第2話『施設にて能力診断』

「今の今まで自己紹介をせず、大変申し訳ございませんでした」

「いえ、お気になさらず。俺は秋兎あきとです」

「お気遣いいただきありがとうございます。私の名前は、さくら華音かのんです。年齢は20歳で、彼氏いない歴=年齢です、よろしくお願いします」

「そ、そうなんですね。よろしくお願いします?」


 車で移動した先に、とある部屋へ通された4人。


「もしかして、ここって学園や学校なんですか?」


 と、秋兎あきとは道中で視界に入った懐かしい風景をさくらへ質問する。


「はい。ここは【聖サルロミアル学園】です。ご覧になっていただけた通りで、かなりの面積を所有しておりまして、こうして地下にも施設を展開しております」

「それは凄いですね」

(ここって、本当に日本だよな……? 3年間こっちの世界に居なかったし、帰還したてでここが何県なのかもわからない。そういえば、標識とか車のナンバープレートを見ていたらよかったのか)


 秋兎は、あまりにも現実世界の勝手を忘れていたことに落胆する。


(最後の記憶は中学生だったが、あまりにも聞き馴染みのない学園名だ。まあでも、似たような感じの学校がありそうだし、もしかしたら新しくできた学園なのかもしれない、か)


 冷静に考察をしている――周り、セシル・マリー・フォルはあまりにも物珍しい光景を一瞥している。


「それで、俺たちはこれから何をさせられるんですか?」

「不躾なお願いになってしまうのですが、今から皆様には能力の一部を見せていただけたらと思っております」

「なるほど、だからここなんですね」


 無数のタイルが壁に敷き詰められており、その強固さが伝わってくるだけではなく、完全に外部と遮断されている。

 秋兎も移動する前に思っていた通りで、異世界と違っていろいろと勝手が違う。

 戦いとは無縁の生活を送ってきている人間を巻き込んでしまう可能性がある。


「テストは至って簡単です。お1人ずつ、試作品のロボットと戦闘をしていただきます」

「最初に確認しておきたいのですが、そのロボットを破壊してしまっても問題はないですよね?」

「はい。一応、動きはとても遅いですが重量があり、攻撃力はかなりありますのでご注意ください」

「わかりました」


 説明が終わると、女性が手を叩く。

 すると、地面にも張り巡らされている数枚のタイルがスライドしていき、縦2メートル横1.5メートルほどの武骨な人型のロボットが姿を現した。


「アキト様、あれがロボット? というものですか?」

「ああそうだ。ちなみに、生命体ではないから破壊するのを躊躇ためらう必要はない」

「ゴーレムみたいな存在ということかの?」

「まあそんな感じだ」

「耐久力はどれぐらいか気になるところよの」

「ねえねえアキト様! どれだけ耐えられるか試したいんだけど、大丈夫そうかな?」

「いいんじゃないか。各々、やりたいようにやってみるといい。だが、ある程度の加減は心掛けるんだぞ。部屋を壊さないように」

「わかりました」

「善処することを検討してみるかの」

「任せておいてっ」


 返事があったものの、秋兎あきとは謝罪の言葉を考え始めていた。


「1人、1機となります。順番に出していきますので、よろしくお願いします」

「わかりました。じゃあ、誰から行く?」

「では、わたくしが先陣を切らせてもらっても大丈夫でしょうか」

「わかった」

「それでは皆さん、壁際へ」


 桜の誘導の元、移動。


 ロボットとセシルが向かい合う。


「準備はよろしいでしょうか?」

「大丈夫です」


 セシルは鞘へ手をかざしているだけで、抜刀はしていない。


 その姿を見て、桜は心配する気持ちを拭えなかったが、すぐに止められるよう心構えをしながらロボットの起動スイッチを押す。

 すると、ロボットはドスン、ドスンとゆっくり足を進め始める。


(ある程度は予想ができていたけど、重量があるから進行速度が遅いというわけか? あの雰囲気、中学生の時にテレビでロボットを披露する大会みたいなやつで観たことがあるぞ)


 速度はかなり遅いが歩幅だけはあるため、セシルとの距離はあっという間に縮まっていく。


 桜は、手に汗を握りながら今すぐにでもロボットを停止しようとしている。



 しかしその懸念は杞憂に終わってしまった。


「終わりました」

「え?」


 あろうことか、既にセシルは見切りをつけて全員が待機している壁の方へ歩き始めたのだ。


 桜はセシルが放った言葉に耳を疑う。

 しかし、その言葉通りにロボットの動きは停止している。

 何かの間違いでは、止まったのは偶然で背後から攻撃をされてしまうのではないか、とハラハラしながらリモコンを握っていると納得のいく結果が訪れた。


「見事な剣撃だった。お疲れ様」

「ありがたき幸せです。ありがとうございます」


 秋兎あきととセシルのやり取りが終わった後、ロボットは上下に分かれて地面へ崩れ落ちていった。


 桜には一瞬だけ、一線の閃光せんこうが見えていた。

 しかし秋兎からは、セシルが黄金の剣を抜刀し、ロボットを瞬く間に一刀両断し、無駄のない動きで納刀する、までの一連の動作が見えていたのだ。


「す、凄すぎる……」

「じゃあ次は妾の番じゃなっ」

「すぐに準備をします」


 桜がリモコンでいろいろ操作をすると、他のタイルから数本の細かい機械の腕が出てきて2つの塊はすぐに撤去されていった。

 そして地面のタイルが開き、先ほどと同じロボットが姿を現す。


「妾は気が利くのでな。お掃除が楽になるよう加減してやるのじゃ」

「それでは始めます」


 合図とともに動き出すロボット――のはずだった。

 桜はしっかりとリモコンの起動スイッチを押し、先ほど同様にロボットが前進するのをなんの疑いも持たずに経過観察をしようとしていた……だが、理解できないことが起きてしまっている。


