第18話『天秤に掛ける命の重み』
これからどんなことが起きるのか、のほほんとした風景が広がっているのか、別のなにかが待っているのか。
調査しに来ておいて、このまま何も起きなければいいなって思っている自分も居るのが複雑な心境だ。
「……」
話し声が聞こえてきて、忍び足に切り替える。
地形がちょうどよく、人が集まっている場所の前に曲がり角があって聞き耳を立ててみた。
「今日はこれで実績を上げられるな」
「ああ、昇進まで一歩前進ってわけだ」
「早く昇進して金稼ぎてぇ」
話し声から察するに、大人の方は全員が男。
そして会話の内容から、のほほんとした風景は広がっていないことが容易に想像がつく。
「だがよぉ、5人に対して2匹って功績はどうなるんだ?」
「普通に考えたら2人分だろうが、今回は特別扱いしてくれるだろ」
「ああ、そうに違いねぇ。だってよ、こーんな珍しいのが見つかったんだからよぉ」
さっきからなんの話をしているかサッパリだけど、邪な考えが交差しているのは違いない。
報酬だの昇給だの功績だのって話だから、何かしらのノルマ的な何かを達成するための何かが目の前に居るのか?
現状だの何かが何もわからないから、もう少しだけ話を聴いてみよう。
「あーらら。こんなに縮こまっちゃって、かわいちょうでちゅねぇ」
「お前、なんだよその話し方」
「情でも湧いたんか? 片方は今も反抗的な顔つきしているじゃねえか」
「教育の成ってねえ動物は家畜同然だろ。こうやって調教するんだよ! おらっ!」
『キュワッ!』
え?
「おーう、豪快でいい蹴りだな」
「たっくよぉ。せっかく黒い方が庇ってくれているのに、白い方は仲間が蹴り飛ばされてるのにビクビク怯えているだけだぜ?」
「たかが動物だからな、薄情ってのも仕方ねえんじゃねか」
少なくとも、彼らの発言や鳴き声的に子供ではないらしい。
そして、小さい方は2匹の動物と。
できれば最近の事件と関連があるのかと闇組織とこ関係性を聞き出せたらよかったんだけど……もう、そんな悠長なことを言ってはいられないな。
姿を変え、行こう。
「これもいい機会だ、白い方にも調教しておこうぜ!」
「だな。連れていくときに反抗されて噛まれるのは嫌だしな」
「……」
「がっはは! 次は左で――ん?」
「あ? なんだお前」
「
できるだけクールキャラで貫き通そうと思っていたけど、自然と言葉に怒気が乗ってしまう。
「俺たちは、脱走したペットの調教をしていたところなんだよ」
「ほう」
「お、その反応はちょっと興味ありって感じだな。どうだ? 兄ちゃんも一緒に」
「配慮が足りねえだろ。先にお手本を見せないと」
「それはすまねえ、確かにその通りだ。なら――」
「いいや、問題ない」
この下衆野郎たちが、どんな動物を虐めていたんだ。
怯えている白いの、というのは一見しただけでもわかる白い狐のように見えるもふもふのことか。
そして、白い狐を庇っていたのは強い打撃と衝撃によって壁にもたれかかっている、黒い犬みたいなもふもふなんだろう。
ここは薄暗い影に覆われているし路地裏だから誰も観に来ない、と。
「小さき者たちにどれほどの苦痛を味合わせたのだ」
「んあ? 兄ちゃん、もしかして残虐主義か? うっひゃー、俺たちより趣味悪りぃ」
「あれか、痛めつけられているところを想像して興奮するっていうやつか?」
「うっひょー、世の中にはいろんな人間が居るんだなぁ」
さて、試行が定まらない内に姿を現してしまったが、俺にはこの時間稼ぎをしている内に決めなければならないことがある。
それは――命と志の天秤。
この、自分体以外の命をオモチャ同然に扱うクズ野郎共を殺すことになんの躊躇いが必要か。
小さき者は、仲間を護るために自らより大きい者に反抗し立ち向かった。
その覚悟へ報いるのことに、何を迷う必要があるのか。
しかし、俺の圧倒的な力で命を奪うことは、結果的にこいつらがやろうとしていることと何が違うというんだ。
一方的に力を行使して実力差を明確にする行為でさえ、結果も過程もこいつらと一緒じゃないか。
だったら、このままあの2匹を連れてこの場から逃げたらいいじゃないかって? それはダメだ。
なぜなら、こいつらはここでどうにかしないと、別の場所で同じことを繰り返すに決まっている。
「――てな感じでよぉ。檻の中では大人しくしていたんだが、檻を蹴飛ばすと体をビクッと震え始めるんだぜ? 最高だろ」
「ああ」
このクソ野郎が。
弱い者を虐め、自らの興奮材料とし、支配欲を満たすだけのクズ。
底辺以下の人間に、慈悲をかける必要があるのか?
