第11話 下手をしたら走馬灯だった
ニオさんは翌日、村はずれの空き家から姿を消していた。
空き家にはニオさんの書置きだけが残っていた。
『教えられることは教えたから、どうか人々の希望になってほしい』と、こんな寒村住まいの俺に希望を託すような言葉が綴られていた。
『契約をした君の元になら、もしその気になったら、その手を天にかざせば、希望はやってくる』との、意味深な一文を添えて。
その二文を書き残して、ニオさんは人知れずこの村を去った。
――その前夜、村の近くで魔術による激しい戦闘があったと、必死の形相で逃げてきた行商人が告げた。「女の子が剣と魔術で戦っていた」と語るその言葉を聞いて、俺はニオさんが戦ってくれたのだと理解した。
当然、村長さん含め、村人たちも理解していた。同時に、「清々した」と村人たちが言う。
「あの魔女は不気味だったんだ」「村で養ってやったのに礼もなしか」「どうせ魔物に殺されたろう」
空き家を前に、そうヒソヒソと口にする村人たちに、俺は一人舌打ちをする。
湧き上がる怒りが、矛盾のせいで吐き出せず、胸の内で勢いを増す。
ああそうとも、ニオさんがいたから魔物たちが来た。だがニオさんはしっかり魔物を一匹たりとも村に入れずに十年過ごした。
ああクソ、なんで純粋に怒れねぇんだ。「ニオさんが魔物から守ってくれていたんだ」と、なぜ純粋に言わせてくれないんだ。
クソ、クソ、クソ……ニオさんよぅ――アンタにも一回でいいから怒らせろ。置いていきやがってとか、連れて行きやがれとか、なんでもいいから怒鳴らせろ。
その次に、いくらでも感謝してやるから。
アンタが……ニオさんがいたお陰で、この十年は確かに輝いていたって、そう言いたいんだよ。このシミッタレタ村で、退屈せずに過ごせたんだよ。
いつかは一緒に村を出て、旅の世話をしながら剣術を学んで、冒険者でもなんでも、なってやるって決めてたんだよ。
未来に絶望せず、ニオさんが言うように希望を持ててたんだよ……!
その希望を奪っていきやがって。クソ……クソ……。
せめて追いかけたい。きっとあの人なら、どこかで生きてる。
だから、俺は場を沈めようとする村長に歩み寄ると、静かに告げた。
「村を出る許可をください」
即座に、村長含めて村の大人たちが寄ってたかって来やがった。
「お前は村の稲作担い手候補だ」「家屋の修理や材木を運ぶのはこの先お前がやるんだぞ」「若いのはお前しかいないんだ」
「お前は村の希望なんだ」
違う。違う。違う。最後の日、ニオさんが語った希望はそんな物じゃなかった。
それに大人共は、こっちが下手に出てりゃ、好き勝手言いやがって。
胸の内にたまる感情を押さえようと必死になっている時、村長が場を開かせるために言った言葉が、”つかえ”を外した。
――「しかし、これでこの村は安泰だ。魔物は全滅したと聞く。もう魔物に怯えることもない。皆でヒッソリと暮らしていこう」
希望も未来もクソもない言葉に、そして俺の未来など何とも思わない態度に、ついに我慢が聞かなくなった。
握った拳で、思いっきり村長をぶん殴る。大人たちが驚き、止めようと寄ってたかってくるが、こうなりゃ知るか。
「テメェら引き籠りの世話なんかするくらいなら、俺は世界の希望になる!!」
叫び、もう一度拳を握ろうとした時、手のひらへ向けて何かが飛んできた。
咄嗟に掴むと、それは血で濡れた黒きアステリオンだった。
しかし、その刀身から黒い色が錆のように落ちていく。
「こいつは……!」
――もしその気になったら、その手を天にかざせば、希望はやってくる。
ニオさんの置手紙に書いてあったことだが、本当にその通り、希望の剣であるアステリオンがやってきた。
そして俺の事を認めたように、黒い刀身はすっかり剥がれ落ち、一振りの大剣となった。
俺を囲もうとしていた大人たちも、アステリオンを手にした姿に恐怖してか、動こうとしない。
そんな姿に、アステリオンとの契約を思い返しながら、ふと笑いが漏れる。
「おいどうした、今まで好き勝手言ってやがったくせに、ガキが剣一本手にしたらこの様かよ」
つくづく情けない。ニオさんは一人でも戦っていたというのに、この大人たちは立ち向かうどころか、逃げ出す奴までいる始末だ。