「ふむふむ。確かに重そうな感じはしておるが、他愛ない」


 フォルが右てのひらを目線の高さまで持ち上げ、少しずつ包むように握り始める。


「!?」


 桜は首を前へ突き出し、口をポカンと開けて目をこれでもかと見開く。

 なんと、ロボットが徐々に潰され――いや、人間でいうヘソの部分を中心に圧縮されていっている。

 ギギギ、ギギギッと耳を塞ぎたくなるような音と共に、既に人型の原型は留めておらず、ツルツルな球体に様変わりしてしまった。


「こんな感じで終わりかの」

「――ご、ご苦労様でした」


 桜は目の前で起きていることに驚愕を隠せず、リモコンを握っている手が小刻みに震えている。


「せっかくじゃからの、壁の方に押し寄せておけば次の準備をすぐにできよう」


 フォルは握った手を開き、掌で押し出すような仕草をした。

 すると、球体はゴロゴロゴロと反対方向の壁へと転がっていく。


「で、では次を……」


 慣れてきた流れに乗るよう、マリーが前に出る。


「よーし、耐えちゃうよ~」

「桜さん、今度はさっきまでとは違った感じになりますよ」

「と言いますと?」

「とりあえず、ロボットを起動させてスタートしちゃってください」

「わ、わかりました」


 フォルは髪の色と全く同じ色の直剣を抜刀。

 それを見て、桜は最初のセシルみたいな展開になると思っていた。

 しかし、剣が赤い光に包まれていくと思ったら、体を覆うには申し分ないほどの赤色と漆黒の装飾が施された盾が出現。


「あれが、マリーが言っていた『耐える』と言ってた意味です」

「な、なるほど」

「ここから始まるのは、文字通り耐えるだけです。なので、もしもあのロボットに制御みたいなものがあったら解除してあげてください」

「でもさすがに危ないのでは?」

「ここまでの流れを察するに、俺たちの能力を測定したいんですよね。そして、それをデータ化して俺たちの危険度を計ったり、何かの指標にしたり」

「……はい。試す真似をしてしまい、申し訳ございません」

「いいんですよ。ほら、見てくださいよあれ」


 桜は、秋兎あきとと話すために視線を外していた。

 それをマリーとロボットの方へ戻すと、理解不能な状況が展開している。


「な、なんですかあれ……どこにあんな力が……?」

「マリー自身も身体能力は高く、普通の人間とは比べ物にならないぐらいの力を発揮します。それと、もうすぐ終わってしまうのでいろいろと観てみてください。何か、気づきませんか?」

「え、あ、はい。――あれ、マリーさんが攻撃を弾いているのに音がしない……?」

「さすがの着眼点です。詳細を説明することは控えさせていただきたいのですが――あ、もう終わりですね」

「おりゃーっ!」


 もはや防いでいる、というよりは盾で弾き、殴り飛ばしているようにしか見えない攻撃でロボットは球体の隣までぶっ飛ばされた。


「あ……あぁ――」

「アキト様ー! どうたった~? ボクも凄かったよねっ」

「ああよくやった。まだまだ動き足りないだろうが、次は俺の番だ」


 マリーは満面の笑みで全員が待機している壁際へ、鼻歌を奏でながらスキップで戻る。


「あ、あの。秋兎さんにもあれほどの力があるのですか……?」

「いえいえ、俺にはあんな強力な力はないですよ。まあ、観ていたらわかると思います」

「そうなのですね……?」


 当然、今までの流れを観ていて桜は秋兎の言葉を信用していない。


「ロボットを出したらそのまま起動しちゃってください」

「わ、わかりました」


 秋兎が部屋の中央付近へ移動する背中を眺めながら、桜はロボットを出現させる。

 そして、躊躇ためらいはあるものの――言われた通りに起動スイッチを入れた。


「よし」


 動き始めたロボットを確認し、秋兎は腰に携えてある自身と同じ漆黒の髪色をした短剣を抜刀。

 ドスン、ドスンと重厚感のある足音が少しずつ、しかし確実に足を進めてくる。


「――っと」


 振り上げられたロボットの右拳を、秋兎は軽快な足取りで回避。


「っと」


 間髪入れずに左拳がフルスイングで殴られそうになるのも、身軽に飛び上がって回避。


「次も拳の攻撃とみせかけて、頭突きの攻撃――」


 と、秋兎が口にした通りにロボットが動く。


「俺が回避してしまうから、そのまま転倒するも――最後の抵抗で背中で押し潰そうとしてくる」


 まるで全てを予知しているかに攻撃を回避し、最後の抵抗すらも大きく横へ跳んで回避した。


「まあ、終わりですかね」

「え、でも……」


 ギギギギと音が鳴っているから、桜はまだロボットが攻撃をしてくると思っているため、秋兎がなぜ終戦を宣言したのかが理解できていない。


「大丈夫です。すぐに動作不能になりますから」


 秋兎は短剣を鞘へ戻す。

 と、同時に、預言が的中。

 ロボットは軋む音どころか電子音すらしなくなった。


「とりあえず、こんな感じで大丈夫でしたか? まだ何か他にもあるのであれば」

「い、いえ……能力テストは以上になります。ありがとうございました」


 桜は、好奇心を通り越して恐怖心を抱き始めた。


「あ、後は場所を移して皆様へいろいろと説明させていただけたら幸いです」

「ん? 急にどうしたかしましたか? なんだか距離感があるような」

「気のせいですよ、ええ……気のせいですよ。ささ、移動しましょうか」

「わかりました。よろしくお願いします」

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