第21話 紡がれた可能性

 今の俺に出来ること。今のニオに出来ること。まずはそれらを共有した。


 分かったのは、まず俺はこの二年で強くなったはいいが、片腕なので満足に戦えないということ。

 ニオ曰く、グレインと一対一に持ち込めても、両腕なら勝ち目はあるが、片腕では時間稼ぎが精いっぱいだそうだ。


 ニオもまた力を取り戻しておらず、戦うことすら厳しい。

 かつて使われていた玉座の間に転移するくらいは出来ても、現状使える攻撃系の魔術は、グレイン相手では無力とのこと。


 つまり、今の俺たち二人ではグレインには勝てない。出来ることはグレインの元へ転移する事と、ある程度の時間稼ぎのみ。


 勝つためには、俺の腕を治すしかない。しかしそのためには、ユウを説得し、再度腕を付けてもらう必要がある。


 幸いニオが魔力を探知すると、ユウとグレインは先ほどの部屋から移動しているが、行動を共にしているそうだ。

 再度封印するために連れて行かれているのか、グレインの口車に乗せられているのか。


 前者なら助けたら、信用の回復は簡単に思える。しかし後者なら、俺やニオへの憎しみから襲い掛かってくるかもしれない。

 その場合、今度こそ死を覚悟しながら説得するわけだが、グレインがどう出るかも分からない。


「……分の悪い賭けだな」

「ついでに言うと、転移だって、そう何度も使えるわけじゃないんだ。回復を待たないなら、グレインのところへ使った後にもう一度が限界かな」

「ほとんどお前役立たずだな……案内だけさせたら、俺が戦ってユウを助けるか説得して腕を治したら、また戦うってか……ハァ」


 しんどい。流石に疲れた。ロクな物も一か月近く食ってないだろう。


 片腕で、助けた相手から恨まれているかもしれなく、味方だと言える奴は援護もできない。


 トドメとばかりに、相手は魔王と呼ばれたニオの次に強かったというグレイン。


 弱気にならいくらでもなれる状況だ。どうするかと問われたら、逃げ出すことが最善だと答える奴が大半だろう。


 それでも行く。立ち上がってアステリオンを手にし、ニオへ確認を取る。


「とにかく、下手に隠れても意味はねぇ。イチバチのギャンブルは主義じゃないが、そうも言ってられねぇしな……行けるか?」

「まぁ、分が悪いのはボクからしたらずっとだし、これが数百年彷徨ってやっと訪れたチャンスだからね。行くけど、あと一回の転移は、最悪の場合に備えて取っておくよ」


 最悪の場合? と聞き返せば、俺を指差した。


「どうなるか分からないけど、もし君が死ぬようなことになったとき、逃がすために使う。こればかりは巻き込んでしまったボクの責任だ。譲らないからね」


 そう簡単に死ぬつもりはないが、状況が状況だ。ニオの言わんとしていることも分かる。


 仕方なく頷いてやった。すると、ニオも立ち上がる。


「じゃあ行こうか。グレインが手下たちと合流したら厄介だから、本当に目の前に転移するからね。準備と覚悟は?」

「いいからさっさとやれ」


 そう溜息交じりに答えると、ニオは俺に触れて、一言だけ口にした。


「任せたよ」


 そうして、俺たちは転移の魔術によって光に包まれた。




 ####




 光が消えると、言われた通り目の前にグレインとユウがいた。場所はグルトンと戦った大部屋で、他の魔物の気配はない。


 グレインは俺とニオを目にしても動じることなく、少しばかり目を細め、笑みを浮かべる。


「ほう、来るとは思っていたが、やけに早いな」

「余裕面も今の内だ、魔王改め、グレインよう」

「我の本当の名前まで知っているということは、ニオが全て話したということか。だとするなら、」


 一瞬グレインの姿が消えたかと思うと、その気配が背後からする。


 その手から最上級の魔術が放たれる瞬間であり、魔力が収束している。

 瞬時にアステリオンで斬り払えば、収束していた魔力は消滅した。だが、グレインは背後へ転移してしまう。


「まさか本当に我と片腕で戦うとはな。愚かな行いだ。ニオに唆されたか?」

「これは俺の意思だ。テメェと戦うのもだが、もちろん……」


 振り返り、立ち尽くしていたユウの顔を見る。


「ユウの目を覚まさせるのもな」

「……カイム」


 ユウが死んだような声で俺の名を呼ぶ。ニオが危惧していた事で、グレインに精神を操られているかもしれなかったらしいが、その様子はない。


 今のユウは自分の意思で俺の名を呼び、死んだような顔で俺を目にした。


 それから少しばかり黙っていたが、やがて俺と共にいるニオを見ると、か細い声を出した。


「……もう、いいです。やはり、生きることは私には辛過ぎました……ですから、せめて……その手で殺してください」


 懇願するユウに、俺を首を振る。そんな事は死んでもしないと、ハッキリと言ってやる。

 むしろ改めてユウに宣言した。


「お前の希望になってやる。そんな暗い顔も晴らしてやる。生きる希望だってくれてやる。だから、俺を信じろ」

「今更、カイムの何を信じろと言うのですか……? いえ、もう何も信じたくありません。ですから、せめてカイムを愛した心だけが残っているうちに、死んで罪を償いたいのです。逃げだとしても、構いません。もう罪を重ねたくない……過去の過ちも、罪も、死んで消してしまいたいのです……」

