第四章【決死の覚悟に誇りを】

第21話『孤高のお姫様は本日休み』

「あれ? 今日はカナリ休みなんだ」


 校門前で待ち伏せをしていなくても、教室では必ず絡んでくるようになったカナリの姿が見えない。


「お家の都合とかじゃない?」

「何それ。学生の内に家の都合で学校休むとかないでしょ」

「そんなの知らないわよ。体調不良とかが無難じゃない?」

「だよねぇ。てか、なんかツンツンしてない? さっきまでいつも通りだったのに」


 カナリの席へ向けていた目線をリンへ戻すと。


「逆になんであの女のことを気にしてあげなくちゃいけないわけ?」

「え」

「私は前々から、あの女とはあまり関りを持ちたくなった。それはわかるよね?」

「はい」

「だったら今の私は対応を間違えてる? いないよね?」

「そ、そうですね」

「しかも、私は自分の気持ちよりもアッシュがあの女から遠ざけていたっていうのは1から説明しなくてもわかるよね?」

「わかります」

「それに、あの女と関わってからアッシュと一緒に居られる時間が減った。もうこれだけで怒り心頭なの」

「な、なるほど?」


 てかさっきから、カナリのことを『あの女』呼ばわりだけど――ちょー怖いっす、特に目。


「あの女が教室から居ないだけで、ちょっと緊張感が薄れるからいいんじゃないかな?」

「――リン、その物言いはよくないよ」

「……ごめん、ちょっと言い過ぎた」

「周りと違った境遇であり、自ら望んだわけでもない環境。細かく見たら違うけど、大まかに見たら俺だって一緒でしょ?」

「うん……そうだね、本当によくないことを口に出しちゃった。反省しないとね」


 そこまで大袈裟にすることでも、深く反省しなくちゃいけない内容ではないけど――リンには、他の人間が俺へ向ける醜い感情を抱いてほしくはないからね。


「それで、補習のテストはどうだったの?」

「まあまあいい感じ。筆記試験のときよりは点数が上がってたよ」

「よかったよかった」


 と、お茶を濁している内にとある件が脳裏を過った。


 まず1。

 転生してすぐ遭遇した強盗事件。

 あれは単発の事件だと思っていたけど、まさかの組織犯罪の可能性が浮上し、カナリからの情報やもふもふを助けたあの1件から話が繋がってき始めた。

 あの3人との出会いも含み。


 次に2。

 組織犯罪は、どれだけの人員を確保して投入しているかわからないけど、他の誘拐事件などにも関与している可能性が出てきた。

 今のところは獣や獣人などしか確認できていないけど、その流れで言ったら人間だって考えられる。

 思い出してみると、あのもふもふ2匹とも珍しい感じがする、あの3人も凄く珍しい部類に入っている気がしてならない。

 ということは、金持ちや有名人とかもその候補に入っても不自然じゃない、と思う。


 その3。

 女神の助言もとい神託の件。

 幅が広すぎてなんのことを言っているのかわからなかったけど、『身の回りに視野を広げる』というのはもしかしたら交友関係についてなのかもしれない。

 つい家族や使用人、仲間になった3人のことだとばかり思っていたが、リンと最近知り合ったカナリも含まれているということになる。


 最後4。

 カナリは、父親の情報を元に探偵擬きをやろうと俺を誘ってきた。

 向上心の塊で真面目な性格のカナリが、正義感なのか好奇心なのか、駆り立てられる衝動のまま単独で行動してしまったのか?

 日頃がそうだから、反動でそのような危険行為に及んでしまった可能性もあるだろう。

 いやまさか……誰かの役に立ちたい、誰かに褒めてもらいたい、誰かに認めてもらいたい、という理由で足が動いてしまったのかもしれない。


「あ、でもそれでね――」

「うんうん」


 カナリが自分の感情を表に出しているところを見たことがないから、あながち間違ってはいないと思う。

 それはそれとして、いたたまれないというか、複雑な心境にはなる。


 情報整理した結果、正確じゃないにしろ導き出された推測は――『カナリが闇組織によって誘拐された』、という可能性。

 こんな一大事、騒ぎにならない方がおかしい。

 だってカナリのお父さんは魔法騎士団のお偉いさん? なんでしょ、ってことは教師陣は把握しているけど、混乱を避けるために情報統一しているというわけか。


 そんでもって、どこかの生徒の親も把握はしているけど、子供には説明していないって感じだろうな。


「んー、どうしたものか」

「だよねー。そろそろもっと勉強しないとマズいよね」

「うん、そうだね」


 つい考えすぎて、ぽろっと小言が出てしまったけど話が繋がってようでよかった。

 話、聞いてなかったから。


 でもなんでそんなにチラチラ見てきているの?

 顔も目線も基本はこっち向きなのに。


「でね。学園で居残り勉強はちょっと嫌だから、もしアッシュがよかったらなんだけど私の家でお勉強会なんて――」

「あ!」

「どえぇ?!」


 ごめんリン。

 その話を最後までされると断る理由を考えなくちゃいけなくなるから、唐突に声を出して遮らせてもらったよ。


「っと忘れていたことを思い出しそうになったんだけど、声を出したことによって忘れちゃった」

「何それ、変なの。ビックリしたー」

「ごめんごめん」


 表と裏で活動すると決めた以上、こういったときにすぐ行動できないのはあまりにも歯痒すぎる。

 それに行方知れずの相手を探す能力なんて持ち合わせていない。

 探知することはできるけど、まだ使い始めたばかりだから範囲を広げられないし、広げられたとしても人っぽい存在を確認できるだけだ。


 人が沢山いるところで実践してみたけど、森の中でゴーレムを探知するとは勝手が違いすぎるし負荷が大きすぎる。


「でもさぁ、またどこかで事件があったとか噂になってるの怖いよねぇ」

「そうだね、注意しないと」


 大人たちが情報統一していたとしても、目撃情報だけは取り締まることはできない。

 だから、もしかしたら事件現場の近くに学生が居たら噂として広まってしまう。

 リンが言っているのも、たぶんそういう類のことなんじゃないかな。


「だから、帰りは絶対に一緒じゃないとダメだよ」

「リンが1人だと危ないからね」

「今回ばかりはハッキリ言うけど、危ないのはアッシュなんだからね。それだけは自覚を持ってよ」

「うん、心に留めておくよ」


 展開的には、毎日幼馴染と放課後帰宅デートを楽しめる状況なんだが、今はそれが制限となってしまう。


 許せん、闇組織。

 裏の側で敵対するならまだしも、表の事情にまで邪魔をしてくるとは本当にけしからん。


 まあでも、推理はしてみて恐ろしいほど点と点が繋がっちゃったけど、まさか本当にカナリが誘拐されているかどうかはわからない。

 普通に風邪で休みって可能性だってあるわけだし。

 とりあえず放課後まではお預けだな。

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