第20話 始まりは平和のためだった
「ブランクはあったけど、転移成功かな」
光に包まれたかと思うと、俺はニオと共に暗い空間で佇んでいた。
様々な感情が頭の中で暴れまわる中、ニオは天井に光の球を創り出すと、暗い部屋を照らした。
「……玉座?」
光に照らされて目にしたのは、埃をかぶり、蜘蛛の巣が張った玉座だった。
ニオはそこへ歩み寄ると、座ろうとはせず、懐かし気に触れる。
「ここへ来るのは、もう何百年ぶりだったかな――まぁいっか。で、改めて久しぶりだねカイム。だいたい二年ぶりくらい……」
まるで数日前に会ったかのような、何も変わらない様子で悠々と話しかけたニオの首元を片腕で掴んで睨みつける。
言葉を探すが、すぐには出てこない。口にするべきことが多すぎるのだ。
ニオも俺の様子に、かつて見た飄々とした顔つきではなく、真面目な顔で俺の言葉を待っているようだった。
いったい、”なに”を”どうした”と聞けばいいのだろう。
何をした? 何があった? 何をしてきた? いや、俺が知るべきことは……
「……俺はいったい、何を知らないんだ……?」
「……まず、お礼を言っておくよ。助けてくれてありがとう。ここまで来てくれてありがとう。味方でいてくれて、本当にありがとう」
「テメェ、まさか全部計算ずくだったのか!? 俺に剣術を教えたのも、アステリオンを託したのも、村から出てったのも、俺に助けさせるためにやったのか!?」
「そんな事、神様にだって出来やしないよ。ただ、君に賭けたのは確かだ。アステリオンが認めた君なら、いつか力を得て魔王を倒すためにここへ来る。そんな希望的観測はしていたかな」
魔王。そう、魔王だ。ユウやニオが知っていて俺が知らないことは、魔王とはいったい誰なのかということだ。
ユウは、ニオの事を魔王と呼んだ。だが、協力者であろうジークはあの部屋にいた奴を魔王と呼んでいた。
どう聞けばいいのか分からない。だから、謎をそのまま口にする。
「お前は何者だ?」
「……一言で説明するなら、そうだね――かつての魔王、と言ったところかな」
「チッ! かつてもクソもあるか! テメェは魔王だったんだな!! いつからだ! いつから魔王として魔族を率いてた!? いつその座を降りた!? それに、ユウはテメェに封じられたって言ってやがった! 本当なら、なんで封じた!?」
「あの黒い奴は何者だ」、「馬鹿げたシナリオを作ったのはお前なのか」「なぜ俺の村に現れた」「なぜ魔物に追われていた」「なぜ封じられていた」
一度口から出たら止まらなくなった謎への問いかけを、ニオは全て黙って受けきった。
俺が言い終えるまで、得意の舌で誤魔化すようなことを一切せず、ただ聞き終えると、まず一つ、俺へ伝えたいという。
「――すまなかったね。ボクと出会ってしまったせいで、君を歴史の闇に巻き込んでしまった。今も続く、魔族と人間の歪められた歴史に」
全て嘘偽りなく答える。ニオは冷静に口にしてから、「かつて」と切り出した。
「五百年ほど昔になるかな。魔族と人間、それから亜人族が一触即発の危機に扮していた。ボクは当時、魔族を統べる者として、この迷宮の、まさにこの部屋で、どうにか争いを止められないかと思案していた」
なら、ニオは五百年前になるが、ユウの言った通り――
「気づくよね、これだけ話せば。そう、その時のボクは魔王と呼ばれていたよ。もっとも、魔族の中で一番強い存在というだけで魔王なんて呼称はなかった。ボクを恐れた魔族が誰も逆らおうとしなかったから、指導者として存在していただけなんだ」
「形だけの指導者とでも言うつもりか?」
「いや、魔族全体の動きはボクの一存に委ねられていた。人間も亜人族も、ボクの事を魔族の王と呼んでいたよ。それが転じて魔王という名が生まれた。形だけの指導者だったボクには丁度よくて、魔王の名のもとにって命令しては、争わないようにしていたよ」
しかし、それも限界が来た。ニオは溜息を零し、「グレイン」という名を口にした。
「さっきの黒い奴と言えば伝わりやすいかな。ボクの次に強くて、欲望に忠実な奴だったよ。そんな奴が元々好戦的だった魔族を束ね始めて、他種族へ戦争を仕掛けようとしていた。支配して愉悦に浸りたいというだけでね。それを止めるために、まだグレインに権力が集中する前に打開策を人間の王に提案したんだ」
「まさかそれが、エンシェントエルフの利用か?」
話が早くて助かる。肯定するニオへ、俺は結局のところユウの語っていたことは真実だったのではないかと気づき、あんな利用の仕方はなぜなのかと怒りをぶつけようとした。
それを察してか、それとも疑われることは分かっていたのか、エンシェントエルフとの関係について話し出す。
