第22話『昼休みに抜け出してみた』

 さて、我ながらに大胆なことをしている。


 強引な手段ではあるけど、リンと常に一緒の行動をしていると今は都合が悪い。

 だから、お昼休みの時間は「先生に呼び出しを受けている」という嘘を吐いて秘密基地へ来た。


 毎回は使えない手段だけど、今回みたいな緊急性がありそうなときは使えそうだな。


「まあ、居ないか」


 昼間は調査をしているんだし、こればかりは仕方がない。


「ん」


 そういえば2匹のもふもふは目を覚ましたんだろうか、とソファのところへ目線を向けるも姿がない。

 まあさすがに別室に移動させたか、誰かの部屋に居るんだろう。

 助けたときに怪我は完治させてあるし、汚れも払拭してある。


 後は目を覚ますだけだけど……正直、どう思われるかわからないし、敵対意識を持たれてしまうかもしれない。

 なんせ人間からなんな仕打ちを受けたんだし、心の傷も治せたとしても、刻まれている残酷な記憶は消せないだろう。


 だから、あの2匹は人間を恨む権利を持っている。


「はぁ……」


 そうなると、心の距離を縮めるには時間がかかるだろうし、もふもふをもふもふするのは当分お預けかぁ。

 抱きかかえていただけでも、触れていた場所で感じた柔らかくふわふわしていて温かった。


 エリーゼは撫でてたけど、俺はいろいろと考えていてやれなかったのが、今となって後悔している。


 あー……今の状態だと、すっっっっごくふわふわしていて温かくて、撫でるだけで気持ちいいし癒されるんだろうなぁ。

 そう、今感じている両側の温もりみたいな。

 ん? みたいに?


「……」


 何やら足元の違和感へ目線を向けると、そこには黒と白のもふもふが。


『クゥーン』

『キュッ』


 !?

 まさかのまさか!

 あの! 黒と白の! もふもふが! 俺の! 足に! すりすりしている!

 うっひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 これはもう、スキンシップしていいってこといいよね!?


 すぐにしゃがんで、いざ尋常に、もふもふ!


『ヘッヘッヘッ』

『キュイィ』


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 拒絶反応を見せられるどころか、嬉しそうな、気持ちよさそうな声を出してくれている?!

 いや、気のせいじゃない!

 背中を撫でていただけなのに、ゴロンっと寝転がってお腹を見せてきた!


 お、俺は知っているぞ。

 イヌ科やネコ科の動物とかは、相手を信用していたり構って欲しいときにこうやって相手へお腹を見せるんだって!


 しかし緊張が解けているのか、伸びている姿は想像していたより大きいな。

 抱っこしていた本人が何を言っているんだ、とは誰かからツッコミを入れられそうだけど、丸まって縮こまっていたし――いや、あのときより大きくなってるよな?


 まあいいか、もふもふの面積が増えたってことで問題なしなし。


「こんなときに訊くのは違うだろうが、人間は憎くないのか?」


 人間の言葉が理解できていそうだから問いかけてみたけど、まあ感情を読み取っていただけだよな。


『ワンッ』

『キュッ』

「ほう、お前たちは賢いんだな。それによく頑張っ――」


 2匹のもふもふは、膝に乗ってきたと思ったら上半身目掛けて跳びかかってきた。

 さすがに驚いて倒れそうになるも、両手を床に突いて耐える。

 仮面が外れてしまう心配をしている俺なんて気にも留めず、2匹は尻尾を左右にフリフリしながら舌を出していた。


「元気があるのはいいことだ」


 褒め倒して距離感を縮める作戦ではあるけど、もうなんだか何をしても怒る気に慣れない。

 全部許しちゃうし、なんでもしてあげちゃう。


「あっ、ちょ」


 本来ならちょっとは起こった方がいいんだけど、2匹はペロペロと俺の方を舐め始めた。

 不思議な感じがしてくすぐったいけど、まあ仮面が外れなければなんにも問題なし。


 そんなにスキンシップをしてくれるなら、俺だって抱っこして頬をスリスリしちゃってもいいよね?! いいよね!?


