第18話 約束はちゃんと守りましたよ?

 扉の先には一点を除いて、何も可笑しなところが見受けられない広い部屋が広がっていた。


 周囲は鉄の壁に包まれ、光源である光の魔力の球が天井から照らし、広いと言っても、先ほどの大部屋のようにだだっ広い訳ではなく、あくまで迷宮にある一部屋と言った感じだ。


 だがその一点が、何よりも目を引いてしまう。


「ニオ!!」


 部屋の奥に、鎖で両手を縛られたニオがいる。宙吊りになっており、俺の声が聞こえてか、薄っすらと目を開けた。


 そうして俺がいるのを見て、やつれた顔だが、懐かしい笑みを見せる。


「久しぶり……だね……」

「ッ! 今助ける!」


 また会えたら、どんな言葉をぶつけてやろうかと何度も考えた。

 見つけ出したら、一発殴ってやろうかとも思っていた。


 だが、こうして二年ぶりに見たニオを目前にして、俺は助けることしか頭に浮かばず、口からもその意志が突き出た。


 しかし、当然ながらそう上手くはいかない。ニオと俺たちを阻むように黒い召喚陣が現れると、そこから圧倒的な魔力と共に黒い出で立ちの魔族――魔王が現れた。


 やはり待ち構えていた。グルトンが召喚された時に覚悟はしていたが、こうして目の前にすると、桁外れの魔力と威圧感に気圧される。


 ニオを前にした焦燥感と、魔王から向けられる威圧感とで板挟みになりながらも、一度大きく息を吸って落ち着かせる。


 今の俺は、上層で裏切られる前のお行儀のよかった剣聖ではない。


 どんな一流冒険者もついてこられなかった、荒っぽく暴力的なカイムという一人の男だ


 なにより、今の俺には頼れる仲間がいる。ユウをチラリと横目で見て、一人ではない安心感を覚えた。


 そのユウが、前に出ながら囁いた。


「今出てきた方、私は眼中にないようなので、ニオの元へは私が行きます。ですが念のため、注意を引いてください」

「……任せていいんだな」

「はい、全身全霊をもって約束を守ります」

「なら、魔王の相手は任せろ」


 それだけ言葉を交わすと、俺はアステリオンを魔王へ向け、鼻で笑う。


「大将直々にお出迎えとはな。そんなにニオが大事なのか?」

「ふむ、てっきり以前のように斬りかかってくるものかと思ったが、存外口が回るようだな」

「上で突っ込んだのは、ジークの野郎に命令されたからだ。普通、魔王相手に考えなしに斬りかかるわけねぇだろ」


 まぁ、正面からやり合っても戦いにはなるだろう。だが、その余波でユウの道が閉ざされては意味がない。


 魔王を囲うような動きを見せながら、着実に奥へと進んでいるユウを横目に見ながら、出来るだけ言葉で時間を稼ぐ。


「で、どうなんだ? ニオを二年近く封印してたみてぇだが、殺しちゃいない。だが助けに来た俺たちは邪魔だから出てきた。余程大切なのか、訳ありなのか……とはいえ残念だったな、本当なら手下の雑魚共とグルトンに始末させるつもりだったんだろ? 俺が見るに、ずいぶん追い詰められての行動のようだが?」

「俺が見るに、か――果して、その瞳には真実が映っているのか?」

「なに……?」


 魔王の語る真実とはなんだ? 事実、配下の魔物は掃討し、切り札であろうグルトンも倒した。


 だが、魔王は余裕の表情で佇んでいる――魔王の拠り所はなんだ? 


「……分かってるのか? ユウはあの通り自由の身で、神話級の魔術だって使える。つまりは、テメェが過去に封じたエンシェントエルフは健在なんだぞ? それにユウは、魔王の事を相当憎んでいる。加えて剣聖の俺だっている。勝てると思ってるのか?」

「そうだな、二人一度にかかられては難しいかもしれぬ。だが仲違いしていたらどうなるだろうな? もしくは、手負いならばどうなるか……」

「仲違いに、手負いだと……?」


 まさか、ユウが俺を裏切るとでも? いや、あれだけ俺に固執していたユウがこの状況で裏切るのは考えづらい。裏切る理由はなく、なんなら傷つけることすらしないだろう。


 ユウにとって俺は、魔王へ復讐した後の人生の支えだ。心の支えと言ってもおかしくない。


 それこそ本当に、余程のことがない限りは機嫌を損ねることすら避けるだろう。


 だとしたら、俺がユウを裏切るか傷つける? それこそ本当にあり得ない。死を思いとどまらせ、この手で救い、希望と復讐へ導き、ニオの救出はユウの力を借りて遂げようとしているのだ。


 今更なにもするわけがない。それでも魔王は虚ろな瞳に余裕を映し、低い声でクククと笑う。


「剣聖よ、何を考えているのか見当はつくぞ? あのエルフは貴様を裏切らず、傷つけもしない。貴様もまた、そのような事は断じてするつもりはない。だが残念なことに、あの女を救うことも、貴様ら二人が息を合わせて我と戦うことも叶わぬのだ」