「愛してるっていうなら、もうこの際だ。ここを切り抜けたら抱きしめるでも何でもしてやるよ。だから、俺の腕を――」


 と、そこまでだった。グレインの魔力を感じ、振り返りながらアステリオンを振るう。

 火炎が迫っていたが、アステリオンとニオのせめてもの防御壁のお陰で防げた。


 だが、グレインは「つまらん」と口にする。


「貴様たちが来て、エルフの女と再び憎しみをぶつけ合う事を期待していたというのに、肝心のエルフの女がこれでは話にならん」


 今、グレインに本気で戦われたら勝てない。時間稼ぎだってどれだけできるかどうか。


 ユウに関しては戦いの上で心配ないのがせめてもの救いだ。流石にあんな調子なので、今更ニオを攻撃するようなことはないだろう。


 しかしだ、それとは別の問題として、俺の腕がない。ニオに探してきてもらうにしろ、ユウを説得して取って来てもらうにしろ、戦いを出来るだけ避けて時間を稼ぐ必要がある。


 だとするなら、


「なんだ、仮にも魔王に成り上がった野郎が、ずいぶんと器量の小さいことを言うもんだな。それともなにか? ユウが俺の腕をくっ付けるのがそんなに怖いのか?」


 『グレインは今の流れでユウが説得され、腕をつけてもらうことを恐れている』という仮説を立てる。

 それは真実でなくていい。全くそんな事を思っていなくてもいい。


 ただ、偉そうに語るグレインを煽ってやり、隙を作る。もしくは、そのおごり高ぶった感情をさらに刺激して、腕をつけて決闘の流れに持ち込む。


 「片腕の相手じゃなきゃ勝てないのか?」とでも煽ってやろうかと思ったのだが、グレインは鼻で笑った。


「貴様の腕など、とうに消滅させてある」

「なっ!?」

「当然だろう? 戦いの定石は、弱った相手を更に追い詰めることなのだからな。我としても、あの腕が剣聖の元に戻っては困る」


 俺の腕は、もう存在しない。つまり、ユウを説得しようとどうしようと、もはや意味はない。


 グレインに勝つ見込みが消えた。唖然とする俺に、グレインは薄ら笑いを浮かべ、どうやらこちらの思惑に気づいたようだ。


「なるほど、賢しいな。それともニオの知恵か? しかしなんにせよ、当てが外れたな」


 そうして、グレインは俺とニオを目にしてから、周囲に魔術を展開する。


「もはや転移などさせん。この場で終わらせてくれる!」


 クレインの言葉と共に、魔術が俺とニオへ降り注ぐ、ニオは諦めたのか、俺を掴んで転移しようとしたが、


「まだ、諦めるかよっ!」


 アステリオンをグレインへと投げて隙を作り、開いた腕でニオを持ち上げ、ユウの元へ投げ飛ばした。


「三人集まればなんとやらとはいかねぇが、お前たち二人で打開策考えろ! 時間は、俺が命を懸けて稼ぐ……」


 三度目となるアステリオンの黒い魔力を身に纏い、グレインへと斬りかかった。


 どれだけ時間が稼げるだろう。打開策などあるのだろうか。


 そんな弱気な考えを振り払って、せめて一太刀浴びせようとアステリオンを振るう。

 グレインは、そんな様子を見て、「少しは楽しめそうだ」と、いたぶるように戦い始めた。






「……無理だね、あの分じゃ」


 ボクは、カイムの馬鹿な行為のせいで後方に投げ飛ばされてから、戦いの推移を見ていたが、グレインは完全に遊んでいるし、カイムも真の力を出しきれていない。


 たぶん、あれでは両腕あっても勝てなかっただろう。それでも、カイムは死に物狂いで戦っている。


 そんなカイムを前に、ボクに出来ることは――


「ねぇ、ユウだったかな」


 死んだような顔つきで立ち尽くすユウに、ボクは声をかける。


 もし、この場でグレインを倒す力を持っている者がいるのなら、それはエンシェントエルフたるユウだけだ。


 だから、ボクはユウへと語りかける。あと一歩で希望の剣聖となれるカイムのため。なにより、自らの過ちのせいで生んでしまった悲劇の産物たるユウを、過去の罪から解放するため。


 ――未来をみんなで手にするため。恥を捨てて、ユウを見据える。


「ちょっと、話せないかい」

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