第12話 エンシェントエルフの力

 意識がハッキリしてきて起き上がると、右腕に僅かな違和感を覚える。


 見ると、千切れかけていたはずの腕が繋がっていた。いや、繋がってはいるのだが……


「誰がこんな事……」


 肩から先は、もはや回復は不可能なほどに千切れかかっていたはずだ。あんな致命傷、回復専門の魔術師でも治すことなんて不可能なはずだ。


 妙に思っていたら、ユウがエヘヘと頬を染めながら、心配いらないよと言った。


「違和感は、すぐ取れますから」

「すぐ取れるって……というか、まさかユウが治したのか? だとしたら、相当な腕前だが……」

「じゃ、じゃなくて! えっと……エンシェントエルフにしかできない方法で治したのです。正しくは治したというより、くっつけた、でしょうか」


 くっつけた? と聞き返す俺に、ユウは「これのお陰でなんとか間に合った」と、一本の腕を手にしてぶら下げて見せた。


 その腕は、先ほどまで戦っていた甲冑野郎のものだった。

 しかしどういうわけか、”二本ある”。俺が切断したのは、右腕だけだったはずだ。


 状況が理解できず、ユウの言葉を反芻する。


「エンシェントエルフの力で、くっつけた……」


 その力は、「あらゆる物質が秘める”要素”の移動」だ。移動ということに着目して少し考えると、ユウが何をしたのか、まさかと思いつつも理解が追いついていく。


 しかしそれが本当なら、とんでもない事だ。思わず、ユウへ迫って問いただす。


「まさか、あの甲冑野郎の腕を利用して、俺の腕をくっつけたのか!?」

「ご! ごめんさない! で、でも、助けるにはもう、そうするしかなくて……」

「ああ、いや! 怒ってはいないんだ! ただ凄く驚いていてな……こうしてくっ付いているのに聞くのもなんだが、可能なのか? それに、傷の一つも見当たらないが……」


 俺の右腕には、斬られた傷も見当たらない。俺自身の右腕が正真正銘ピタリとくっ付いてている。

 そこら辺に関して、ユウは順序を追って説明すると、まずは腕をくっ付けた方法を説明した。


「エンシェントエルフの魔術は、先ほども話した通り、要素の移動です。ですから、あの甲冑を着た人のくっ付いている左腕から、肩にくっ付いているという要素をカイムの千切れかけていた右腕の要素と交換してくっ付けました。あの甲冑を着た人の左腕は限界だったのか、こうして千切れてしまいましたが……」


 自信なさげに語るユウだが、荒唐無稽というか、なんと言うか……。


 つまりは、「甲冑野郎のくっ付いている左腕から”くっ付いている”という要素を俺の千切れかけた右腕に移動した」のだ。


 ユウは神にも等しいとんでもない事をしている自覚はあるのだろうか? 

 これだけの万能な力、エンシェントエルフが亡びることなく研究が進めば、いったいどんな有用も悪用も可能な事か。


 色々と考えるべきことはあるが、今は命を救ってもらい、更に腕まで治してもらった事へ感謝すべきだ。


 慣れない言葉を探していると、ユウが何かを口にしかけた。しかし、その前に近くに甲冑野郎が横たわっていることに気づく。


 まだ息があるのかと、手をかざしてアステリオンを呼び寄せたが、甲冑野郎はピクリとも動かない。


 先ほどの鉄塊剣で仕留めていたのだろうか? それをユウが引きずってきたのか? 


 俺の視線に気づいてか、ユウが「ああ」と、興味なさげに口を開く。


「そちらの方でしたら、止めは刺しておきました。もっとも、カイムが致命傷を負わせていたので、簡単な事でしたが」

「止めを刺したって……そんな簡単にはいかねぇだろ」


 片腕を斬り落とし、鉄塊剣で吹っ飛ばしても動いたとなると、相当頑丈な奴だったはずだ。俺の行動の一手先を読む戦術眼もあるので、例えフラフラでも、封印を突いたばかりで全快ではないユウ一人に倒せるとは思えなかった。