 魔王が嘘をついているようには見えない。だが魔王だからこそ、人を惑わせることに長けていてもおかしくない。


 ここまで来る過程と乗り越えた先の未来と今の状況から考えて、魔王の語るような事にはなるわけがないのだ。


 最後の悪あがき、もしくは、幻惑魔術の類による錯乱が目的だろう。

 頭をガシガシと掻き、魔王を見据える。


「チッ、グダグダ人を惑わそうとしやがって。騙したりするのは魔物の常套手段なのか? そういやニオだって俺を言いくるめて契約させてから置いていきやがったしな」


 そう、ニオだ。ニオさえ救えば、戦わずに逃げたっていいのだ。


 まぁ、ユウが許さないだろうが。ユウもまた、こうして俺と魔王が言葉を交わしているうちに、ニオの元へ迫っている。


「おいユウ! どうやら魔王は手詰まりのようだ! だから……ユウ?」


 ユウの手には、おぞましいほどの魔力が凝縮され、剣の形となって握られている。


 魔王の魔力と言葉で気づかなかったし、視界に入れなければ、ユウが魔力を凝縮したことで俺では気づけなかったろう。


 だが問題はそれじゃない。魔力の剣を持ったユウの瞳……いや、その顔が、狂気に染まっていたのだ。


「おい、ユウ! どうした! いったい、その顔は……魔王に何かされたのか!?」


 そう聞くしか出来ないような、狂気に染まった顔。

 だが、ユウは俺に気づかれたからか、一度こちらを見て、ニタァっと笑った。


「魔王? 魔王なら何もできないじゃないですかぁ」

「なに……?」


 言葉もおかしい。表情から何まで、先ほどまでのユウとは別人のようだ。

 そんなユウが笑いながら、ニオを目にして口角を上げ、やがて声を上げて笑った。


「だって、魔王は――ニオは魔力封じの鎖で繋がれてるんですからぁ!!」

「なっ!?」


 魔力封じの鎖で繋がれた相手。それは、今の今まで話していた魔王ではない。


 封じられているのは、ニオだ。だが、魔王だと!? いやとにかく、ユウの狙いは――!


「クッ!」


 今にもニオへ向けて魔力の剣を振り下ろそうとした刹那、アステリオンの力で無理やり魔王の横を駆け抜けてユウの前へと辿り付くと、斬撃を受ける。


 魔王は笑みを浮かべて素通りさせたが、ユウの身体には恐ろしいほどの身体強化が施されており、アステリオンの力を借りている俺ですら両手で受けるのが精いっぱいだった。


「な、なぜだ……! ニオが魔王だと!? どういうことだ!」

「どういうこともなにも、そのまんまですよ? ニオ・フィクサーは私を封じた本物の魔王ということですよぉ!!」


 ユウの闇が全て表に出たように、吐き出される言葉も表情も狂っている。

 それに押されて思考が追い付かない。ニオが魔王で、ユウを封じた? だが、ニオはこうして捕まっていて、今まで魔物を率いていたわけがい。


 理解が追い付かない。もしユウの言うことが本当なら、あそこにいる魔王は誰だ? ジークだって魔王と呼んでいたというのに、誰なんだ?


 しかし、なにはともあれ……


「ユウ、お前は……俺を騙していたのか!?」


 嘘のない関係だと約束したというのに、ユウは俺は騙して、ニオを殺そうとした。


 しかしユウは狂気を孕んだ顔のまま、キョトンと首を傾げて答える。


「騙していませんよ? カイムの言いつけ通り、ちゃぁんと嘘はついていません。ただ……伝えていなかったことがあっただけですよ」


 それこそが、ニオが魔王だということなのか? 真実なのか? では、今まで馬鹿げたシナリオを紡いでいたのは誰だ? 作ったのは誰だ? 


 とにかく訳の分からぬまま、ユウを睨むこともできずにいると、狂気に満ちた顔からスッと感情が消え、凍てつくような声で言った。


「カイム、何を考えているか知りませんが邪魔です。退いてくださらないと、その女を殺せません」


 そう言ったかと思うと、ユウは魔術を詠唱した。すると、まるで人形の部品のように、俺の右腕が、ボトリと落ちた。


「なっ!?」


 痛みはない。だがバランスを崩し、ユウが更に押し込んでくる。


「一時的にくっ付けた魔術を解除しました。安心してください。その女を殺して、カイムの心から消し去ったら、またくっ付けてあげますからぁ!!」


 豹変するように狂気を宿すユウに押し負けた。もはやニオへ向けて剣が振り下ろされるまでに”一瞬”しかない。


 その一瞬で俺にやれることは――!


 二年間の戦いの記憶が、アステリオンを使った最適核へと導いた。


「エンチャント! 【光来剣】!!」


 眩い光によって、ユウは視界を奪われる。だがこんなものは、ほんの僅かな時しか稼げない。


 片腕でユウを斬る。そうすれば、ニオは助かる。しかしユウは死ぬだろう。逆にそうしなければ、ニオを守れず殺されてしまう。


 俺が身を挺して守っても、この分ではどうにもならない。


 俺の判断を、魔王は手で光を覆いながら、劇を見物するように見ながら嘲笑う。


「さぁ、選べ。邪魔なエンシェントエルフの首を跳ねるか、忌々しい女を見殺しにするか」

「――俺はっ!」


 アステリオンを、ニオへ向けて振り払った。

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