第19話『小さき存在を観て想う』

「先に戻っていたか」


 2匹を抱っこして屋敷まで辿り着くも、先に3人は帰宅していた。


「ユシア、そのかわいらしい子たちはどこで拾ってきたの?」

「ボス! もふもふ!」

「主様、新しい下僕でしょうか」

「いや」


 ロイツ、語彙力が足りないのを責めるつもりはないけど、俺はもふもふしてないからね?

 クライス、なんでもかんでも下僕扱いするのはよくないよ?


「この子たちも被害者だ」

「え?」

「どういうこと?」

「どういう意味なのです?」

「あ、そういうことね……」

「ああ」


 エリーゼは察しがよすぎて怖いところがあるけど、今回は感謝しかない。

 細かい説明ってどうしても苦手意識があってね。


「ロイツ、クライス。この子たちも、私たちと同じ境遇で、あの劣悪な環境から逃げ出してきたということよ」


 完璧な説明ありがとうございます。


「そして、追手から命からがら逃げているところをユシアに助けられたというわけ」


 完璧な補足ありがとうございます。


「え!」

「大変な目に遭っていたということなのですね……」

「しかもこんな小さい体で……いたたまれない話ね」

「かわいそう! 許せない!」

「ああ……」

「傷の方は大丈夫なの?」

「問題ない」

「なら、休ませてあげましょう。空き部屋の毛布をロイツとクライスお願い。私は水を」


 エリーゼによる迅速な指示により、2匹のもふもふを抱っこした俺だけが部屋に取り残されてしまった。


「ソファに座ってるか」


 2匹は……このままの方がよさそうかな?

 こんな小動物に触れるのだって、小学校のときに学校で飼育していた鶏が最後だった。

 そのときだってどう接したらいいのかわからず、右往左往していた記憶が鮮明に残っている。


 今だったら撫でてみたりする絶好の機会なんだけど、生憎と両腕が塞がった状態だからそれは叶わない。


「かわいい」


 素直な感想を口に出すぐらいしかできないなんて、なんて歯痒い状況なんだ。

 こんな、触ったら絶対にふわふわな存在の温もりだけしか感じられないなんて……くっ!

 しかも目を覚ましたら暴れたりしちゃうだろうし、自分だけが抱いている威厳を保つため、「いい子いい子ねぇ」って本音が駄々漏らしながら撫でることは不可能となってしまう。


 ま、まあでも? 3人が居ないときだったら、慣れてきたら撫でまわしても大丈夫そうか?

 そうだ! ちゃんと抜け道はあるはずだ!

 うわー! 早く、もふもふしてええええ!


「ボス! 毛布とタオル持ってきた!」

「主様、これぐらいで足りるでしょうか」

「あ、ああ」


 あ?

 お2人さんやい、その両手一杯にも抱えているものはいったいどれぐらいあるんだい。

 絶対に多すぎだよね、残ったやつ、どうするの、俺の書斎に置きっぱなしな感じ?


「ユシア、私も水を持ってきたわ」

「助かる」

「ってあなたたち、いったい何をしているの?」

「指示通り、拭くものとか毛布を持ってきた!」

「足りないより、沢山あれば全てを解決できます」

「はぁ……あなたたち、毛布1枚、タオル4枚以外は元の場所へ戻してきなさい」

「えー!?」

「作戦失敗です」


 ロイツとクライスは、俺が腰を下ろしているソファの縁に毛布とタオルを置き、肩を落しながらトボトボと部屋から出て行った。


「お水はテーブルに一旦置くわね」

「ああ、助かる」

「毛布は2枚でもよかったけど、せっかく一緒なんだから離れさせるのはかわいそうだから」

「エリーゼは優しいんだな」

「どうかしらね。でも、この子たちを見て自分と重ねちゃっているのは確かね」

「苦労していたんだな」

「えぇ……まともな食事を摂ることすら許されず、注射を打たれたり実験の毎日だったわ」


 白い狐をエリーゼが受け取り、優しく毛布へ置いた。


 嫌な過去を振り返っているからだろう、覇気が抜けて目線も落としたまま。

 俺も抱っこしたままではなく、エリーゼに倣って黒い犬を毛布へ優しく置く。


「優しいのはユシアの方でしょ。この子たちが酷い目に遭っているのを見過ごさず、【世界の守護者】という目標を叶えるべく有言実行したのよね、しかもちゃんと癒してあげているし」

「まあ、な」


 何? エリーゼって心を読み取る能力を持ってたり、遠視できたりするの?

 冗談抜きで行動が筒抜けすぎるんだけど。

 もしかして、行動心理を読んでいる的な? それはそれで凄すぎるし、ここまできたら行動真理を読み取ってるでしょ。


 まあでも、たぶんどれも違うんだろうけど。


「それにしても、ユシアの力は未知数というか凄すぎるわね」

「どういうことだ」

「だって、傷を癒すだけじゃなく場所も修復しちゃうし、精神的なものも癒すだけじゃなく汚れだって払拭しちゃうじゃない?」


 え、そうなの?

