第13話 ニオの居場所
我に返ってから、その場で「どこにいる」と問いただしたかった。
「なぜ知っている」という言葉も続けざまに言おうとした。
だがその両肩を掴んだ時、俺の口からは混乱のせいか言葉が出なかった。
そんな俺の様子を察してか、ユウは「一旦場を変えましょう」と俺を諫め、広い部屋の隅を指差す。
「あそこに魔術で隠されていますが、上層への階段があります。この迷宮の造りは知っていますので、安全な場所に案内します。そこで色々話しましょう――私も、色々と聞きたいことがありますから」
どこか暗い声音で言ったユウに、俺はいくらか落ち着きを取り戻す。
同時に、この数奇な出会いに感謝していた。
騙され、裏切られ、死にかけながらもひたすら彷徨い、その果てに出会い、救ったユウは、俺の終わりなき戦いの人生に差した一筋の希望だったのだから。
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朽ちてボロボロだった階段を上り、俺では気づけないような隠し扉をいくつも超えた先に、洞穴のような場所があった。
入ると、ユウはその出入り口に魔術で幻影の壁を創る。ここまで来る途中、何度か魔術を試していたが、どうやら感覚を取り戻したようだ。
俺が薄暗い洞穴の真ん中に座ると、ユウは天井に光の球を生み出した。
途端に明るくなり驚いていると、ユウは向かい合うように腰を下ろす。
俺も頭が冷え、すぐに質問は投げかけなかった。そのせいか、互いの間にしばしの沈黙が流れる。
どこから……いや、何から聞いたものか。俺がそう思考を巡らせていると、ユウが口火を切った。
「話をするうえで、お互いの情報を共有する必要があると思います」
「……やけに冷静だな」
「はい。私にとっても、ニオという名前は重要な意味を持ちますから。カイムもですよね」
「まぁ……そうだな。一言じゃ語れないのくらい重要なのは確かだ。正直、こっちが意味を押し付けてる面もあるがな」
「なにやら込み入った事情があるご様子ですね。ではまず聞かせてください。カイムは、その剣をどこで手に入れました?」
ニオの事ではなく、アステリオンの事を聞いてきた? 妙に思ったが、ニオはずっとこれを持っていた様子だった。
ユウとニオがどんな関係であれ、持っていたことくらいは知っているのだろう。
とはいえ、だ。
今のユウは、まるで感情がないように淡々と話している。顔にも感情がうかがえず、不気味に思いながらも、両手を振って呆れて見せた。
「まるで人を悪者扱いだな。そう聞かれて「はいそうです」って答える馬鹿がいると思うか?」
「……ごめんなさい。でも、そうでなければ、なぜその剣をカイムが持っているのか分からないのです」
託された、もしくは譲ってもらったと答えるのは簡単だ。だがどうも、ユウはニオの事を誤解しているような気がする。
奪うか何かしないと、アステリオンを渡さないような相手だと。もっと言えば、そういった「奪う」だとか「盗む」事をされる対象だと。
いや、そもそもだ。ユウの語るニオは、本当に俺の知るニオなのか? ユウが自由にグリモワール大迷宮の外で生きていたのは数百年前だ。
そんな長い間、ニオが生きているとは思えない。だが、俺にもこの二年で”もしかしたら”というニオへの疑惑が生じている。
それは確認するため、俺の方から質問を投げかけた。
「先にハッキリさせておくことがある。お前の語るニオだが、それが本当に俺の知るあの人なのかの証明だ」
「あの人、ですか……」
言い淀んだ、というより、どういうわけか言い方を考えてから口にしたようなユウは、まず「アステリオンにこびり付く魔力と知っているニオの魔力が同じ」と言った。
だが、俺は魔力の性質だとかに明るくない。その辺を話すと、しばし考えてから「名前」と口にする。
「カイムの知るニオですが、私と同じなら、フルネームはニオ・フィクナーという方ではないですか?」
直球の返答へ流石に面食らうが、しかしだ。
「その通りだが、お前の封印されていた時間を考えると、同姓同名の可能性がある。血縁者とかもな。なにかもっと、決定的な証拠はないのか」
聞くと、ユウは感情を消し、氷でも張ったかのような冷たい顔で、迷うそぶりもなく口を開く。
「フィクサー」
「ッ!」
「表向きはフィクナーの名を名乗りますが、信用を寄せる、あるいは頼る相手にはその名を名乗る。気まぐれな性格でしたから、カイムが知っていても偶然かもしれませんが……その反応は、何か確証を得たのですね」
ユウは静かにそう告げる。俺はというと、ニオと初めて出会った時の事を思い出していた。
――フィクナーっていうのは自分でつけたものでね。ボクをよく知る人は”フィクサー”って呼ぶんだ。
確かにそう言った。あの時の出会いが偶然でも、状況としては相当切羽詰まっていたはずだ。
魔物に追い詰められ満身創痍で、目の前のガキ一人の信用を買えば身の安全が保証されるのなら、名乗ってもおかしくない。なにより、「フィクナー」という通り名と、「フィクサー」という本名の二つを知っており、外見的特徴も同じ。
