第3話『国家特殊防衛隊への抜擢』

 エレベーターで地下から、地上2階へ移動。

 部屋の入口上方に小さな看板が設置せてあり、そこには【応接室】の文字が書いてあった。


「それでなのですが、お話は2つほどあります」


 長いローテーブルを中心に、桜と4人は対面にソファーへ腰を下ろしている。

 室内にある、1つの窓からは心地良い日差しが射し込んでおり、用意されたハーブティーが部屋中に漂って落ち着いた雰囲気を作り出していた。


 ただ、桜の心境だけはいつまで経っても静まらないのだが。


「単刀直入に申し上げますと、機関の監視下に入っていただきたいと思っております」

「……続きをお願いします」

「監視下と申しましても、不自由な生活を強要するというものではありません」

「大丈夫です、俺としてもそちら側の気持ちは理解しているつもりですから」


 と、優しい言葉をかけた秋兎あきとであったが、言い終えた後にセシルとマリーの方へ視線を向ける。


「その節は申し訳ございませんでした」

「ボクだって、本当に悪いことをしたって反省しているんだよ」

「何かあったのですか?」

「まあ、今となっては笑い話ですが。俺が異世界へ召喚された時、セシルが最初に発見してくれたのですが――完全に敵意をむき出しで、捕虜として拘束されてしまったんですよ」

「え、それって全然笑えないじゃないですか」

「当時はまさにその通りでした。ですが、運ばれた先の王城ですぐに誤解だったとなりまして」

「ああ、なるほど」


 秋兎からの説明がされている最中、セシルは申し訳なさそうに俯いたままだった。


「マリーに関しては、酷かったですよ。全て話を聴いた後、力がないなら詐欺師かもしれなって何度も戦わされましたから」

「あいやー、あの時は戦いに飢えていたっていうか、好奇心旺盛だったというかね~。でもさぁアキト様って凄く強いんだよ。10戦10敗って感じでさ~」

「え……あそこまで強いマリー様が……?」

「うんうん。もう完敗」


 マリーは両手をひらひらと揺らしながら、盛大なため息を吐いた。


「しかも、日数が経過していけばするほど強くなっていくし。特に剣――」

「まあ、そんな感じだったので。彼女たちは兎も角、俺は冷静に話を聴くことができますので」

「あ、ありがとうございます」

「一応ですが、出方と対応によっては従うかどうかは決めかねます。とだけ言っておきますが」

「はい。こちらとしましても、事を荒げたくないと思っておりますので」


 桜は上からの命令もあるが、つい先ほどのを観ているからこそ唾を飲む。


「では1つ目です。こちらに関しましては、完全に皆様に判断をお任せいたします。我々からの提案になるのですが、皆様には学園へ通っていただけたらと思っておりまして」

「……なるほど、だから最初に顔を合わせたときに年齢を気にされていたのですね」

「はい、その通りです。我々は皆様を保護したいと考えておりまして、ここが別の方々・・・・と考えが違うところです」

「正直、こちらの方は逆に考える必要がないと思いますね。このままだと、学歴がとてつもなく低くなるから社会復帰が難しい――と」

「我々は、皆様がどれほどお強い存在だとしてもこちらの世界で生活していくうえでは保護される対象だと考えております」


 目線を動かすことなく、真摯な態度を示す桜。

 しかし、秋兎あきとは思考を巡らせる。


(桜さんが真面目な人だというのは十分に伝わってくる。しかし、上の目論見はそれに伴っていないのも予想がつく。俺たちを保護する、というのは事実なんだろうけど、それは世間体を気にしてのこと。稀有な存在である俺たちを利用して、組織としての体裁を世間にアピールするためなんだろう)

「保護、というのはどれほどのものなんでしょうか。自分で言うのは恥ずかしいですが、俺はこっちの世界で普通の仕事ができるかはわかりません。なんせアルバイトの1つもやったことがありませんし、あっちでも毎日のようにモンスターと戦う以外のことをしていませんでしたので」