「最初こそは、人間の王だって全面戦争なんてごめんだから、ボクの案に乗ってくれたよ。エンシェントエルフたちと秘密裏に接触して、裏で同盟が結ばれた。彼女――ユウだったかな、最初からいたんだろうね。それで、エンシェントエルフの力による戦争の回避を知っていたんだろう。力だって貸してくれたんだろう……その間に、魔族の中でクーデターが起こっているとも知らずにね」
クーデター。ニオが語ったのは、エンシェントエルフの力による戦争回避を利用して、自分に従わない魔族を始末しようとしていたグレインの行動だった。
全ては、ただ支配して魔王の座に座り、愉悦に浸りたいため。それだけのために、人間の王は暗殺され、グレインと通じていた者が国王となった。
そしてニオを排斥しようとする力を押さえることが出来なくなり、魔族の居城たるグリモワール大迷宮から逃げることになった。
ニオへついてきた魔族もいたという。その力を合わせて、グレインを討つこともできたかもしれなかったという。
だがニオは、真実を一早くエンシェントエルフたちに告げることを選択した。争いを避けよとしていたニオが、自分から同族へ牙を剥けることを恐れ、なによりこの先に待ち受けるエンシェントエルフの利用を回避するために動いたのだ。
自嘲気味に、その時は急ぎ過ぎていたとニオは言う。追ってくるグレインの配下たちとの戦闘を避け、エルフの森へと急いだはいいが、既にエンシェントエルフは分裂して各地へ向かわされるように指示が下っており、ニオの言葉を聞く者はいなかった。
その隙に、ニオに関する情報は全て消去された。残ったのは、「魔王がエンシェントエルフを利用しようと画策した」という事実のみ。
それすらも、亜人族が抵抗をやめる頃には隠蔽され、真実を知る者は一部のグレインと国王たちの描いた”シナリオ”によって得をする者のみ。
損となる要因は排除……始末された。真実を知る者たちだ。一人、また一人と殺され、やがてニオ一人が残った。
人間からも魔族からも、「唯一残った両種族の王に敵対する者」として。
姿形、性別すら隠されていたが、グレインの指示で追う者たちだけは知っていたのだ。
人間に知られると、今のパワーバランスが崩れるからだという。
そこで、俺は一つの疑問を抱いた。
「五百年も裏で同盟結んでおいて、なんで人間には知らせなかったんだ?」
二年間とはいえ、歴史書の類は読み漁った。その中に、ニオに関する情報は一切なかったのは覚えている。
しかしだ、もし知らせていたら、魔王討伐の名目で集まったジークたちにニオを追わせることだって出来た。
グレインの実力がどれほどのものか知らないが、ジークの力なら知っている。同じように神託の儀で選ばれた者たちも皆、桁外れに強い。
そういう奴等に追わせたら、ニオを殺すことも生かすことも更に簡単になっただろう。
問うが、ニオは皮肉な結果だと答えた。
「世界の裏で同盟を結んで蜜を啜るのは良いけど、表で知らない者たちは当然ながら敵対心を抱く。知性の面で優れる人間ならなおのことで、いつしか争っているように演じる役目でしかなかった勇者に、グレインや国王たちでも想定外の力を持つ者が名乗り出るようになったのさ」
咄嗟にジークを思い返す。確かに、ジークは裏でヒソヒソと蜜を啜っているようなことに満足するようには思えない。今はそれに従う方が有益だから勇者を演じているのだろうが、もし真実を知れば利用することを考えてもおかしくないだろう。
「勇者には、大衆でもわかりやすい聡明さと強さが求められた。けど、いつしか勇者は誰よりも賢く、グレインより強くなってしまった。そんな相手にボクのことまで教えて、もし逆にボクと手を結ぶなりされたらたまったものじゃないのさ。手を結ばれたら、今の世界を壊そうとしてくるかもしれない」
今の勇者であるジークがいい例というのは、当たりのようだ。確かにジークが知れば、神託を受けた者やグレインさえも利用してニオを見つけだし、追い詰めて力を奪ってから、今度は手を結べと迫る。
私利私欲に塗れたジークが全ての真実とニオという力を手にしたら、五百年間続いた歴史も幕を閉じる。二つの種族からしたら、最悪の敵を二人も生むことになり、いつしかあらゆるところで戦いが起こるだろう。
すっかり魔王様と崇められることに悦を感じていたクレインにとっては、もはや必要以上の争いは望むものではなく、むしろ防ぐべき事態だった。だから人間側へニオの情報は一切流さなかった。
そのお陰でニオは逃げ伸びられたのだ。追っ手と戦い憔悴しながらも、なんとか逃げ続けた。
全ては、この世界を包む闇を払う方法を探してだ。その力こそ、アステリオンだと言った。