「あらユシア、帰っていたのね」

「――……ああ」

「あらあらあら、私たちにはそこまでしてくれなかったのに。随分と楽しそうにしているじゃない」

「……ああ」

「私だって女の子よ? 少しぐらい手を握ってくれてもよかったじゃない」

「ああ」


 ん? なんの話?

 もしかして、自分がスキンシップして欲しかったって話している?


 まあたしかに、エリーゼ、ロイツ、クライスだって逃走している身だったし疲弊していた。

 そんな彼女たちへ、もう少し優しく接することはできたのはたしかだ。

 反省しなくちゃいけないな。


「すまなかった」

「ち、違うの。謝ってほしいわけじゃなくて、なら私もいいのかしら? いや、そういう言い方はズルいとはわかっているのだけど。で、でもユシアがいいって言ってくれるなら、いいのかしら?」


 ヤバい、エリーゼが何を言っているのか全然わからない。


 てか、こんな話をしている最中も、このもふもふっ子たちは俺のあぐらをかいている足の上ではしゃいでいるんだけど。

 そのせいで話が入ってこないんだけど、かわいいから問題ない!


「じゃあ、私も失礼して」


 な、なんですかその緊張しつつも恥じらいを隠しているような表情は。

 何かを内に秘めて覚悟を決めなくちゃいけない、みたいなそんな雰囲気を漂わせながら、頬をほんのりと赤く染めつつ目線がチラチラと合ったり外れているのは、なんですか?

 ただもふもふするだけですよね? そうですよね?


 あれか、『周りの目があって自分の感情が赴くまま撫でたりスリスリしたりできなかった』、だから、今が絶好の機会ということで合っていますよね!?


「ユシア、優しくしてね」

「ああ?」


 え? 隣に、しかも超至近距離に腰を下ろしたと思ったら、頭を差し出してきているのはなんですか?

 優しくってなんの意味ですか!?

 どどどどどういう展開ですかこれ!!!!!!!!!!


「――ボスだー!」


 ドダドダドダと廊下を全力で走る音が聞こえ始めたと思ったら、扉をバコーンと開けて突入してきたのはロイツ。


「うわーっ! ボスが浮気してる!」

「なんの話だ」


 あ、それもそうか。

 こんな、エリーゼがこんな近くに居たら――あれ?


 目線が一気に扉の方へ移動していたから気が付かなかったが、エリーゼは既に立ち上がって澄ました顔で立っていた。

 なんて速度だ。

 よくわからないけど、その横顔からはどことなく怒りに満ちている表情をしている気がするけど。


 となると、ロイツはいったい何を言っているんだ。


「主様、おかえりなさいませ」

「ああ」

「ねえねえクライス、ボスが浮気しーてーる!」

「まさかそんな。そんなことはありませんよ」

「クライス嘘ついてる! 驚いてるのに隠してる!」

「そそそそそんなことはありませんよよよよよ。ええ、そんなことはあーりませんよ」


 なんの話をしているのかはわからないけど、クライス、それは動揺を隠せているとは言わないよ。

 あと、とんでもなく変な喋り方になってるし。


 てか、浮気ってなんの話だよ。


 あ、そういうこと?

