第20話『染みすら残ることなく』

 帰宅した俺は月明かりが射し込む部屋で独り、椅子に座りながら思うことが多々ある。


「お父さんとお母さん、あまりにも過保護すぎるだろ……」


 子供の心配をしたり、将来のことを考えてくれるのはありがたいし、家族としてのぬくもりや安心感はピカイチ。

 俺が言うのは筋違いだと思うけど、学友たちより間違いなく劣る俺を冷遇することも見捨てることもせず分け隔てなく接してくれている。

 そして、そこには哀れみを感じることはなく、惨めだからという情けをかけられているわけでもない。

 家に使えてくれている人間全員も同じく。


 だが、だ。


「限度ってものがあるよね?」


 帰宅して早々、視界に入ったのは机の上。

 何やら小分けされた袋があり、溢れ出る不信感を払拭するために中身を確認……そうしたら、それら全ての中身はお金だった。


 ザッと見ただけでも10万円はある。


 詳細に確認したらもっとあるかもしれないけど、さらに置手紙もあり、なんと――。


『このお金は自由に使ってくれ。お小遣いという扱いにはなるが、アッシュが今までお金も物も必要ない、と言われる度に貯金していたものだから思う存分に使ってくれ。そして、これからも惜しむことなくお小遣いを貰いに来てほしい』、と。


 謙遜を含め、せめて半分は返しに行こうとしたが次の文を見て足を止めた。


『今まで何もしてあげられなくてすまない。そして、それはこれからも変わらないかもしれない。だがアッシュは自分にできることを自分で探し、それを実行している。だからせめて、お金だけでも支援させてはくれないか』、と。


 本当に、子供が子供なら親も親だ。

 俺みたいに馬鹿正直なほど『誰かのために』なんて思ってる人間は珍しいと自負していたが、こんなに優しく家族を思いやることができる親に育てられていたら、アッシュのような優しい人間になるのは必然というわけか。


 極めつけは家族以外の他人にも優しいっていうんだから、この家族や関係者は人間ができすぎている。


「困っていた金銭面を解決できるのはありがたいんだけど、貰ったお金で3人の食費とかを賄うっては、なんともなぁ。でも、わがままを言っていられる状況もないんだけど」


 そして次。


 晩御飯はこれからなんだけど、偶然通りかかったお母さんから「門限についてはお父さんを説得するから、もう少し待っていてね」と「合わせてアルバイトも交渉するから。あと、他にもやりたいことがあったらなんでも言ってね」、と言われた。


 たぶんあの様子だと、このお金を渡してくれたことはお父さんの独断で、お母さんも別方向で俺のことを考えていてくれていたということ。

 だから交渉も揉めることすらなく即時終わり、夫婦共戦体制になるんだろう。


 最後にウインクをしてくれた意味を考えてみたんだけど、かわいらしい仕草というより、何かを察して「私に任せておきなさい」という意味だと思うんだが……も、もしかして女性の気配を感じ取ったりしてるってこと……?

