第4話

・地球から人類が消滅するまであと12時間――トレイン『A‐08』


 技術というのは、驚くほどのろい歩みで進歩したかと思うと、飛躍的に伸びたりする。

 後に宇宙元年とされる年、亜光速跳躍法<リープ>が開発された。

 画期的な宇宙航法で、とうとう人類は光の速さに近づいたのだった。

 宇宙基地の増産、人口天体<コロニー>移住計画立案。

 人類は夢の世界へ飛び出した。

 いくつかのいざこざを体験し、数多くの発見をものにした。

 悲惨なるファーストコンタクト、他の惑星の地球化<エデン>計画、領土問題と、宇宙を知った人類の歴史は刻まれていく。

 華々しい発見の連続も、チアキにとっては祖父母の時代。

 体感のない、歴史的認識の中だ。

 チアキの生まれ育ったハセガワ家は、この時代でも「家」と名乗るぐらいには保守的だった。

 報道機関が地表主義と呼ぶ、惑星から一生出ない人間たちの集まりだった。

 自慢は、親戚一同、宇宙に出たことがない。

 『金属の塊が宙を跳ぶなんてありえない』

 それが祖父の口ぐせだったらしい。

 低所得者であっても、人生に一度ぐらいは宇宙旅行をし、気が向いた人にいたっては、宇宙空間で生活する時代である。

 そのための宇宙港であり、コロニーだ。

 政府の思惑も何その。

 ハセガワ家はいたってマイペースに日々を送っていた。

 あの日までは。


「植物の灰に砂を混ぜて、神の火で焼いて、小さく砕いてばらまいて……。

 って、何だっけ。

 ……思い出せない」

 チアキは言った。

 声の届く範囲に人がいないのだから、完全に独り言だ。

 乗客一名の車両は、滑るように街を抜けていく。

 夜になった街は、ネオンすら灯らずに、生命の輝きが見当たらなかった。

 あるのは、ぽっかりと空いた常闇。

 それと、無数の星。

 目を凝らせば見つけられるだろうか。

 <コロニー>も<エデン>も、星に違いない。

 人類を生み出した地球も、育んだ太陽も、きっと想像しなかっただろう。

 勝手に星を増やすだなんて。

 100年前よりも、宇宙には星の数が増えた。

 にぎやかになった宙は、はたして喜んでいるのだろうか。

「そういえば、みんなどうしたんだろ?」

 かつては通勤通学に使われた車両も、チアキ一人のために動いている。

 電力の無駄もいいところだが、技術の恩恵は受けとく主義なので、チアキは迷わず乗った。

 出入り口近くの電光掲示板は、オレンジの光で目的地を示し続ける。

 変わっていく駅名は、ほとんど知らないものだ。

 未知の世界へ飛び出した気分になる。

 武器は何一つない。

 不安に侵食されそうになる。

 チアキは膝の上のデイパックを抱えなおした。

 今頃、家族と呼べるような人たちは、どうしているのだろうか。

 独り立ちしてからは、連絡を取り合うことも減った。

 寂しさよりも、面倒くささが先立って、一年に一度連絡すれば良いほうだった。

 さすがに、こんな局面にもなると、心配になったりする。

 だからといって、連絡はしない。

 そんなことをすれば、どうなるか結果が見えている。

 チアキは腕時計をチラリと確認する。

「あと、半日」

 ルートは頭の中に入っている。

 何度も確認したし、下見もした。

 時間も余裕がある。

 事故でも起きない限り、時間切れになることはないし、時間切れになったらなったで、それでもかまわない。

 大丈夫、と自分に言い聞かせる。

「……大丈夫」

 声に出して、不安を減らす。

 チアキは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと息を吐き出した。

「何とかなる」

 ようやくやってきた眠気に、体を受け渡す。

 星の間を駆け抜けるような車両に、思い出しかける。

 あれは、祖母が好きだった、話だ。

 夜、銀河を走る……列車の……話。

 金剛石をまいた。ような夜空を、旅する少年……の……。

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