 思い返してみたら、エリーゼは「私も女の子」って言ってたから、このもふもふっ子たちはメスってことか。

 なーんだ、動物相手に浮気って大袈裟すぎるだろ。


「あ、そうだユシア。報告したいことがあるの」

「ああ」

「ここで話を続けるのは気が引けるから、ソファに移動しましょう」

「そうだな」


 尻尾フリフリの2匹はその言葉を理解しているのか、やっと足の上から降りてくれた。

 だが、そのまま両脇を同じ速度で歩いて、ソファに座ったと思ったら、今度は足と顔を乗せて寛ぎ始める。


 こんな、まさに『ずっと撫でていてください』と言わんばかりの行動をされたら、お望みのままに撫でるしかないじゃないですか。


それでな・・・・んだけど・・・・


 表情が緩みそうになりながら、言葉に怒気が込められている感じがするエリーゼへ目線を移すと、目つきが恐ろしいことになっている。

 あまりにも鋭いしちょっと眉間にも皺を寄せているから、もしかしてこれ、すぐに魔法攻撃が飛んできたりします?


「調査を進めている内に、収穫があったわ」

「ほう」

「やつらが出入りしている拠点の場所を発見したの。それに、そいつらがよくないことをしているのは確認済み」

「なるほど」

「さすがに私たちも本調子ってわけじゃないから強硬策に出ることはないけど」

「それが賢明だ」

「ユシアはこの後、時間に余裕があったりするかしら? ぜひ力を貸してほしいのだけれど」

「……すまない」

「そう……わかったわ」


 俺だって今すぐに行動したいけど、そろそろ昼休みの休憩時間が終わっちゃうから無理なんだよ、ごめん。


「後もう1点、気になる話を聴いてしまったの」

「ほう」

「そこに出入りしている男たちが話をしていたのだけれど、『貴重な交渉材料が手に入った。ここへ連れてくるから丁重に扱え』と」

「……」


 その話だけで考えると、物だとしたら『連れてくる』という言葉は使わないはず。

 しかも『貴重な交渉材料』って、物だけでそんなことができるのってなんだ?

 超高級な美術品とか古代の発掘品とか、はたはた聖剣とか魔剣とか?

 前半は可能性として張るだろうけど、後半は存在自体を知らない。


 最悪なのに、俺が知っている情報で推理した内容そのままだったら。

 もしも『貴重な交渉材料』がカナリだったとしたら、冗談抜きで大変な話だ。

 昼休みなんて気にせず助けに行くべき、べきなんだけど……さっきの話だと、今は別のところに居るわけだから、強襲なんてしたら逆効果になってしまう。


 少しでも助けられる可能性があるとしたら、その拠点に運ばれた後じゃないと意味がない。


「引き続き調査を頼む。そして、もしも助けられそうだったら自己判断で動いてくれ」

「わかったわ。ん? いや、わかったわ」

「どうかしたか?」

「その口ぶりだと、誰かを助けろ、と言われているような気がして。一応だけど、その拠点には私たちみたいに幽閉されている存在は確認できていないわ」

「ああ、可能性の話だ。全ての判断はエリーゼに一任する」

「ありがとう。ロイツ、クライス、ユシアの判断は扇いだ。これからも慎重に行動していくわよ」

「はーい!」

「わかりました」


 じゃあそろそろ、と立ち上がるためにもふもふたちをちょいと移動させる。

 そのまま部屋を後にしようとしたが、まさかの2匹はこのまま一緒に移動しようとしていた。


 う、嬉しいんだけど、懐いてくれているようで凄く嬉しいんだけど、学園にこんなかわいい子たちを連れていったら注目の的になってしまう。

 それに、前も懸念したことが起きてしまうのだけは避けなければならない。


「ほら2人とも、ユシアは忙しいんだから困らせてはダメよ」


 お!

 再会したときは何を言っているのか、何を考えているのかサッパリわからなかったエリーゼが最強の察し能力を発揮してくれている!

 そうだよそれ、エリーゼはそうでなくっちゃ!


『クゥン……』

『キュゥ……』


 ああ、そんな寂しそうな声を漏らさないで……。

 学園に戻りたくない気持ちに体が支配されちゃうよ。


「また必ず会えるから」

「ああ」


 もうダメだ、この環境からすぐに逃げなくては!

 ここからビューンと飛んでスタタタっと退避!

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