神なき世界の異端姫

斑鳩睡蓮

第1話 残照は紅く

 空は燃えるように赤かった。黄昏に沈んだ世界は、何もかもが金色を通り越して赤く紅く染まっている。その分だけ、長く伸びる影は闇色を深めていた。燎原のような草原で丈の長い草がさらさらと揺れる。じきに訪れる夜を手招くように。


 陽の死にゆく草原には、少女がひとり立っていた。纏っている服は、襤褸ぼろと言ってもいいほどに薄汚れてへたってしまっている。ただでさえぼろぼろの服が殊更に汚れているのは、全身に浴びた鮮血のせい。黒鉄くろがねの首輪すらはめられた彼女が持つもので、唯一みすぼらしくないものといえば、両手で大事に大事に抱きしめているひと振りの刀だけだった。


 一つに無造作に結わえられた黒髪が揺れる。斬り刻まれて倒れ伏す大きな獣を少女は無感情に見下ろした。それから、背後から近づく人の気配にゆっくりと振り返る。


 遠くから人影が徐々に近づいて来ていた。人影の持つ濡れ羽色の長い髪がぬるい風をはらんでなびく。それは、赤く染まり果てた景色の中でさえ分かるほどに特別美しい少女だった。彼女は血塗れの少女の前にやって来ると跪いて、つり目がちの黒瞳を恍惚と笑ませた。







「──お迎えに上がりました。我らが最後の姫君」





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