第4話 地の底の出会い
グリモワール大迷宮の探索は、思いのほか長く、そして過酷に続いた。
まずは地底湖のあった広場から魔物と戦いつつ、ひたすらに洞窟のような道を突き進んでいったのだが、どこまで行っても代り映えのしない暗闇だ。
もう落ちてからこっち、どれだけ時間が経ったのかもわからない。
生き延びるための日々に時間の感覚は既になく、昼も夜もあったものではない。
寝るのも起きるのも、魔物を倒して安全を確保して隠れてだ。
それでも道は続いているので、ただ進み続けた。
いったいどれだけ、地底湖周辺で戦ったような雑魚や、倒すのに一苦労掛かる魔物を討伐しただろう。
これだけの魔物を倒したら、冒険者ギルドではどれだけ金が貰えるだろう。
傷と疲労の溜まる身体から意識を逸らそうと、そんなことを時たま考えつつ、アステリオンで道を切り開いていく。
腹が減れば魔物をアステリオンの炎で焼いて喰い、飲み水は時たま見つける水場で確保する。
そんな地底人のような日々のせいで、自慢の金髪が返り血と泥で輝きを失う頃、明らかに異質な場所へとたどりついた。
洞窟のような壁が鉄か何かで覆われ始め、その道を進んでいけば、錆びているが荘厳な雰囲気を漂わせる両開きの扉があったのだ。
迷宮やダンジョンには、こういった扉の先にボスがいたりするものだが、魔力は感じない。
だがここは、魔王の居城とされるグリモワール大迷宮だ。用心に越したことはないが、この扉は、ようやく現れた”変化”なのだ。
開けないという選択肢はない。だが、ここまでの日々で疲労も蓄積している。
もし想定外の化け物が出てきたら戦えるかどうか。
ここまでの魔物たちの強さを思い返しながらしばし悩むが、流石に見当もつかない。
だが、扉の先から上層への道がある可能性は高い。少なくとも、人か魔物の手は入っているので、どこかに上から降りてきた階段なりがある確立は高い。
期待と不安に揺れながらも、頭を振り払って弱気な考えを吹き飛ばす。
この扉を開けば、確実に終わりの見えなかった迷宮探索に進展があるだろう。
だとするなら、何が待ち構えていようと、開けないわけにはいかない。
「鬼が出るか蛇が出るか……それとも天使でも眠っているか」
なんにせよ、アステリオンをすぐに抜けるように身構えながら、扉に手をかける。
ギィィ、と音を立てて開いた扉の先には、薄暗い部屋が広がっていた。
やけに広く、巨大な魔物が暴れても十分な程だった。
「地の底だから、いるならゴーレムの類か?」
いるとしたら、上層で戦った個体とは比べ物にならない相手だろう。
この場でもし鉢合わせたら、最悪撤退も視野に入れつつ部屋の中をアステリオンの明かりで進んでいく。
念のため、罠の類にも気を付けて慎重に進んでいくと、悪臭がしてくる。
鼻を手で覆いながら悪臭の元を確認すると、なぜか甲冑を身に着けた人間らしき死体が、背後に背を預けたまま朽ち果てていた。
アンデットか何かだろうか? とにかく、死んでいるのなら無害だ。
だがこいつはなんだ? なんで死んでいる? それもこんなところで、一人だけ……
それに、だ。
「あからさまに”ここを守っていました”って感じの扉があるな」
アステリオンで照らしてみると、死体は扉を背にしていた。
この大部屋の扉と違い、魔力封じの鉱石で造られた白い扉は、魔物が潜んでいると言うより、人間程の大きさの存在が通るための物に見える。
ここから上層への階段でも続いているのだろうか?
この死体が門番だとしたら、あまりにも長い間放置され、餓死でもしたということだろうか?
そう考えると合点も行く。勇者と魔王が手を組んでいたのなら、魔王が百層にいる必要などなく、こんな地の底は放置されていてもおかしくない。
その間に見放され、こうして死んでいる。外傷は見受けられなかったので、この扉の先に何かがいて、そいつが殺したとかではないだろう。
結論として、この扉は開けてもいいと考えることにした。
再び重たい音を立てて扉を開くと、奥は光一つなく真っ暗闇で、すぐにアステリオンに光を纏わせる。
すると照らされて、少しずつ全容がわかってくる。
中は、とても古びているが王都の教会で見た大理石の造りで、何かの紋章が刻まれた石柱が奥へ向かって二列に並んでいた。
そして部屋の天井や石柱からは、魔力封じの鎖が部屋の中央へと伸びている。
何かが封印でもされているのだろうか?
なんにせよ、ここまで来たら近くで確認しようと扉を開けたままアステリオンを明かり代わりに部屋の中を進んでいく。
警戒を常に張り巡らせながら一歩一歩進んでいくと、鎖の収束点で何かが動いた。
即座にアステリオンを構えるが、収束点からは続いて、咳こむような音が聞こえると、かすれた声がした。
「……だれ、ですか」
とても弱々しく、生気を感じさせない女の子の声だ。
上級魔族の類かと明かりを当てて凝視するも、その正体は魔族と呼ぶには、いささか貧相すぎた。
なにより、
「人……いや、その耳はエルフなのか?」
人間族と魔族が争う中、両種族から利用され、虐げられている『亜人族』の一種。
その証に、尖った耳が真っ先に目に映った。
しかし、なんというか……
「敵意どころか、意思の類を感じさせない……だが、エルフなんて奴隷くらいしか見たことないが……」
美しい。素直にそう思えた。
薄暗いのでボンヤリとだが、人形のように整った顔つきに、真っ白な髪。緑色の瞳は伏せがちだが、垂れ気味な二重なのがうかがえる。
身体も華奢で、今にも折れてしまいそうなほどだ。
しかし、なにより目を引いたのが――
その手足も含め、魔力封じの鎖で動きを封じられていた事だ。
「……お前は誰だ?」
そう問いかけるしかなく、問われたエルフも俺の事をぼんやりと眺めながら、どこか自嘲気味に言った。
「エンシェントエルフのユウと申します」
「……エンシェントエルフだと?」
ユウという名は知らないが、エンシェントエルフは、もう二百年以上前に絶滅したエルフだった。
それと同時に、エンシェントエルフは世界中で強大な魔力により暴れまわり、魔王ですら恐れたという逸話が残る化け物中の化け物だった。
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