間違いなくユウの語るニオは、俺の知るあの人――いや、
「……ニオは、エルフか何かだったのか?」
そうであると言ってほしい。この二年で抱いた疑惑の、最悪な返答だけは止めてくれと願いながら口にすれば、ユウは首を振って答える。
「断じて違います。ニオは魔物です。それも、桁外れに長生きな上位種とでも言っておきましょうか」
途端に視界が揺らぐ。舌打ちを打ちながら頭を押さえると、疑惑が的中していたことを酷く残念に思った。
ニオが魔物だったことも、当然残念だ。だが真に俺を苦しめるのはそれじゃない。
ニオは魔物の身でありながら、魔物に追われていた。だというのに、人間の俺に希望を語り、教えた。
種族を超えた和解すら話していたのだ。それを実現する力もあったのだろう。
本気の実力を知らないので分からないが、未だ俺はニオを相手に剣術で勝てる自信がない。それほどに力を隠していたのだ。
そして、ユウが語るように上位種とやらで、もし数百年と魔物を相手に希望のために戦っていたのなら――
「クソ……! クソ!!」
二度も悪態が口を突いて出るほどに胸糞悪い。もし考えている通りなら、たった一人で同族と戦い続けていたのではないか。
何がそこまでニオを突き動かしたのかというのは、あの夢見がちに語った希望が心にあったからだろう。
同族を相手に、たった一人で魔王すら敵にして戦い続けた。そして、追い詰められていた時に、俺と出会った。
だが別れ際、アステリオンを託した。なら、まるでアステリオンは……
「コイツは、ニオの最後の希望とでも言うのかよ……!」
正真正銘”最後”だったのだろう。村を去る時、俺が考えていたより疲弊していて、最後の力で魔物を倒した。そしてアステリオンと契約を結ばせた俺が手にすることを願い、微かな希望を胸に、どこか人知れぬ場所で死んだ。
「くたばったのか、ニオさんよぅ……! 人にあれこれ押し付けておいて、どっかで勝手に野垂れ死んだのか!?」
死んだのなら、いくら探しても見つからないのにも納得がいく。
納得がいくからこそ、湧き上がる感情がなんなのかも理解できない。
怒り? 悲しみ? 恨み?
大切な存在だったから? それは女性として? 尊敬する対象として? 夢を与えてくれた相手として?
なんであれ、死んでいたらぶつけることもできない。感謝の言葉の一言さえ、伝えることが出来ない。
ただ湧き上がる激情に、もう何もかもメチャクチャにしてやろうかとアステリオンを手にした時、ユウがその手を抑えた。
「誤解があるようです」
「いまさら何が……! 死んだ奴が生き返るわけ……!」
「死んでません」
フッ、と、ユウの言葉に力が抜ける。そうしてアステリオンを手放すと、カランカランという音が洞窟に木霊した。
それが鳴り終える頃、ユウはハッキリ口にした。
「ニオは生きています。いえ、なんならすぐにでも会えますよ」
「どういう、ことだ……?」
ただそう問いかけるしかない俺に、ユウは冷淡な口調で答えた。
「私と同じように、この迷宮に封印されているからです。魔力を辿れば、案内もできます」
嘘ではないと、先ほどからなぜか氷水のように冷たいユウの声のお陰で思考が及ぶ。
俺の反応を見れば、ニオがいると分かれば、すぐにでも探すのは明白だ。案内されずとも、復讐を忘れてしらみつぶしに探せば、いつかはそんなウソがばれる日が来る。
なにより、俺が力づくでどこにいるのか吐かせるのは分かっているだろう。
そもそもだ、嘘をつく理由がない。俺を相手にそんな嘘をつく利益は、今のユウにはないのだ。
だとするなら、ニオはここにいる。
二年間探した相手は、魔王の居城とされるこの地の底に封印されていた。ならば、地上にいるような魔物では知らなくて当たり前だし、魔王以外に知っている魔物がいるかも怪しい。
しかし、なにはともあれ、
「……人が死ぬ思いで二年も探してんのに、アンタは穴倉の中で臭い飯でも食ってたってか? ふざけんなよ、勝手に捕まりやがって……! あんなに強かったくせに、何してんだ、クソ……ああ分かった、だったら、地の底だろうと掘り起こして、引き釣り出してやるからな……!」
本当に俺へと差した希望の光だったユウに感謝しようとして、当人が「それで」と、いくらか表情をほぐして言った。
「これで私とカイムの知るニオが同一人物だと証明されたわけですが?」
「……ああ、そうだな、そうだった」
見つけ出し連れて行く事で頭がいっぱいだったが、他にもいろいろと知るべきことがある。
急がなくていい。この迷宮のどこかにいて、そこに案内できるユウがいるのなら、とことん情報を整理してからでも遅くはない。というより、この際知れることは知っておくべきだ。
「ニオについて、話を詰めるとするか」
そう切り出した俺に、ユウはなぜか感情を感じさせない顔に、ほんの一瞬笑みを見せたのだった。
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