第26話『英雄は現代文明に苦戦』

「今回は、あちらの人たちは同行しないんですか?」

「いえ、別の車両を手配する関係上、遅れて到着するようになっています」


 秋兎あきとたち一行は、大型のミニバン1車両に全員で乗り込み、さくらの運転によって現地へを向かっていた。


「オルテさんとエグザさんにもデバイスをお渡ししましたが、まだまだ慣れないと思いますので今のうちに操作してみてください」

「ありがとうございます。ある程度はアキトを通して把握していますので、とりあえずやってみます」

「可愛らしいデザインで我は気に入ったぞ」


 それぞれがデバイス操作を試行錯誤している中、たった1人だけ焦りに焦っていた。


さくらさん、運転中にすみません」

「どうかなされましたか?」


 助手席に座る秋兎は、桜へ問いかける。


「俺……こういうの、結構苦手でして。いろいろと試してみたのですが、なんというかこう……途中で混乱しちゃって」

「あっはは、アキトったらまたまた冗談を。僕たちがこっちの世界の文化に慣れていないからって合わせてくれてるんでしょ?」

「アキト様は、わたくしたちを思ってくださっているのですよね。その心遣い、嬉しく思います」


 後部座席から、オルテとセシルからの援護を貰っているが。


「ああは言われてますが、俺、本当に苦手なんです。携帯電話も、電話以外ほとんど使ったことがなくて。文字を入力するのも、とんでもないほど遅いです。人差し指で、ポチポチって」

「えぇ……」


 秋兎あきとが、宙に向かってぎこちなく文字を打つ動作をし始めるものだから、桜は疑いの眼差しを向ける。


「またまた御冗談を」

「いえいえ本当です」

「またまた」

「いえいえ」


 秋兎と桜の間に微妙に気まずい空気が流れる。


「え……? まさか本当なのですか? あそこまでお強いというのに?」

「戦闘能力と現代文明の操作方法を一緒にしないでください」

「ああ、そういうことですか。小さい頃からゲームなどをされてこなかったのですね」

「……ゲームをやってたことはあります。ですが、たしかに操作は苦手でしたよ。だからアクションゲームとかは、いつだって友達の中では最弱でした」


 後部座席からは「まさかアキト様に苦手なことがあったとは」などと驚愕を露にする声が聞こえてくる。


「なるほど、そういうことですか」


 何かを察した桜は、ホッと一息つく。


「普段使いという当たり前な操作などではなく、もっと有効活用するための方法を知りたいということですか」

「ん?」

「そうですよね、あの秋兎様が携帯端末程度に手こずるはずはありませんよね」

「……」

「え、本当に……?」

「はい」


 秋兎は両肩を落してため息を零す姿が横目に見え、桜はようやく真実だと悟った。


「ま、まずは捜査を行う際は落ち着いて行うこと。そして、誤った操作をしてしまった場合も、同じく落ち着いて1つ前へ戻ること。後は、カテゴリーやアプリなどを把握しておく――ぐらいですかね」

「どうしても誤操作したときにテンパっちゃったり、どこにどれがあるっていうのを覚えるのが大変で」

「そうですね……音声操作ができるとしても、アプリやカテゴリーの名前などを憶えておかないと有効活用できませんので、操作は時間が解決してくれるとしても覚えることは必須になります」

「ですよねぇ」

「音声通信がメインとなりますので、作戦行動中やダンジョンの中では大丈夫かと思います。一応、名義登録している人であれば1度目の通信時に互いが許可をすれば名前を呼ぶだけで通話ができますので」

「おぉ、それは便利ですね」


 しかし秋兎は固まったまま、桜の指示をただ待機。


「それで……どこから、どう操作したらそれはできますか?」

「ええっと、まずは【ホーム画面】から【連絡先のアプリ】を探してください」


 空中で操作できる画面のアプリや表示名は問題なく把握できるものの、眉間に皺を寄せながら目を凝らす。

 必要性が全くないというのに、首を前へ出して背中を丸めながら。


「連絡先、連絡先……」

「初期配置ですと、たしか一番下の【使用頻度が多いアプリ】が表示される場所にあるはずです」


 桜から言われても尚、一番上から舐め回すように目線を動かし――一番下に行き着いたところでようやく発見。


「ありました、これですね――……」

「あっ、ああ。次は、画面右上にある【連絡先交換】を選択していただき、近辺の人を探す、を押してください」

「これですね。おぉ、これでみんなと連絡先を交換できるんですね」

「……はい」


 桜はこの瞬間、葛藤していた。


 なんせ、操作方法を教えていたのは秋兎だけであり、その他メンバーには説明していなかった。

 異世界人だということから、後から詳しく説明しようと思っていたからこそ、今の一連の流れで秋兎が苦戦していた操作を見事に終わらせてしまっていたことを発現するかどうか。


 連絡先が表示されている、ということは、全員がその操作を終わらせているということ。

 この事実は驚愕することであり、気を張っていなかったら勢いで言葉にしてしまっていた。

 だが……ほとんど手取り足取り教えてもらった秋兎が嬉しそうにしているのは、横目で見える表情で伝わってくる。


 このままでは運転に集中できなくなると悟った桜は、話題を切り替えることにした。


「秋兎様、後ほど私とも連絡先を交換してくださいますか」

「大丈夫ですけど、桜さんは元々連絡出来ますよね?」

「ええ、そうです。ですが、個人用のデバイスで、です」


 そこまで言い終えると、桜は背後から集中する無言の圧を察知して確認するためにバックミラーをチラッと見てみると、殺意とも感じられる目線が複数確認。

 ゾゾゾっと全身を悪寒が走り、鳥肌が一気にブワッと逆立つ。


「あれです、あれ。もしかしたら、秋兎様が気軽な質問をできるように、です。こちらの世界に元々住んでいたとはいえ、今のように不自由なこともあると思いますので」

「たしかにそうですね。そうしてもらえると助かるので、俺からもお願いします」


 桜は、秋兎が納得してくれたからホッと一息……吐けるはずもなく、ハンドルを握る手に余計な力が入り続ける。


「それで、あのぉ……」

「はい?」

「妹と仲良くしていただいているみたいで、本当にありがとうございます。会う度に笑顔で、皆さんのことを楽しそうに話をしているので、私としても助かっております」

「いえ、俺の方こそありがとうございます。現代のイロハを教えてもらっているだけじゃなく、勉強の方も面倒を見てくれて本当に助かってます。本当に、切実に」

「勉強の方も、時間をかけて学んでいけばきっと大丈夫ですよ」

「そうだといいんですけど」

「それで、です。私と妹を同じ呼び名になっていると思いますので、この際、下の名前で読んでいただいた方がわかりやすくなるかと思いまして」

「あー、たしかにそうですね」

「ありがとうございます。それでは、今後は華音かのん、と」

華音かのんさん、よろしくお願いします」

「妹のことも、時間が経ったら下の名前で呼んであげてください」

「タイミングを見計らってそうさせてもらいます」

「ひっ!」

「ん? どうかしましたか?」

「い、いえ……」


 華音は、後部座席から注がれる圧に身の危険を感じ、カッと目を見開く。


「……み、道を間違えるところでした」

「なるほど。じゃあ間違えなくてよかったですね」

「は、はい――も、もうそろそろ到着しますので」

「わかりました」

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