第9話 眩しくてあおくて届かない
「本当にムカつくやつだな、あいつ……」
白い霧を連れた大蛇──
無意識に楓は拳を握った。戦うことは天宮楓が存在を許される唯一の手段だ。存在意義と言ってもいい。けれど、霊力のない楓では何の力にもなれない。拠り所を失ってしまったようで、心がざわつく。
「……なんで、ボクは、無能なんだろう」
楓に今できるのは光希を見ていることだけだ。光希が手にした刀が蒼炎を纏う。煌と輝いた炎は、やっぱり息を呑むほどに美しい。
光希は霊力を纏わせた刀を振るった。流星のように眩しい軌跡を残し、
「──!」
「くっ──、息吹か!?」
長い尾で退路を絶たれた光希を目掛け、
霧の奔流を凌ぎきって、顔を上げる。金色の大きな瞳と目線が交わるよりも速く、刀を鋭く突き出す。さすがに胸元の防御は厚く、
「『
術式を同時展開。激しい爆風が
側面からのダメージを受けた
鮮血の代わりに光の粒子が
「相川っ!」
楓が叫んだ。光希は目を大きく見開く。のたうち回る
「ぐあっ──!」
光希は鞠のように跳ね飛ばされる。ぐわんと脳と内臓が揺すぶられ、視界が回った。だが、このまま地面に叩きつけられるのを待つ光希ではない。歯を食いしばって遠心力に耐える。中空で
「『かまいたち』」
不可視の刃が無数に放たれた。それはまるで鎌のように空気を切り裂き、杭のように
「はあああああっ!」
刀に纏わせた蒼炎がごうと激しく燃えて大きくなる。光希は空中で身体を捻り、重力に引かれるままに刀を振るう。かくして、奔星の輝きを以て刃は
きぃーん、と鋼を打ち付けたような澄んだ音が鳴り響く。光希の刀が触れた場所から、
「うわー! 倒したのか、おまえ! すごいな!」
楓は周りに結界を張ってあったことをすっかり忘れて光希の隣に駆け寄った。結界は防御に特化したものなので、内から出て行くことを妨げる機能はない。守護対象が効果範囲から消失したことで、意味を失った結界は
「なんで出て来るんだよ、この馬鹿! まだ何が起こるか分からないだろうが」
ぴしゃりと叱責が飛ぶ。楓は肩を縮こめて頭をかいてみせた。
「い、いやぁ、だって、敵いなくなったじゃん」
な?、と舞い上がる最後の光の粒子を指さす。晴れていく霧とともに消えていく光を楓は目を細めて見送った。それはどこか夜明けの一幕みたい。
「おれは別にアレを倒したわけじゃない。精霊の使役術式が破綻して、身体を維持できなくなっただけだ」
最後に鳴った音はおそらく術式が砕ける音だ。光希の霊力と術者の霊力がぶつかり合った結果、生じた幻音。
「……向こうの術者が未熟で良かった」
「向こうが未熟だったから、相川の攻撃で精霊、えっと
楓は必死に頭の中で光希の話を組み立てる。今まで術式などには触れてこなかったので、楓はその方面に関してはドのつく素人だった。
「ああ。普通ならあんな簡単に行くわけがない」
勝ったというのに光希の顔が晴れやかでないのは内容に納得がいっていないからか。楓からすれば、勝ちは勝ちなのだから素直に喜んでおけばいいのに、と思うけれど。
「……なあ、こういうのってよくあるのか? 突然霧の中にぶち込まれてデカい蛇に襲われるとか」
「はあ? そんなわけないだろ……。ここは天宮の
だが、と光希は言葉を続けた。
「向こうが
「
「そうだ。十二の最高位の精霊はこの森から生まれたと言われている。だから、この森に呼ぶこと自体が触媒の役割を果たすんだ」
「ふうん……」
腕を組み直し、楓は頷きを返した。光希の説明は簡潔で分かりやすい。よほど優秀なのだろう。首席なのも納得だ。
「じゃあ、まだここに術者はいるのかな。ボクらを襲った理由も見えないし、気になることだらけだな。探してボコりにでも行く?」
好戦的な楓の言葉に光希は豆鉄砲をくらったような顔をした。それから、盛大に溜息をつく。
「あのな……、おまえ襲われてんだぞ」
「だから、犯人とっ捕まえてボコすんだよ」
真面目腐った顔で楓が言う。手っ取り早いのは間違いない。間違いないのだが……。光希は思わず苦笑する。
「やっぱりおまえ、馬鹿だろ」
「はぁああ? 何でだよ!? ボクはバカじゃないし!」
なぜか馬鹿にされて、楓はカチンと来た。全身全霊でおバカレッテルは認めない方針なので、抗議運動は必至だ。なのに、なぜか光希はにやっと笑うし。
「そうと決まったら行くぞ、天宮」
「え、本気か? ボクたち襲われてんだぞ?」
「は? おまえが言い出したんだろ! まさかさっきのは冗談だったとか言うなよ!」
「んなわけあるか! ボクは! 至ってマジメだ!」
「ああ、もう! なんなんだよ! おまえ!」
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