、貴族というものそうもいかない。今日の夜添い寝するという条件で、渋々承諾してくれた。


 さて、本編開始前の時系列に当たる現在、思いも寄らぬ重大なイベントが発生した。

 それは、フランが視察に出掛けておよそ一時間後。

 にわかに屋敷の中が慌ただしくなり、メイドや執事が玄関先に勢揃いする。むろん、俺も外交向けの正装に着替えて父と共に玄関に赴いた。


 今日、何が起こるかは一応知っている。

 ごくりと喉を鳴らした瞬間、玄関の呼び鈴が鳴り、使用人が扉を開ける。


 そこに立っていたのは、2人の使用人と2人の手練れの護衛に守られた、1人の少年だった。

 茶色の髪に、つり上がった目が特徴。

 ケバケバしい衣装に身を包んだソイツは、明らかに不機嫌そうにしながら、ふんぞり返っていた。


「お待ちしておりました。ルダン=ナル=ラディガン様」


 肩書きは貴族である俺の父が、横で恭しく頭を下げる。

 それもそのはず、相手はラディガン侯爵こうしゃく家の長男。格上の貴族にして――いずれフランが嫁ぐ相手。


 フランの婚約者にして――フランを殺した張本人だ。


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エロゲ世界に転生したら、悪徳貴族に真っ先に殺されるヒロインの弟だった 果 一 @noveljapanese

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