だが、俺がこの
俺が目指した『誰かを護れる人間になる』という目標は、この力を手に入れて叶えることができる。
しかし、その力で誰かを殺めることに意義はあるのか、本当にそれは俺が望んだことなのか。
俺にしかできない、俺がやってしまえば、俺以外に誰も、俺は、俺は――。
『グ、グルル……』
「……」
ほとんど虫の息になっても尚、黒い犬は立ち上がり、白い狐の元へ足を引きずらりながら歩み寄り始めた。
「ぎゃははははっ! 滑稽だぜ!」
「熱々な友情だぁ! 面白れぇ光景だぁ、なあ兄ちゃん!」
「……」
「まだまだ遊べそうだ!」
「おいおい、ギリギリまでやってはいいが殺したら罰則だぞ。下手したら殺されるぞ」
「ちっ。せっかくこれから面白くなりそうなのによぉ、つまんねえ」
「だったらよ、黒い方は放置して白い方をやっちまおうぜ」
俺の意志の弱させいで、身を挺してまで仲間を助けようとしている者を見殺しにするのか……?
「ははは」
「んお? 兄ちゃんも楽しくなってきたか!」
本当に笑える。
誰かを護る覚悟はあっても、身を挺してまで誰かを守った実績があっても、それを理由に誰かの命を奪う理由を永遠に探しちまってる。
――何が、護る覚悟はあるだ。
――何が、誰かを護った、だ。
手が震え、人を殺めることに恐怖を感じている――本当に情けない。
アッシュ、ごめん。
キミの意思と想いは、表の方をもって受け継ぐとしよう。
しかし、裏の方は俺の正義と意志を貫くと決めた。
呪いたかったら、存分に呪ってくれ。
――覚悟は決まった。
大切な人間を、大切な存在を見殺しにするぐらいなら他人の命を喜んで奪おう。
「くだらん」
「うがっ――」
「はぁ!?」
「な、なんだ!?」
「まず1人」
今にも飛び掛かろうとしていた男を、グローブに魔力を集中させて壁へ殴り飛ばした。
当然、手心なんてものは加えていない。
だから壁へ激突強打した男は、間違いなく絶命している。
「なんの冗談だよ兄ちゃん、気持ちよくなりすぎて頭がおかしくなっちまったのか」
「いや、俺は最初から正気だ」
「何がなんだかわからねえ! 兄ちゃんは俺たちと同類なのか? それとも敵なのか?」
「同類であり、敵だ」
「わけわかんねえよ!」
「理解は不要」
「ぐぶぁ――」
足を前後に開き、後方から襲い掛かろうとしてきた男へ、半身翻す流れで肘を肋骨へぶち当てる。
男はそのまま壁まで吹き飛んで、ドシャッという音とバキバキバキという音を立ててズルズルと地面へをへたり込んだ。
「残り3人」
「おいおい冗談じゃねえぞ」
「お前たち! いつまで項垂れているつもりだ! 早く戻ってこい!」
「――」
「――」
「期待は無意味だ」
「う、嘘だ! あんなたった1撃程度で、人間が死ぬわけがねえだろ!」
「そ、そうだ、そうだよな。そんな理不尽があっていいはずがねえよな」
「きっと時間が経ったら立ち上がってくる。そうだ! 俺たちは時間稼ぎをしつつ戦えば人数的に有利になる!」
「俺たちが負けるはずがねえ。こんなところで死ぬなんてありえねえ! 帰って酒飲んで遊んで、雑魚共を痛めつけて楽しむんだ!」
絵に描いたような、救いようのないクズ下衆野郎共だ。
「蛮行を許すはずはなく、救いの手も望みもない」
「うるせえ!」
「おらああああああああああ」
「技を使うまでもない」
正面から拳を振りかざそうとする2人。
対処など思考を巡らせる必要もなく、左ジャブで1人、右ストレートで1人を顔面に食らわせぶっ飛ばす。
「――」
「――」
「ひぃ!?」
「……」
最後の1人の表情が、俺の感情を揺さぶる。
さっきまでの4人からは明確な悪意を感じ、戦闘の意思が明確にあった。
「お、お前ら……い、いや……す、すまねえ! 許してくれ! 俺は、俺はただ命令されてやってただけなんだよ!」
「命令……?」
心から恐怖と焦りが表情に露となる男は、その場で土下座をし始めた。
自らの命欲しさに、仲間の心配を他所に、蛮行を謝罪することもなく、ただ助かりたい一心での命乞い。
本来であれば聞く耳を持つ必要は全くない。
