第25話『休息もまた、必要なこと』
「良い走りだったよ、お疲れ様」
痛みに顔を歪ませながら、手や顔に着いた土を払っている莉奈。
倒れ込む様子は確認しなかったけど、あの勢いで躓いて転倒してたら相当痛かったと思う。
「な、なんとかなってよかった」
軽い口調でそう言っているものの、短く小刻みに荒々しい呼吸から不安を抱えていたことを窺える。
時間がないから、と迫るように選択肢を出した僕が悪いけど、あの状況では仕方がなかったのもまた事実。
初見の場所で、莉奈は本当によくやってくれた。
「とりあえず、移動する前にここで休憩しよう」
「う、うん」
「壁の方に移動しよう」
僕は莉奈へ手を差し出し、立ち上がる補助をする。
「ありがとう――いたっ」
「ゆっくりで大丈夫だよ」
「ごめんね」
差し返してきたその手は、至るところが擦り切れていて出血している。
手から着地してもこの痛み様なのだから、たぶん衣類で隠れているところも相応に打撲や出血をしているに違いない。
「ありが――とう」
「自分で回復はできそう?」
「うん、できるよ」
「じゃあこのまま休もう」
莉奈は壁に体重を預けながら、ズルズルとへたり込んだ。
「緊張の一幕を切り抜けてすぐで悪いんだけど、第11階層の話を先にしておくね」
「うぅ、気が重いー」
「まず朗報から。さっき戦闘していた【ファウルフ】は、11階層には出現しない」
「おぉ~、それはたしかに嬉しい」
「だね。移動妨害や阻害はしやすいけど、攻撃力は知っての通り。防御したとしても重いし、当たってしまったらかなりの威力になるからね」
「うんうん。正直、たった1撃を防いだだけなのに勝てる未来が見えなくなっちゃったもん。あっ」
「ん?」
「
「ああ、まあね」
「ごめんね、いろいろと変な誤解しちゃってたみたいで」
「そのことに関してはもういいよ。僕も、そうなる可能性があるって勉強になったし」
話を信じてもらえなかった、という事実は残るものの、本当のことを言っていても信じてもらえない可能性は今後ともある。
全てを正直に話したとしても、知識や能力を披露しても、ダンジョンについて詳しく知り尽くしていても。
莉奈はこうして信じてくれたけど、あれほどの大立ち回りをしたとしても「別の経験を活かしたのでは」と言われてしまったら、もう手がない。
逆に言えば、僕たちを罠にはめたあの人たちみたいと同行していたときみたいに隠し通すこともできる、ということでもある。
「もしかしてなんだけど。噂になってた人だったりするのかな」
「噂?」
「うん、異世界から帰還した人っていう」
「いや、知ってるんかーい」
「え! やっぱりそうなんだ。全然気が付かなかったよ」
「自慢みたいになるかと思ったりして、自分からは言い出し難かったのは事実だけど、別に隠しているわけではないからね」
中継されていたって話だったから、少しだけ身構えていたりした。
でも、どこに行っても囲まれたり取材を受けることがなかったから、もしかして嘘を吹き込まれたのかと思い始めていたんだけど……どうやら、ちゃんと広まってはいたらしい。
「でも、いろいろと納得できたよ。その2本の剣とか、どこで手に入れたんだろうって思ってたし、動きが私よりレベルの低いそれとは全く違うもん」
そこまで気が付いていて、どうして今の今まで信じてもらえなかったのか不思議でしかないんだけど。
「じゃあレベルとかも、本当は違うってことなの?」
「どうやら、表記上はこっちの世界基準だから正しいと言えば正しい。でも、ステータスは桁違いだね」
「ほうほう、どれぐらい?」
「レベル分に加えて100だね」
「え、100? 100!? えぇえええええっ!」
莉奈は『驚く人』、という100点のリアクションを仰け反りながら披露してくれた。
顔もなかなかなもので、目を飛び出しそうにしながら口がひん曲がっている。
それはもう大袈裟に、かわいい顔を惜しみなく崩して。
「え、じゃあもしかしてここら辺のモンスターって……」
「武器は必要ないね」
「で、ですよねー……あ、はは……私、もっと早く太陽の話をちゃんと聞いてればよかったなぁ……」
「過ぎたことはしょうがない。これから頑張っていこう」
「はい、よろしくお願いします!」
