第2部 第2話

 数日後。

 チアキはぼんやりと店番をしていた。

 そこへ背の高い男性がやってきた。

「いらっしゃいませ」

 チアキは立ち上がり、声をかけた。

 黒一色なのは変わらない。

 ただスーツではなかった。

 ゆったりとした生地のシャツに、細身のデニム。かっちりとした革靴。

 腕時計は黒いベルトで文字盤だけが艶消しのシルバー。

「この後、閉店時間だと確認したのですが」

 ショウ・ヨコヤマが淡々と言った。

「はい。そうですね」

 チアキは驚きすぎて素直に答えてしまった。

「実は私も半休をいただいたので、できたらご一緒したいと思っていたのですが、よろしいでしょうか?」

 丁寧な物腰だったが有無を言わせない圧力を感じた。

 チアキはうなずいた。

「実のところ、独立で生計を立てているとはいえ未成年の女性に対してアポイントメントを取らずに訪問するのはどうか、と思ったていたのですが、どうしても知的好奇心が勝ちましたね。

 この機会を逃すと、次はしばらくは無理そうだと判断して、本日訪れることにしたのです」

 ショウは言った。

「はあ、そうなんですか」

 チアキは相槌を打つ。

 二人は『地表主義』が好むような舗装された道を歩いていた。

 違和感はかなりあった。

「ヨコヤマさんでも、そんな恰好をするのですね」

 チアキはちらりと見た。

 たぶん二十代前半の男性ならばよくある格好なのだろう。

 機能性重視のチアキとは違って、それなりに華のある格好だともいえる。

 チアキは、洗いざらしの木綿のシャツに、インディゴのジーンズ。スニーカーも歩きやすさ重視の選択だ。

 化粧っ気もなれば、香水なんて洒落たものもしていない。

「休日はこんな感じですよ。

 さすがにスーツ姿だと『惑星CA‐N』では目立ってしまいますからね。

 意外に顔が売れているようです」

 ショウは言った。

「でしょうね。

 ヨコヤマさんは人気者みたいですよ」

 チアキはためいきをかみ殺しながら答えた。

「別段、変わったことはしていないのですが、そのようですね。

 私には理解が越えることです」

 ショウは淡々と言った。

 突っ込みたいところはたくさんあったが、チアキは黙った。

 名誉職である公務員。しかも二十代半で就いているとなるとエリート中のエリートだ。

 しかも結婚しているわけでもなく、特定の女性と付き合っているわけでもない。

 かといって、公務員だけあって、不特定多数の女性と親睦を深めているわけでもないらしい。

 そんな人物と一緒に、歩いていることを知られたらどうなることか。

 好奇心という針の筵に投げ込まれるようなものだ。

「ご足労をおかけして申し訳ないと思っていますが、もうしばらくはお付き合いいただけないでしょうか?」

 ショウは言った。

「はい」

 チアキは緊張しながら、うなずいた。

 なにせ生まれて初めて、親族以外の異性と一緒に歩いているのだ。

 学生時代に強制的に班行動を取らされたこともなかったわけではないが、まずもって二人きりになるような展開はなかった。

 それぐらい保守的な場所で生まれ育ったのだ。

 居住区の空は、それそろ夕方だろうか。

 今日も人工的とはいえ美しい夕暮れが見られることだろう。

 天気は決定されているのだから不必要な場所で、雨が降ることはない。

 もっとも『惑星CA‐N』は『地表主義』が好む惑星だけあって、無駄に雨を降らすことはある。

 きちんと故郷星のように四季が巡るのだ。

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