しかしその恐怖する表情と怯える声は、覚悟を決めた俺の心を揺さぶる材料としては十分であった。
「誰にだ」
「く、詳しいことはわからないんだ。俺たちは下っ端も下っ端だから、上層部のことは何も知らないし、牢や檻に捉えている動物なんかの管理をしたり、こうして脱走したら捕まえて戻せって。ほ、本当なんだ!」
「……」
心の底から助かりたいから、易々と仲間を売り、組織を裏切る。
哀れとしか言いようがない。
そんなことをすれば、もしも逃げ延びたとしても一生仲間の顔や声が脳裏に過るだけではなく、組織からの追手から怯えながら逃げ続ける人生になる。
そして、またどこかで蛮行を繰り返す。
更生など望めるはずがない。
「なんか……?」
「あ、ああ。俺が知っている場所以外にもあるみたいでよ、あ……あいつらがそう言ってたんだ」
こういう情報を聴いてしまうと、行動の責任を感じる。
今の話から察するに、3人が逃走してきた場所と似ている雰囲気を感じるし、話に出ていた闇組織と関係している可能性大だ。
もっと情報を聴き出したいところだけど、そろそろ叫び声に反応して誰かが来てしまうかもしれない。
「で、でもよぉ。檻を蹴るだけで怯える姿を見るのは、本当に最高で日々の鬱憤を晴らすには丁度いいんだぜ」
「……」
「だからこれは内緒なんだが、上にはバレないよう逃がしていたぶったり、こうして追い詰めたりして殴ったり蹴ったりするのが楽しいんだよ。しかも、脱走したのは俺たちが悪いことにはならず、昇進にも繋がるんだぜ!」
「クズが」
「ふへへっ油断したな!」
あまりにも生きる価値のない人間すぎて、気が散ってポケットに手を入れたタイミングで、男はどこかに隠し持っていたナイフを取り出し、飛び掛かってきた。
「はぁ?」
刃渡り20センチはあるであろうナイフは、俺の服すら傷つけることなく、オートガードによって弾かれ宙を舞い――地面へ転がる。
「な、何がいったいどうなって――」
「やはりクズはクズ。失せろ」
「ぐぼっあぁ!」
小ジャンプからの二段蹴りを腹部に当て、壁へ蹴り飛ばした。
「……」
傷つき、怯える2匹の元へ歩み寄り、片膝を突く。
「助けるのに時間がかかってしまってすまない」
『グルルル』
『キュー!』
黒い犬も白い狐も、互いを護ろうと俺への威嚇を辞めない。
無理もないな。
想像もつかない酷い目に遭い続けてきた2匹が、あいつらと同じ人間である俺を容易く受け入れられるはずがない。
「小さき英雄と仲間を護ろうとする意志に敬意を示そう」
俺は両手を前に出し、白い光で回復をかける。
『グルゥァ!』
『キュッ!』
「――っ」
覚悟に報いるため、オートガードとオートヒールは解除してある。
だから、こうして2匹に警戒心から噛みつかる予想はしていた。
心の準備はしていたものの、残った体力の全力で噛みついてきているんだろう、まさに渾身の一撃というのは本当に痛いな。
「大丈夫だ。安心して眠ってくれ」
敵意がないのは伝わってくれたのか、食い込んでいた歯は離れていき、徐々に脱力して眠りについていく。
いや、この場合は安心して気を失ってしまった、か。
「さて、これで完全回復のはず。でもこんなところに放置したら、またあいつらの仲間に見つかってしまうかもしれない」
だったらどうするんだって話なんだけど、まさか拾いましたって家に連れていくのは……もしかしてあり?
家の関係者全員、みんないい人たちだし拒絶はしないと思う。
なんなら、俺が拾ってきた経緯なんて聞かずに即答で快諾してくれる。
みんなニコニコしながら、全員が率先してお世話するに違いない。
そんな光景が容易に想像できてしまうぐらいなんだけど……。
こいつらの仲間……闇組織に見つかったら、みんなを巻き込んでしまうかもしれない。
「下手な抱っこでごめんね。とりあえず、あの地下室へ行くしかないな」
2匹をなんとか両手に納め、空へ跳んだ。
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