傷が完全に癒えたんだろう、機敏な動きで正座になって敬礼をしてくれた。
でも、そこからすぐに表情を曇らせる。
「本当にごめんなさい。私のせいで、こんなことになっちゃって。私を庇ってくれたんだよね」
「それに関しても、お互い様だよ。僕も彼らの真意を見破ることができなかったわけだし」
「でも凄いね。ステータスの数値が違うだけで、あんなに麻痺から回復するのが速いなんて」
「まあね。あの人たち、あれが初めてってわけじゃなかったし、やっていうことは本当に許されるわけじゃない。あんなことを楽しみにして視聴している人たちが居るってことも、理解できない」
「……謝ってばっかりでごめん。私、実は噂程度には聞いたことがあったんだ」
莉奈はさらに目線を下げてしまった。
「確信はなかったから、言い出せなかったの。本当にごめんなさい」
「――なるほど。それで少しだけ歯切れの悪い返事だったりしたんだね」
「うん。最初観たときに、『あっ』て思ったんだけど親切だったし気を配ってくれていたし、人違いなのかなって。だから、最後の方は完全に信頼しきっちゃってたの」
「それに関しては、僕にも責任があるから気にする必要はない。だって、僕だって同じことを思ってたからさ。この人たちとだったら、この先もずっとパーティを組んでいたいなって」
でも、だからこその疑問もあった。
「パーティを正式な申請方式にしなかったこと、配信をしているからか、まるで表と裏があるみたいな言動は気になっていた。それに、2人して盾を持っていたことも」
「最初の2つは、私も疑問に思ってた。でも、即席パーティだったら珍しいことじゃなかったから、すぐに納得しちゃったんだ。私と太陽も、最初はそうだったし」
「そうなんだよね、僕も同じことを考えていた」
「配信の方も、別に深くは考えなかったかな。だって、人前に出る人だって素の自分とそうじゃない自分を上手く分けている人だっているわけだし。それに、人間誰しもそういった一面もあると思うから」
「まあたしかに」
「でも、なんで2人が盾を持っていたことに疑問を抱いたの?」
「経験……かな。前衛も後衛も盾を持つことはそこまで不思議なことじゃない。自分の身は自分で守る、という意識は別に悪いことじゃないから」
でも、そうじゃない理由も経験もした。
「だからこそ、パーティが窮地に陥ったとき――少数……例えば、自分だけが逃げる人間もまた、打ち合わせをしている人間だけで逃げる手段でもある」
「え……?」
「命惜しさに、仲間を見捨てて……いや、仲間を囮にして逃げる人たちは居るものなんだよ。そして、逃げるときに盾があれば少数だったとしても生存率を上げることができるから」
「な、なるほど」
「でも、あの人たちは盾も戦闘で活かしていたし、何より連携を意識していたし、仲間への気配りもしていた。たぶん、2人が口論をする流れも、僕たちに気を許させるためのものだったのかもしれない」
「なにそれ……」
「まんまと僕も騙されたし、あの人たちは意地が悪いだけじゃなく、ちゃんとした作戦とかを練って用意周到なんだと思う」
「酷い、酷すぎる!」
「だね。だからこそ、僕たちは絶対に地上へ戻って全ての計画を打ち壊してやろう」
「そうだね。うん、絶対に地上へ戻る! よーし、今の聞いたら気疲れも飛んで行っちゃったー!」
莉奈はそう意気込んで、パッと立ち上がって拳を突き上げた。
「あ、そうだ言い忘れてた」
「ん?」
「悲報」
「うげっ。お手柔らかにお願いします」
「第11階層は、【ダイウルフ】は引き続き群れを成して襲ってくる。しかも、出口から入り口までずっと」
「えぇ……あんな思いしてまで走ったのに、まだ続くんだ……」
「それで僕たちにとって一番の難所となる第10階層」
莉奈は、僕が何を言おうとしているのか察してくれたのか、恐る恐る頷いている。
「ボス部屋攻略」
「やっぱりかぁ……」
「この話はまた後でするね」
「ありがとう。今聞いたら、11階層で気が動転しちゃいそうだもん」
「だよね。よし、そろそろ階段を登ろう。時間的な猶予はそこまでないけど、焦らずに進んで行こう」
「うんっ!」
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