いや、遠くから、「魔女の呪いだ!」と叫んでいる。
ニオさんが魔女だと? 俺の退屈でつまらない未来に満ちていた村での生活は、ニオさんと過ごすようになってから変わったのだ。
それは確かに、光り輝く希望の日々だった。決して、魔女だとか呪いだとか、そんな人じゃない。
俺が証明してやる。礼だって、もう一度会って言ってやる。
だから、こんな村なんて出て行ってやる。ニオさんの話では、魔物はこの剣も目当てだったのだ。なら、いない方がいいだろう。
幸いに、村人たちは出て行けと遠巻きで叫んでいた。
なら、俺も思いっきり叫ぶことにした。
スゥッと息を吸い、内に秘めていた”本性”をさらけ出した。
「……あばよクソッタレの田舎村が! こんな故郷、俺の方から出て行ってやるよ! けど絶対に追い出した事を後悔させてやるからな! たとえ呪われてようとも、俺はあの人に誓って、世界の”希望”になってやる!」
そう叫んで、俺は村を出て行った。すると、道中には戦った跡がある。
魔物の死体が並ぶ中、心配になってニオさんを探すが、その姿はない。
ただ、魔物の足跡に交じって、人間の足跡が村――森の外へと続いていた。
「追いかけてこいってか、ニオさんよぅ……」
なら行ってやるよ。すぐに追いついて、胸の内を全部さらけ出したら、今まで通りアンタに従ってやる。
「待ってろよ、すぐに追いつくからな――いや、アンタの方から見つけられるように、なってやるよ、希望の光に」
これが、俺の人生が大きく動き出した時だった。寒村で未来に絶望と失望の入り混じる日々を過ごしていた無気力な俺が、ニオさんを追う道すがら、図らずしも希望の光となっていく始まりだった。
――この頃からだろうか、俺が口の悪さを隠さなくなったのは。アステリオンが俺の本性をさらけ出したようだった。次第に、アステリオンに魔力が吸われている事や、アステリオン関連の魔術だけは使えることだけは分かったが、そもそも剣術しか使えなかったので、大した痛手にはならなかった。
どうやら流されて結ばされた契約のせいで手放せないが、そもそも手放す気なんて欠片もなかった。
だがどれだけ強くなろうと、どこの冒険者パーティーも、俺を加えようとしなかった。
いや、正確には違う。”俺の方から願い下げだった”のだ。十六で村を出てから、ニオさんを探す旅が始まって、同時に世界の希望になってやると誓っての日々は、生半可な冒険者パーティーとの連携など取れるような、やわな戦いをしなかったのだ。
剣術を教え、アステリオンを託したニオさんの眼鏡違いとそしられぬように、死に物狂いで剣を振るった。同時に、稼いだ金で閉じられた村で培われなかった知識を身に付けるため、英雄譚や歴史書の類も買いあさった。
いつしか誰も敵わぬ無敵の剣士として名を馳せる頃、ようやく剣聖にならないかという誘いが来て、一も二もなく飛びついた。
魔王を倒す希望の剣聖ともなれば――それだけ光れば、いくらなんでもニオさんが認めてくれるだろうから。
俺の振るう希望のための剣は、いつだってニオさんを探しながらのもので、ついでに魔王を倒せればよかった。
この光を、下らない戦いの硝煙の向こうでいつ消えてもおかしくないような、朧げに揺らぐ光で終らせないように。
――そのために、希望の光であり続けるためにも正しい行いをする必要があった。
――だから、ユウを救った。ユウを守った。たった一人の少女の希望にすらなれないようでは、ニオさんには届かないから。
そのために死ぬなんて、と後悔していたが、まだ自分が生きていることに気づく。
近くで、ユウの声がする。なんとか口を開き、その名を呼んだ。
「……ぅあ……ユウ……?」
「ああ……よかった……カイム……」
――ニオさんを探すために輝きを増していた光は、奇妙にも俺の命と、千切れかけていた右腕を繋いでいた。
鉛のように重たい瞼を開けると、ここはグリモワール大迷宮の地下で、甲冑野郎を吹っ飛ばした後で、なによりユウが泣きながら俺が目を開けたことを喜んでいた。
「……夢、だったのか、それとも」
下手をすれば、走馬灯だったのだろう。
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