第5話

・地球から人類が消滅するまであと4時間――エリアJ-T


 目を覚ましたら、終点だった。

 隣には薄倖の少年はいなかった。……わかりきった現実はそんなものだ。

 トレイン『A-08』の座席シートは心地よく、うっかり横になっていた。

 チアキ一人だったからいいものの、他に乗客がいたら、多大なる迷惑になっていただろう。

 眠っている間に、世界は朝を迎えていた。

 そこからさらに乗り継いで、ようやくエリアJ-Tに入った。

 この州の中心地。州都と呼ばれる場所だ。

 人生初や人生最大を連続で体験し続けると、感動も薄れるものだが、とりあえず人生最長の乗車時間だった。

 もっと短く、楽に、旅行ができないわけじゃないが、チアキはメンドーな方を選んでいる。

 チアキは舗装された道を歩き出す。

 かつての州都も閑散としたもので、人の気配というものがなかった。

 この世界のどこでもそうなのかと思うと、奇妙な感じだった。

 地球から人類がいなくなる理由は、隕石の激突でもなく、宇宙人の来襲でもない。

「SF小説家も大変だ」

 チアキは笑う。

 科学は日進月歩。

 昨日のものはカビ臭くなり、半歩先のものはすぐさま現実になってしまう。

 未来はすでに現在になり、あっという間に過去になる。

 振り返ることばかりが得意なチアキは、さしずめ生きた化石だろうか。

 このまま地表に貼りついて、誰かに発見されるまで眠るのも良いかも。

 かつてチアキだった固体は生命のゆりかごになる。

「わたし、一人で46億年を振り返る」

 口に出してみると、気分がいい。

 自分が女王陛下にでもなったかのようだ。

 海から始まった遺伝子の記憶は、全部持っている。

 チアキの体は、覚えている。

 人類のすべてがそうであるように、進化の記録が刻まれている。

「ある日、わたしは発見される。

 宇宙人は、わたしを解剖して、標本を作るんだ。

 もしかしたら、クローニングするかもしれない」

 そこでチアキは言葉を切る。

 自分のクローンは、何を話すんだろうか。

 脳まで再生できるのだろうか。

 チアキの海馬は何を覚えていてくれるのだろうか。

「何も覚えてないかも。

 まあ、メディアにでも記録しておかないと、脳の再生はムダだし。

 あ、でも、宇宙人にとって酸素が有害だったりして。

 そうしたら、劣悪な環境に見えるよね、ここ」

 チアキは四角に切り取られた空を見る。

 21時間前に見たおわん型の空とは違う形。

 もちろん、336時間前の空とも違う色。

 新しい空を見る。

 これから、もっとキレイになる空だ。

「よし! 歩くぞ」

 気を取り直して、チアキは足を進める。

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