 傷と場所は自分でも確認したけど、後半の2つは初耳だ。


「ユシアのおかげで、私が抱いていた不安もなくなったし、立ち直る勇気も貰えた。ロイツもクライスも」


 凄くいい話が始まってしまったけど、そんな効果もあったのかあ。


 てか気が緩んできたからか、この子たちに噛まれた手がジンジンと痛み始めた。

 解除していたオートガードとオートヒールを元に戻そう。


 自分に掛ける分には精神的な作用は確認できないから、精神干渉系の魔法に対しての治癒能力や解除ができたり、対抗することができるって話なのかな。


「たぶんこの子たちも目を覚ましたらいろいろと混乱するだろうけど、すぐに助けてもらった恩に気が付くと思うわ」

「そういうものか?」

「ええ、そういうものよ。それに、私たちの・・・・ときみたいに・・・・・・力を試して上下関係をハッキリさせてもいいんじゃないかしら」

「あ、ああ」


 な、なんだろう、この圧は。

 まるで、「その件に関してはかなり思うことがあります」という言葉が隠されているような、そんな。

 しかもいつの間にか目線を上げてるし、優しい表情で微笑んでいるというのに黒いオーラが見えている感覚に襲われる。


 もしかして、怒ってらっしゃいます?

 たしかにあのときは、俺もいろいろと試行錯誤をしていたときだったから力の加減が上手くできていなかったかもだし……能力を持っているからと言って吹っ飛ばしたりしちゃったからなぁ……。

 しかも手負いかつ疲労困憊ひろうこんぱいだったろうから、怒られたりしても仕方がないか。


「こんなに小さくても、頑張って生きているんだものね。私も頑張らないと」

「あ、そういえば」

「何かしら?」


 両手をテーブルの上へ向け、光の空間から飲食物を取り出す。


「豪勢な食事ではなくすまない」

「もしかして、これをくれるの?」

「ああ」


 濃い味のソース焼きそば、爽やかすっきりオレンジジュース、ホイップクリームと果物を包んであるクレープ。

 控えめに言ってバランスがいい食事とは言えないし、女の子たちにプレゼントするには少しジャンキーな気もするけど、今できるのはこれが精一杯。

 予算的にも俺の分は何も購入していないから、今のところはこれで勘弁してもらいたい。


「今はこれで我慢してくれ」

「――ありがとう、ユシア」


 え、声が震えてる? やっぱりこれだけじゃ不服だっ――。


「私、こんな美味しそうなものを食べるのは初めてなの」

「……」


 不遇な待遇を受けていたとはいえ、不自由なく生活することができていた俺は、軽々しくその気持ちを理解できる、なんてことは絶対に言っちゃダメだよな。

 そのすすり泣く姿を見て、ただ背中を撫でてあげることしかできない。


「こんなことぐらいしかできない俺を許してくれ」

「いいの、いいのよ……本当にありがとう。私、嬉しいの。初めて誰かに優しくしてもらって――なんて言えばいいのか。本当にありがとう」


 想像を絶するほど酷い生活を送ってきたんだろう。

 人生経験が浅く、こんなときに気の利く言葉が思いつかない俺だけどこれだけは想う。


 この出会いに報い、当たり前の日常を取り戻してあげたい。

 そして、こんな悲劇に巻き込まれてしまっている人たちを救い、悪を根元から絶つ。


 だからこそ、嘘みたいな冗談みたいな【世界の守護者】となってみせる。


「ボスー! なんかいい匂いがするー!」

「なんですかなんですか! 何事ですか!」


 匂いに釣られてきたロイツとクライスが物凄い勢いで部屋へ入ってきた。


「え、エリーゼが泣いてる?」

「ううん、違うの。違くはないんだけど」


 2人の目線が俺へ集中している。


「俺ではない。俺でもあるが」

「なにそれー」

「よくわからないのですが、お互いに同じことを言っているのです。不思議です」

「問題ないならよかった! そんなことより、それなに!?」


 無邪気に振舞っているロイツも、物珍しそうに眺めるクライスを見て、より一層さっきの決意が強固なものになる。


「1人1セット、好きに飲み食いしてくれ」

「わー! ボスからのプレゼントだ! やったーっ!」

「主様からの施し、感謝します」


 仲間水入らず、俺は席を外すとしよう。

 そろそろ門限の時間になっちゃうし。


「ユシアは一緒に食べないの?」

「ああ、用事がある」

「そう……わかったわ」

「ボスいってらっしゃい!」

「いってらっしゃいです」


 俺は立ち上がり、食べ物目掛けてソファーへダイブする2人とすれ違う。


「ユシア、戻ってきてくれるわよね」

「ああ」


 仲睦まじい空間を背に、俺は部屋を後にした。

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