第19話 悲劇

 ユウも魔王も、俺がアステリオンを振るった瞬間に釘付けだった。


 ユウは困惑し、魔王は高笑いを上げる。だが俺の瞳に映るニオだけは、呆れていた。


「君ってやつは……」


 そして、ユウも魔王も虚を突かれたような顔を浮かべた事だろう。


 俺の斬撃は、確かにニオへ向けてだ。だが斬ったのは、自由を封じていた鎖だ。


 この刹那に俺が選択した答えは――


「逃げろっ! テメェの得意技だろ!」


 ニオを逃がす、だ。ユウの剣は俺へと向いていないので、この身で守ろうとしなければ斬られることはない。


 鎖さえ切ってしまえば、閃光の間にニオは地へと落ちて、ユウは狙いを外す。


 ここでも一瞬、ユウは狙いを付け直す隙が生まれる。なら、そこでニオに逃げてもらえばいい。


 ずっと姿を隠し、逃げてきたような奴だ。隙があり、自由が利けば逃げてくれる。


 俺は残ることになるが、死ぬことはない。ユウもニオも生きられる。


 読み切れないのは、ユウの狂気と、魔王がどう出るかだ。果たして片腕で乗り切れる状況になるだろうか。


 ユウの説得さえできれば、腕を付けることは可能だろう。

 だが怒りを向けられたら、最悪の場合ユウと魔王を敵に回すことになる。


 そんな様々な思考が頭を駆け巡った数舜の後、振り返って見たユウの顔は――


「カイム……なんで……助けたの……? そんなに……そんなに、」



 「ニオの事が大事なの?」



 悲しみと、その後にふつふつと湧き上がる怒りが顔に浮き出ていた。


「なんでそんな女なんか……あなたなんか、いなければいいのに……そうすれば、カイムは私を見てくれるのに……消えろ……! 消えろ……!! 消えろぉ!!!」

「ユウ、落ち着け! 俺は!」

「うるさい! うるさいうるさい!! うるさい――!!!」


 叫ぶと、ユウの魔力が爆発的に増大した。衝撃波が発し、即座にアステリオンの刀身をエンチャントにより広げ盾とした。


「クッ……! なんだ、この馬鹿みたいな力……!」

 

 アステリオンで振り払い、目にしたユウの姿は魔力という力が煙のように立ち上がっていた。

 魔力の剣はほとばしる雷撃を纏うようで、くすんでいた瞳は俺を映してから、やがてニオへ移ると、激しく睨んだ。


「狙いはお前だ! とっとと逃げろ!」

「……悪いけど、すぐには無理……ちょっと待って」

「また時間稼ぎかよ! しかも片腕で……」


 幸い、切断部位に痛みはない。だが体のバランスは普段と大きく違う。アステリオンを手にしているのも、利き腕だが右手一本だ。


 対するユウは、俺がニオを庇うように立っているからか、怒りの瞳を俺へと向けた。


「いつだってそうでした! 私が救おうとした世界は、嘘と欺瞞ばっかりで! 大切な仲間も、救おうとした人も魔物もどんな種族も、悪いことなんてしてない私に罪を押し付けた!」

「ユウ? 何を言って……」

「私は守ろうとしたのに! 罪だっていうのなら、赦されるまで救うって決めたのに! 誰も私に味方なんかしないで!」

「だから何を言ってる!! ユウ!!!」

「それでも罪が私にあるなら、赦されるまでこの力で戦うって決めていた! そのために戦い続けた! なのに! なのに世界は私から何もかもを奪って暗黒に封じた!」


 これは、ユウの過去だ。魔力と怒りの暴走で、何も見えなくなって……いや、その瞳には、ハッキリ俺が映っている。


「カイムはそんな世界で希望だったのに! たった一人だけ、私を照らしてくれた光だったのに! その女は、私からそれすら奪った! 暗黒に封じるだけじゃ飽き足らず、差し伸べてくれた手も奪うんだ! だから取り戻します! 今度は私が奪ってやるんです! 殺して奪ってやるんです!!!」


 過去と今が混在した想いを叫びきると、ユウは怒りに身を任せて斬りかかってきた。


「やるしかねぇってのか!!」


 ニオへ向けての斬撃を、アステリオンで受ける。圧倒的な力に揺らぎながら、今まで戦った誰よりも速い剣捌きを全て弾く。


「邪魔をするんですか! ならッ! クゥッ……」


 俺へと向けて叫び声を上げる途中、ユウは苦しみだした。その時、俺の背後でニオの声がする。


「いくらなんでも身体強化に魔力を使い過ぎているね……! 得意のコントロールも全くできてない……あれじゃ身体が壊れるよ」

「壊れるだと!? じゃあユウはどうなる!?」

「このままじゃ身体が魔力に耐えられなくなって死ぬ! 意識だって、いつどうなるか分からない! 頭か身体が耐えられなくなったら、彼女は魔力の制御を完全に失って、間違いなく死ぬよ!」

「難しいことは分かんねぇよ! ああクソ! ならどんな荒っぽい方法でも構わないから、止め方を教えろ!」


 ユウがくすんでいた瞳に黒い炎のような魔力を宿すと同時に、ニオは告げる。


「なんとかして気絶させて! 殴るでも何でもいいから! それしか方法はないよ! だけど、今の彼女はとんでもなく強い……」


 ニオが苦しそうにそう言うが、このままではユウが死んでしまうことは分かった。止めなくては、ニオでは逃げられないことも分かった。


 なら――!


