第15話『存じ上げぬ新拠点に驚愕と尊敬』

 危なかった。


「……」


 いつものノリで秘密基地に行こうとしていたけど、到着前に探知結界で確認して良かった。

 なんせ、彼女たちは既に待機していたのだから。


 だから俺は、いつも通りタキシードに仮面とハットに変装が間に合った。

 本当、危ない危ない。


「変わりないか」

「問題……ないわ」

「ボクもなんとか大丈夫!」

「わたしも、今のところは大丈夫です」

「……」


 ふぁっ!?

 ギリギリセーフ、なんて思っていたけど、全然セーフじゃない!


 彼女たちを対面したときはハットにフードを被っていたし、力試しをしたときもフードを被っていた。

 だというのに、今はハットと顔が半分隠れる仮面を装備していてもフードを被っていないじゃないかああああああああああっ!


 で、でも……3人ともノーコメントだしノーリアクションで俺の目を見ている。

 ま、まあ……体を動かしたわけだし、そのタイミングで見えていたに違いない。


「な、何か私たちに言いたいことがあるの?」


 純粋な眼差しを向けられ、即答できない。


 今更、俺の外見ってどう? 似合ってる? なんて質問はできないし、正体がバレてしまっていた可能性だってあるから興味を持たれているのかな?


「その後はどうなった」

「あ、なるほど。そういうことね」


 うん、どういうこと?


「私たちの調査は正直、思い通りの成果を上げられていないわ」

「範囲が広すぎると言いますか、無作為に歩き回っても得られる情報はありませんでした」

「ボク、頑張ったのに! 全然ダメだった」


 俺は体調とか大丈夫? って意味で質問したんだけど……でも確かに、3人はそう行動するって言ってたっけ。


 昼間は学業で忙しいだけではなく、やりたいことを考えていたからそこまで考えられていなかった。

 表と裏で活動していくならちゃんと切り離して考えておかないと、いずれは何かしらの失敗を招くかもしれないな。

 現にフードを被り忘れちゃっていたし、注意散漫とはまさにこのこと。


「……時間に余裕はある、問題ない」


 人数が少ないのは調査するには不利だから、焦らず時間をかけるしかない。

 実直に進めていけば、もしかしたらラッキーが巡ってくるかもだし。


 それはそれとして。


 3人の生活をなんとかしてあげたーい!

 パッと見ただけでも、その綺麗な顔立ちやかわいらしい顔が汚れているし、服装だって所々穴が開いていたりズタボロだ。

 しかも! 表情とか態度には現さなくたって、服の間とか出ている手足だとかが痩せ細っているから、まともにご飯を食べられていないのはすぐにわかる!


 んがー!

 こっそりと家に住まわせるわけにはいかないし、使用人として雇うと彼女たちの行動に制限をかけてしまう。

 どこかに宿泊してもらおうにも、金銭的な事情をすぐに解決する案も術もない。


 なんかこう、なんか……屋敷の跡地とか住めそうな廃墟とか、雨風が凌げそうな建物はないのかぁ!


「……」


 大体の割合で条件を満たしている、1人の人間が大の字で寝転がることができる小屋へ回れ右。

 寝るだけなら、女の子が川の字になって寝るとかはできるだろうけど、そんなストレスが貯まる状況では到底、満足のいく生活を送ることはできない。


「ま、まさか」


 まさか? え?


「住処まで恵んでくれるというの?」

「うむ」


 なんのことかと驚いたけど、でも、かなり狭かろうが野宿させるよりはマシだよね。

 居心地のよかった秘密基地が、こんなに早く俺の手から離れることになろうとは思ってもみなかったけど。


 でも、ここは紳士的に俺が扉を開けてあげた方がいいよね。


「……」


 なんだか身に覚えのない長方形の木枠がある。

 記憶を辿っても、こんな床下収納みたいな、地下室への入り口みたいな場所を作った憶えはない。


 小屋の中身を披露する前に、しゃがんで手を置いてみる。

 すると――。


「――え」


 超小声だけど、つい声が漏れてしまった。

 なんせ、蓋となっている木の板が自動で開いたのだから。


 驚愕を露にしてしまった理由は、出現した石造りの階段にもある。


「やっぱり、そういうことだったのね」

「ボス凄い! カッコいい!」

「まさかとは思っていましたが、さすがは主様です!」


 俺の背後から階段を覗き込んでいる3人は、気分が高揚している明るい声色で関心を寄せている。


 どこの記憶を遡ってもありもしない場所に理解が追いつかない。


 もしかしたら、想像していた通りに住処として使える地下室を建造してしまった可能性があったり、元々ここにあったのを知らずして秘密基地を建築してしまった可能性もある。

 いろんな可能性を思い浮かべても、どれもありそうで怖いのと、女神様からの贈り物っていう線も考えられる……のか?

 お告げ的な何かがあったわけでもないからわからない……。


「行こう」


 感知されることはないだろうけど、まだ結界を通過できるのか確認していない。

 誰かに視認されると厄介だからね。


「……」


 入り口こそは1人分の幅ぐらいしかなかったけど、そこからは2人が余裕をもってすれ違えるほど。

 高さもしっかりあって、螺旋状でも曲がり角があるわけでもない。


 そして何より深い。


 いったい、どんな空間が待っているのか想像もできないため正直ビビってる。

 ダンジョンになってたりしないよね? ボスモンスターみたいなのが待ち構えていたり、強力なモンスターが門番をしているとかもない?

 全部見てみたいけど!


「す、凄い……」


 エルフっ子――じゃなかった、エリーゼが零した言葉と全く同じ反応を俺もしたい。


 というか今更だけど、ここまで変装していたら普通に喋っても大丈夫なんじゃないか?