 どうやって倒したのか。聞くと、興味なさげに答える。


「別に、普通の魔術で倒しました。もっとも、私の魔術がこの時代ではどれほどのレベルなのか存じませんが」


 魔術と聞き、倒れている甲冑野郎に目をやった。よく見れば全身が黒く焦げ、顔を覆っていた部分は甲冑が吹き飛んでいる。


 素顔が露わになっていたが、よく見ると、その顔は魔族のものではなかった。


「人間……?」


 ここで長い時を経たからか、腐食している部分もあったが、その顔は人間そのものだった。


 その相手を見ていると、ユウは冷たい声音で「私も一つの復讐を遂げました」と言った。


「そこで死んでいるのは、私を闇の底に封じ込めた元凶の一人――当時の勇者ですよ」


 もっとも、アンデットですが。そう口にするユウの口調だが、今度は残念そうだった。


 なぜなのかは、ユウが続けて口にした言葉で理解した。同時に、俺はユウという一人の少女が抱えてしまった闇の深さを垣間見た。


「人間として私のように死ぬことを封じられて生きていれば、苦痛を味合わせてから殺せたのに……アンデットでは、もはや痛みも感じないでしょうから、さっさと始末してしまいましたよ」

「……そうか」

「まぁ、それがカイムのためになったのなら、私は構いません!」


 氷のような表情から一変、くすんだ緑色の瞳に俺を映し、頬をほんのりと染めながら口にする。


「私を救い、私の希望になってくれたカイムのためになったのなら、こんな忘れかけていたような相手なんてどうでもいいんです。それに、人間の形のまま私の封印を守ろうとしていたお陰で、カイムは死なずに済みましたから」

「あのな、俺はっ……」


 言いかけ、口をつぐむ。首を傾げたユウだったが、その瞳や言葉の端々から受け取れるのは、俺への”依存”だった。


 暗き闇の底で数百年孤独に生き、死を望んでいたユウに希望をもたらしたのだ。そういった感情を向けられる覚悟はあった。


 しかし、今のユウから感じるのは明るい物ではない。ましてや光とは真逆な、”闇”を含んだものだ。


 そして、この甲冑野郎、もとい過去の勇者に向けていた視線と言葉には、興味こそないように見えたが、確かな怒りと復讐心――ここにも闇があった。


 俺がジークや魔王に抱くものとは根底からして違う復讐心だ。

 あくまで見返してやり、世界に真実をバラしてやるくらいにしか考えていない俺とは違い、ユウが口にしたのは「どう痛めつけるか」だ。


 それはもう、怨念の類と言っていい。生きている事さえ相手に後悔させるほどの苦痛を与えんとするドス黒い復讐心だ。


 そこまで深い復讐心なら、いっそない方がいい。これから生きていくうえで、いつまでも過去に囚われるのではなく、自分から囚われに行ってしまうのだから。


 ハッキリ言って、邪魔にしかならないだろう。


 ニオとの出会いを思い出した直後だからか、そんな闇など捨て去るように諭そうかとも思った。だがユウの抱える闇は、数百年の孤独と絶望がもたらしたものだ。


 死ぬことを思いとどまらせ、生きて共にここを出るという目的を持ってもらうことは出来ても、深淵とも呼ぶべき闇を晴らすには、まだ出会ってから時間が足りなさすぎる。


 結局、なんでもないとはぐらかし、ようやくユウの解放は叶った。


「で、俺の方は要件がなくなったが、さっき何か言いかけていなかったか?」


 聞くと、ユウはその瞳を一瞬鋭くした。くすんだ緑色の瞳に今までにない闇を感じ、悪寒すら感じて身構えてしまうが、ユウは気にも留めずに、やがてゆっくりと口を開く。


「先ほど、カイムが倒れるときに口にしていたニオという方、お知合いですか?」


 なぜあんな目をしたのか。そう聞きたい気持ちは大いにある。


 しかしニオの名が、そんな疑問を払いのけた。


「……知り合いだ」


 それでもユウから感じられた悪寒から、あくまで知り合いとしておく。

 ニオは、どういうわけかアステリオンを持ち、魔族に追われ、今では姿を消して二年が経つ。


 正直、何を隠している人で、何をやってきた人なのか、もしくはなにを”やらかしてきた人”なのか見当もつかない。


 だとしても、俺は二年探して、名前すら聞くことのできなかったニオさんについての言葉に、逸る気持ちを押さえつつ、「それがどうかしたか」と、務めて冷静に聞いた。


「あの小さな子ですよね? 色白で、小麦色の髪の女の子」

「……ああ」


 確かにニオさんだ。ユウは、どういうわけかニオさんを知っている。


 なぜなのか問いただしたくなる気持ちを抑え、ユウの語る言葉に耳を傾ける。

 急いても仕方ないのだ。二年も探して、何も得られなかったのだから。

 今は確実な情報が欲しい。だから平静を保つ。


 だが、そんな仮面はユウの言葉によって簡単にはがされてしまった。


「どこにいるか知っています」


 思いもよらぬ答えに、俺はただ、言葉を失って呆然と立ち尽くしてしまった。

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