「おい、アステリオン……テメェの本来の持ち主の危機だ、”分かってるよな”」


 問えば、アステリオンは黒い魔力で俺を包んだ。

 グルトンの時と同じ痛みに苛まれるが、片腕で今のユウと戦うならこれしかない。


「今回は、ずいぶん素直だな……」


 だが感謝してやる。そうして構え、激痛に耐えながら突っ込んでくるユウの刃をアステリオンで受け、必死に言葉をぶつける。


「このままじゃ死ぬぞ! とっとと冷静になれ!」

「死んだって、私の希望はカイムだけなんです! 取り戻すためなら、カイムだってタダじゃすまさないですよ!!」

「死んだら希望も何もない闇に落ちる! 分からないのか!?」

「うるさぁぁぁい!! うるさいうるさい!!!!」


 ユウの振りかぶった斬撃が、衝撃波となって地を割った。

 瞬時に避けるが、あんなの喰らったら身体は真っ二つだ。そんな馬鹿げた威力の斬撃が、次々に来る。


「チィッ!」


 受けられる斬撃ではない。ユウを即座に蹴り飛ばすも、それにすら激しい怒りを覚えていた。


「カイムも私を傷つけた!! カイムの希望も嘘だったんだ!!」

「違う! 殺す気なら今の一瞬で斬ってる! 早く止めねぇと死んじまうから、俺は……」


 言葉を紡ぐ前に、ユウは斬りかかってくる。

 剣劇の最中、ユウは吐き出すようにずっと言葉を投げつけ続けた。


「もう嘘だってよかった!! どんな目的で私を利用したってかまわなかった! ただカイムに愛してもらえるなら、それでよかった!! どんな矛盾だって耐えられた! なのにニオは奪った! 私の想いも、覚悟も全部嘲笑った!! 人間も、魔族も、亜人族も!! みんな私のたった一つの望みの邪魔をするんだ!!! いつかカイムだって私の前から消えるんだぁ!!!!!」


 駄目だ、もはや言葉は届かない。肩で息をしながら、飛び退いてユウを見据える。


 俺の身体も、限界の連続と片腕での戦闘で長くはもたない。


 こうなったら、もう無理やり一撃叩き込むしかない。


 ――ちょっと痛いが、我慢しろよ……!


「みんな私から、大切な物を奪うんだァァァァァ!!!!!」


 突っ込んで振り下ろしたユウの一撃を躱し、床に食い込んだ隙に、アステリオンに向けて叫ぶ。


「エンチャント! 【鉄塊剣】!」


 そうして、ゴーレムを黙らせた一撃をユウに叩き込んだ。


「あぁぁぁ――!!」


 吹き飛ばし、壁に叩きつける。同時に俺もまた限界がきて、両膝をついた。

 回復しきれていなかったのか、グルトンの時のように長続きしなかった。それでも、なんとかユウを止められた。


「ハァ、ハァ……もういいぞ、アステリオン……よくやった」


 黒い魔力は消え、肩で息をしながら立ち上がる。土煙の向こうでは、ユウが意識を失っていた。


「結局、力任せにぶん殴るしかなかったか……」


 そうして一息つこうとして、目の前に黒い召喚陣が現れた。


「ッ! テメェはっ」


 現れた相手にアステリオンを構えようとするが、限界からか腕が上がらない。


 それを楽しむよう、魔王が笑みを浮かべていた。


「面白い劇だったぞ、よくあのエルフを黙らせたな」


 魔王がそこにいて、その手に魔力の塊を手にしている。

 動こうにも、俺も限界で、片膝をついてしまった。


 そんな俺を、魔王は愉悦の笑みで見下す。


「最後に褒美をくれてやろう。そうだな、痛みのない死で良かったかな?」


 魔力の塊が炎の槍となって俺を突き刺そうとした。防ぎようもない攻撃に舌打ちを打つ暇もなかったが、時間は稼げたのか、背後から声がする。


「相変わらず台詞が長いよ」


 俺の背後には、ニオが転移してきていた。そして俺に触れると、炎の槍が突き刺さるより早く、もう一度転移の魔術を発動したのだった。


 だが、ニオにはたっぷりと聞くことがある。どこに転移しようとしているのか知らないが、ユウだって助けに戻らなければならない。


 待ってろと言い残し、俺とニオの姿は消えた。

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