「アステリオンは太古の昔から存在する”神話の武器”だよ。封じられている部屋の前で感じたけど、神話級の魔術を使ったろう? あれの力を剣の形に押し込めた物がアステリオンなんだ」
そんなとんでもない物だったとは。手をかざすと、アステリオンは懐いた犬のように手元へと飛んでくる。
「普通の代物だとは思ってなかったが、まさかそこまで大層な剣だったとはな。しかしなんで、お前は使わなかった? というより、使えなかったようだが」
「さぁね、神話の武器は数が少なくて、大体が下手な力を一個人に持たれないように人間と魔族が隠してるんだ。まぁ、魔族であるボクが使えなかったり、悪意のある人間を拒んだりするあたり、本当に神様が創ったのかもね」
「こんな未来を予期して、女神かなんかが遺したってか。で、お前は偶然見つけて持ち歩いてたのか?」
「いや、アステリオンはもともと魔族が保管してたんだ。考えてもみなよ、魔族には手にすることが出来ないけど、清い心の人間が持てば絶大な力をもたらすんだ。流石のボクも、魔族を率いていた時から世に出すわけにもいかなくて困っていたんだけど、追われるようになってからは、グレインたちの野望を断ち切る”希望”に変わったよ」
そんな一筋の希望が年月を経てニオの中でニオの意思と言葉となり、俺に伝わり、俺もまた自分の意思と言葉とした。
そこに大きな違いはないだろう。違うのは、俺ならアステリオンを振るえるということだ。
とは言っても、今は片腕であり、付けられる力を持ったエンシェントエルフはユウ一人だけ。
そのユウも落ちた片腕も無事か分からない。ニオも本調子ではなく、グレインに勝てる見込みは少ない。
どうしたものかと俺が悩み始めると、ニオは諦め気味に俺へと問いかけた。
「ボクとならグレインに見つからずに逃げられるよ。剣聖の君となら、世界に真実を届けられるかもしれない。成功すれば、君はまさに世界の闇を払った救った英雄だ」
どうする? と、ニオは問う。だがそんな事、考えるまでもなかった。
「却下だ。逃げたら誰がユウを救うんだよ」
「……殺されはしないと思うよ? 彼女の力はこういうイレギュラーに備えて取っておくべきだからね。また封印されるだろうけど、いつか助ける機会は来る」
「いつかって、いつだよ」
まったく、そんなことを聞くとは。ニオも落ちたものだ。
「俺にはユウを助け、立ち上がらせた責任がある。さっきみてぇに傷つけた責任だってある。それなのにここから逃げたら、もう二度とユウは笑えなくなるぞ」
「助けるどころか、説得もしなくちゃならないのは分かってるよね? 修羅の道どころじゃないのも承知の上で言ってるんだよね?」
「当然だ。女の子一人救えないで、何が英雄だ、何が希望の剣聖だ。綺麗事なのは百も承知だが、そんなことも成し遂げられないくせに手にする名声なんて、こっちから願い下げだ」
分からないのか? と、そうニオへ言い返そうとした時、その顔がかつてのような笑みを浮かべていることに気づいた。
コイツ、まさか……
「俺を試してやがったな!?」
「別に? ただ真実を並べて聞いただけだけど? 何か騙されたとか、そういう気持ちになるのなら、ボクに言わせれば、”勝手に転んだ”ってところかな」
ハァーッ、と深い溜息を吐き出して、ニオの心中を思い浮かべる。
元々逃げる気などなく、かといって力もない。しかし口は回るので、俺が逃げるようなら戦うように仕向けようとしていたのだろう。
なによりアステリオンを託した俺が、この二年でどれだけ変わったのかも確かめたかったのだろう。
出し抜こうと努力したつもりだったが、数百年と生きてきたニオの足元にも及ばなかったようだ。
「……まぁいい、俺としても好都合だ。そんだけ言うんなら、お前もユウを助けに来るんだよな」
「当然さ。悲劇を始めてしまったのはボクだ。彼女をそこから救う責任も、悲劇を終わらせる責任も、むしろボクにある」
「舐めんなよ、俺は剣聖としても助ける責任がある。俺の方が背負ってる責任は大きい」
いやボクだね。違う俺にある。ボクにある。いや俺だ……なんて言い合ってから、懐かしいやり取りだなと思う頃、いい加減にするかと、互いに肩をすくめた。
「じゃあ、あんまり時間はないだろうけど、作戦会議といこうか」
世界を救う力を持ちながら、死の危険を冒してまで、たった一人の女のエルフを助けるだなんて、誰が見たって馬鹿な行為だろう。
しかし、仕方ないのだ。俺はそんな夢見がちな馬鹿のために戦い続けてきたのだから。
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