 あれですか、女の勘ってやつ? 本当にそうだったとしたら、もはやそれは超能力なのでは。


「……」


 使用人の方々は相も変わらず優しいから、もしかしたらお父さんとお母さんとはまた別の協定が結ばれているのかもしれない。


 しかし門限という制限が解除されたら、物凄く行動に幅を持たせることができる。


「アルバイトかぁ。どんな種類があって給料とかはどうなってるんだろう」


 こうして思うのが、当然なのだが元のアッシュが知らなかった情報は俺も知らない。

 転生前の世界と世界観や金銭感覚とか技術が似ているから、どうにかなっている面はある。


 まあ……知らないことが多いのは、学生×学生だから仕方がないか。


「そういえば……」


 俺が使える回復の効果は、物理的、精神的だけではなく物損にも対応している。

 だから、あのもふもふっ子たちに噛まれた場所の痛みは既にないし、あの子たちの全ての傷を癒し汚れを消し去った。


 そう、俺の手についてた少量の血液も。

 覚悟は今も揺るがないし、あの人たちの命を奪ったことを後悔はしていない。


 いや――後悔しようにも、痕跡も痛みもないから。


 不思議な感覚に襲われる。

 普通に考えたら、思い出すだけで吐き気に襲われ自責の念に苛まれるところが、恐ろしいぐらいに心を乱すことも記憶が混濁することもない。

 本当、怖いぐらいに。


「だが、これからも。信念を貫き通し、己が正義のため、仲間と悪を討つ。そして世界の守護者となる」


 我ながらにかなり難易度が高い話だ。


「それに、自分の力……」


 この体は、無限に漂っている魔力を吸収し続ける。

 だからアッシュは日々の鍛錬の中に、体内へ入ってくる魔力を濃密な糸にしたり折り畳んでいた。

 体という器には収められる魔力は限られており、しかしそれを自分で把握する術も何かしらの方法で確認することもできない。

 アッシュはそれを10歳にしてそれを悟り、この方法へ辿り着いたのだが、いつか来る限界も悟っていた。

 収められる魔力が限界を迎え、吸収できなくなった末路もわからず、毎日その不安と戦ってもいたんだな、誰にも相談することができず。


 今の俺なら何も問題がない話だが、魔力を溜め込む技術と操作する技術は今後とも続けていこう。

 何が凄いって、現段階でも貯蓄してある魔力は国1つぐらい普通に消し飛ばすことができるということ。

 アッシュは自分だけのことで精一杯だったから気が付いてなかったけど、もしも俺が体に入り込んでなかったら魔力が暴発していたかもしれない。

 もしもそうなっていたら……いや、あまりにもゾッとするからこの話はやめておこう。


「てか、本当にあそこの地下はなんだったんだ」


 椅子から立ち上がり、月の光を眺める。


 俺が、もしもあったいいなって想像したらできちゃったのか、女神様からのプレゼントなのか、元々あったのか。

 どれが正解なのかわからないけど、今のところ確認する術もない。


『それでは答え合わせです』

「!?」

『大きい声を出すと、皆さんに気が付かれてしまいますよ?』

「さすがにビックリしますよ女神様」


 月明かりのような、透き通った優しい声が聞こえてきた。


『お久しぶりです、と言うにはまだ日が経っていませんが、目まぐるしい活躍はしっかりと確認させていただいております』

「自分なりに頑張っているつもりなので、そう言っていただけるとありがたいです」

『まずは疑問である秘密基地の地下室の件ですが、あれは私からのプレゼントです』

「なるほど、ありがとうございます」

『活動拠点はあった方がいいと思いまして。それに、学生の身分でその立派な目標を達成するには何かと制限や弊害が大変でしょうからね。少しでもお手伝いをさせていただけたら、と』

「本当に助かります」


 想像の斜め上な力が使えるのかと思ってビックリでしたよ。


『これから、まだまだ沢山の危険や障害が待ち受けていると思います。ですが、あなたならきっと大丈夫です』

「そう……ですかね」

『ええ。私は肯定することはできませんが、あなたがやろうとしていること、やりたいことは間違ってはいないと思います』

「……」

『私は、人の数だけ信念や正義が存在していると思っています。あなたが殺めてしまった人、あなたが助けた人、あなたの助けを待っている人、あなたが護りたいと思っている人――それら全ての人に感情があり、将来があり、生きる権利があります』


 さすがは女神様。

 俺が今、何について悩んでいるかなんてお見通しなんだな。


『その力を自分勝手に使用するのであれば、私も何かしらの対策をしなければならないですが、あなたは“誰かを護るため”に力を使うと切望したからこそ自ら力を手にし相応しい体を手に入れたのだと思います』

「初対面で、あんな過酷な試練を課せてきた女神様とは思えないほど優しく肯定してくれるじゃないですか」

『罵られようと、あなたの言う通りですから全てを受け入れます』

「ごめんなさい。この力もこの世界に転生させてくれたのも女神様ですから、嫌味を言っていいわけないですよね」

『大丈夫です。全ての権利を手に入れたのは、紛れもなくあなたの信念と行動によってのものですから』

「そんなに優しくされちゃうと、泣いちゃいますよ?」

『ふふっ。今は冗談でも、これからあなたは様々な困難や苦悩に直面します』

「そうですね、絶賛いろいろと悩み中です」

『そろそろご飯の時間ですから、お話の時間は終わりにしましょう』

「ありがとうございました」

『あ、本来は助言をするものではないのですが……神託ということにしておいてください』

「はい?」

『身の回りの視野をもう少し広げた方がいいでしょう。そう、仲間以外の』

「直接的なことは言えないってことですね」

『はい、その通りです』


 身の回り、視野を広げる、この2点だけ伝えられても難しすぎて推測するの大変すぎますけど。


『それではお元気で』

「また話すことってできたりしないのですか?」

『いずれ、また。とだけ』

「わかりました。今日はいろいろと話してよかったです。ありがとうございました」

『あなたの活躍を楽しみに天から観ていますので、頑張ってくださいね』


 さて。


「まだまだ考えたりしなくちゃいけないことはあるけど、とりあえずご飯ご飯っと」

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