第2部 第1話

 チアキ・ハセガワは手紙を受け取った。

 そのことに大いに途惑ったのだ。

 ここは『惑星CA‐N』のチアキの営む小さな花屋だった。造花が主流の宇宙であっても、それなりに需要のある仕事だった。

 特に『地表主義』と呼ばれる人間にとっては特別な意味を持つ。

 冠婚葬祭の時に、やはり生花を小さなブーケでいいから用意したいと思うらしい。

 あるいは交際を申し込む時、プロポーズを申し込む時には男性諸君からチアキの花屋にメールが舞い込むことが多い。

 なので、この手紙という様式を珍しいを通り越していた。

 一応、チアキの店兼自宅には郵便ポストはある。

 筋金入りの『地表主義』のチアキはあまり不自然に思わなく用意したものだった。

 このポストが利用される時は家族からか、友人からだ。

 天国の青のような手紙には、綺麗な文字で『チアキ・ハセガワ様へ』と書かれていたのだ。

 見覚えのない筆跡であり、しかもわざわざ手書きをしたのだろう。美しい黒いインクで書かれていた。

 おそらくは万年筆と呼ばれる筆記用具を使った形跡があった。

 チアキですら手紙を出す時は、ボールペンですます。

 万年筆は亡くなった祖父が好んで使っていた筆記用具だ。

 チアキはますます混乱した。

 手紙を握りつぶさないように気をつけながら、自室に戻る。

 そしてテーブルの上にそっと置く。

 裏返して差出人の名前を確認する。

 『ショウ・ヨコヤマ』と書いてあった。

 手紙はご丁寧にシーリングワックスで封印されていた。

 ペーパーナイフなんて上等なものは持っていないチアキはカッターナイフで開封する。

 手紙からは、数枚の便せんが出てきた。

 それは白色で、やはり手書きだった。

 書き消した文字も、修正した箇所もなかった。

 季節の挨拶に始まり、近況報告が続き、用件が書かれていた。

 チアキは目を疑う。

 いわゆるデートのお誘いだろうか。

 空いている時間教えてほしい、一緒に見てほしいものがある、と書かれていた。

 19年間という人生で初めて異性からもらった手紙である。

 どちらかと言えば、ごく普通の女性たちと違って着飾ることをしてこなかったチアキだった。

 しかもこの宇宙時代である。

 『地表主義』はお荷物でしか過ぎない。

 恋愛対象から避けられがちになっていた。

 チアキ自身も、それでかまわないと思っていた。

 そのため、生まれた年齢と恋人がいない年齢が一緒という人生を歩んできたのだ。

 両親たちからは、それなりに心配されたが、同じような価値観を持つ男性とお見合い結婚でもすればいいのだと思っていた。

 たった一度しか会っていない。

 というよりもショウ・ヨコヤマにとっては仕事の一環だったはずだ。

 それなりに市民として大切に扱ってもらえたような気はしたが。

 ショウ・ヨコヤマが『惑星CA‐N』で働いていることは知っていた。

 二十代半ばのエリート公務員が、わざわざ辺境である『惑星CA‐N』に勤めていることが話題になったからだ。

 それもチアキの店で自宅用に花を一輪を買い求めるような女性たちが世間話の一環として語っていったから、嫌でも耳に入る。

 誰もが憧れる交際相手や将来の結婚相手なのだろう。

 そんな人物からの手紙だ。

 知られたら、どうなることになるのだろうか。

 とりあえず嫌な予感しかしない。

 ただ断るにしても穏便に断るしかないだろう。

 気を使って、手紙という形式で誘ってきたのだから。

 便せんを読み返して、やはりエリート公務員というのは優秀なのだろうか。

 チアキですらここまで整った文字で書くのは至難の業だった。

 引き出しから淡い水色のレーターセットを取り出して、ペン立てからブルーブラックのボールペンを引き抜くと返事をしたためる。

 仕事が立て込んでいるので、しばらくは自由な時間は取れそうにありません。

 お誘いいただきありがとうございます。

 と、簡潔に書いて手紙を出した。

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