「正直、贅沢をしていただけるほど金銭面を支援はできません。ですが、学費やそれに伴う費用に関しては全額保証させていただきます。住居は寮がありますので――」


 桜の言葉を遮るように、セシルが割り込んできた。


「寮という場所を存じ上げないのですが、わたくしとアキト様は一緒に生活することができるのでしょうか」

「それは……どうでしょう。寮というのは、男性だけの寮、女性だけの寮というかたちで分けられてほぼ共同生活をする場所になっております」

「では、わたくしは寮での生活に反対させていただきます」

「それは……」

「これが叶わないのでしたら、もしかしたらどこかの建物をスパッと斬ってしまうかもしれません」

「おいセシル、わがままを言うんじゃない。無償で提供してもらえるんだから、ここはありがたく受け取っておくのがいいだろ」

「ですが……」

「今の俺たちは、こっちで生活ができるほどの金銭を持ち合わせていない。なんなら、ご飯を食べられるだけのお金もない」


 セシルは秋兎の言い分を聞き入れる他なかく、鎧の下に着ているスカートを握り締める。


「順番が逆になってしまいましたが、皆様にはとっておきの収入源があります」

「用心棒とかですか?」

「それも選択肢の1つとしてあるかもしれませんが、今の世界にはダンジョンがあります」

「はい?」


 秋兎は、自分の耳を疑った。

 自分が生活をしてた3年前、この世界には間違いなくダンジョンなどなかったのだから。


「説明などは省かせていただきますが、ちょうど3年前にダンジョンができたのです」

「俄かには信じられない話ですが、ここで嘘を吐く必要性もありませんからね。本当の話なんでしょう」

「違和感は時間が解決してくれていますが、当時は世界中でパニックが起きていましたよ」

「つまり、ダンジョンで何かしらの金策手段があると」

「それでなのですが、もう1つだけ……」


 桜は態度を一変し、申し訳なさそうに目線を逸らしては戻しを繰り返している。


「私情になってしまうのですが、配信をしてみてはいかがでしょうか――という、こればかりは本当に上の人から何も言われてはいませんのですが……」

「よくわからないので、検討しておくことしかできません」

「はい、そちらの方も追って説明させていただけたらと思っております」

「収入源が増えることはいいことですからね。違法性などはないのですよね?」

「それはもちろんです!」

「なら、とりあえずやってみるのもありだとは思います」

「ありがとうございます!」


 4人は、「なぜあなたがお礼を?」と内心で呟いた。


「ごめんなさい、少しだけ取り乱してしまいました。次が、半強制的な話になります」

「こちらが本命というわけですね」

「国としての命令とでも言えてしまいますが……【特殊部隊】への付属とのことです」

「その条件を飲めば、生活を保障する。しかし従わないのであれば、それ相応の対価を支払ってもらう。と、いったところでしょうか」

「大体はそういった内容ではあります」

「半強制という名の脅し、ということですか」

「はい……」

「いいですよ、それに従おうと思います」

「え?」

「いい気はしませんよ、さすがに。ですが、一国を相手にしたいというわけではないですし、わざわざ故郷を捨てたいとも思っていませんからね」

「いろいろとありがとうございます。これで肩の荷が下りました」

「そうでしょう。桜さんは、この話を通すためだけに任命された。もしも失敗したのなら、この先の人生に影響が出る。と言ったところでしょう?」

「……」

「いいんですよ、気にしないでください。言えないこともあるでしょうし」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 桜は、秋兎の考察を肯定することはなく、ただ深々と頭を下げた。


「それでは、このまま入学手続きなどをするために学園長と交代させていただきます」

「いろいろとありがとうございました」

「これからもお話する機会があると思いますので、よろしくお願いします」

「はい、その時はこちらこそよろしくお願いします」

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