 そもそも単語単位で話していたし、いつもとは違う話し方かつ低いトーンで話しているわけだし。

 まあでも、ほどほどにしておかないと変なことを口走りそうだから注意しなくっちゃね。


 さて、目の前に広がる光景はどう説明したものか。


「ボス! ここって僕たちが住んでもいい場所なんだよね?」

「主様、素晴らしすぎます! こんなお屋敷をご用意していただけるなんて!」


 そう――地下に広がっていたのは、果てが見えないほど広大な土地にドデカい屋敷だったのだ。

 澄んだ空気に、生い茂っている草木、どこかから川のせせらぎも聞こえてくる。

 しかも何が凄いって、見上げると太陽? とか、空? とか、雲? もあるってこと。

 これじゃあ『新しい住処を提供した』というよりも『新しい世界を提供した』っていう方が正しくなっちゃう。


 え? 俺って、人間という存在を跳び出して神様的な存在にでもなっちゃってとこと? ヤバくない?

 どうか、神様からのプレゼントであってください。

 俺を人間で居させてください。


「ボスって本当に人間なの?」

「主様であり神様ですね」


 お願いだから、それ・・やめてね。


 仮面を被っていたおかげで景色を堪能しつつ屋敷の敷地内に辿り着くことができた。

 一応は結界やら聖域やらで敵対しそうな存在やモンスターなどを探ってみたけど、生体反応は全くない。

 つまりは全くの無人ということなんだけど、それはそれで怖い話だ。


 なんせ誰かが整備や清掃をしてくれていた、と思うほど綺麗だし、人間的な存在が居なかったから説明がつかない環境だからだ。

 庭師さんとか、絶対に居るでしょってぐらい庭園の植物たちは生き生きしているし。


「心が落ちつくわね」

「ボス、走ってきていい?!」

「ロイツ今はダメよ」

「えー」


 ボクッ子――じゃなかった、ロイツは天真爛漫というか元気を持て余しているんだろう。

 赤毛っ子――じゃない、クライスは終始キョロキョロしているから、こういった綺麗な景色や建物に興味津々なんだろう、たぶん。


 てか、庭園から屋敷まで遠すぎじゃね!?


 たぶん数分……ぐらい歩いてやっと辿り着いたものの、内装は外観そのまま。

 焦げ茶色の木造建築? な感じで、心を落ち着かせる気の香りが広がっている。

 廊下には絨毯じゅうたんが敷かれていて、『掃除をするのは大変そうだな』と思いながら進んでいくとありえないほどの部屋数に目を疑ってしまう。

 生まれ育った自宅もとい屋敷もビックリするぐらいの広さだけど、それの倍以上はある。


 何階まであるかわからない、というのもあるけど、単純に『建築技術スゲー』と思いながらも足を止める。


「どうかしたの?」

「ここだ」

「え?」


 立ち止まった場所にあるドアに手をかけ、入室。


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 これこれこれこれこれこれこれこれこれこれ!

 ザ書斎! 憧れの!


 ふかふかで座り心地よさそうな社長椅子。

 両肘を突いて思考を巡らせたり、優雅に作業ができるほど広い長机。

 何が収納されているかはわからないけど、それっぽい雰囲気を醸し出してくれる本や本棚。

 目線の先には数人が囲んで座れる長ソファとローテーブル。

 床には赤を基調として金の模様が縫われている絨毯じゅうたん

 外からの光を完全に遮断できそうな真黒なカーテン。

 天井にはなんだか凄そうなシャンデリア。


 さすがにテレビはないか。


「ここがあなた専用の部屋ということね」


 全体像と一回の部屋はさっきの探知である程度は把握することができた。

 その中から選んだ1部屋なんだけど、完全に大正解だ!


 てか何畳ぐらいになるんだろう、20畳ぐらい?

 測り方がわからないし、こんな大きい部屋を見たことがないからわからないけど!


「各々、好きにするがいい」

「え……私たちにも部屋を用意してくれるの?」

「ああ、1人1部屋で問題ない」

「ボス、太っ腹!」

「主様、ありがとうございます!」


 こんなにだだっ広いし、部屋を持て余らせておくのももったいないしね。


 ロイツとクライスはピューンと走って出て行ってしまった。


「ユシア、突然現れた私たちを助けてくれて本当にありがとう」

「問題ない」

「施設から逃げ出した私たちは、次の日を生きられるかわからないほどギリギリの生活を送っていたの」

「……」

「私たちは一生の恩を感じているの。今はどうやったらこの恩に報いることができるのかわからないけど、ユシアの目標である『世界の守護者』を叶えられるよう全力を出すわ」

「助かる」

「こんなに安心して眠ることができるのは何年ぶりかしら。私、ユシアの隣の部屋にしたいのだけれど、問題ないかしら」

「片方は寝室にするから、どちらでも」

「ふふっ、ありがとう。夜、あなたの寝顔を覗きに行っても?」

「冗談はやめてくれ」

「別に、冗談というわけでもないのだけど」


 そ、そんな優しい表情で笑わないでくれ!

 俺にはそういった経験がないんだよぉ!

 当時は高校生で、彼女いない歴=年齢だった俺をからかわないでぇ!

 やめてぇ!


「それじゃあ、部屋を観てくるわね」

「ああ」


 やっと行ってくれた……ああいうの、正直心臓に悪いって。


 さて、『住』の課題は解決した。

 まだまだ問題は山積みだけど、少しづつ解決していこう。

 焦っても仕方ないしね。

 ああでも、食料はすぐに準備しないとダメだ。


 よし、今のところはやることが明確だから頑張るぞー!

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