第23話『困難など日常茶飯事』
第12階層を突破するまで、まだまだ時間がかかる。
焦らずに物事を進めていくことができたら、順調にレベルが上がって攻略難易度は下がっていく。
このまま1体1体、確実に協力しつつ経験を積めば間違いはないが……飲食物を用意していない。
「残り1時間。これが、この12階層を突破しなければならない時間だ」
「1時間……わかった」
「じゃあ、始めよう」
「うん、やってみせる」
前回の失敗と知識を得た今なら、易々と敗北することはないだろう。
「……」
無言のまま、できるだけ足音を立てずに接近。
ここまでは前回とほとんど変わらないけど、失敗をしっかりと活かせている。
今回は呼吸を整え、相手に察知されないように。
1歩、また1歩と【ファウルフ】へ近づいていって――。
「――やっ!」
『ガッ!?』
失敗を糧に、今回は見事に初撃の不意打ちを成功させた。
だけど油断は禁物。
『グルァ!』
討伐できなかったのなら、反撃に備えなければならない。
強力な振り返り様の攻撃は、攻撃した莉奈にとっても不意の攻撃になる。
「力負けするなら、防がない!」
『ガ!?』
「足!」
前回は重い一撃を受け止めて仰け反ってしまった。
その反省を活かし、莉奈は回避を選択。
姿勢を地面すれすれませ低くして、そこから足へ攻撃――すると、【ファウルフ】は体勢を崩して左膝を地面へ突いた。
「はぁっ!」
『ガ――』
莉奈は姿勢を起こし、間髪入れず【ファウルフ】の頭へ剣を突き刺した。
「お疲れ様。見事な戦闘だったよ。初討伐おめでとう」
「ありがとう! 今でも凄くドキドキしているけど、思い通りに動けた」
「ああ、流れるように攻撃と回避を織り交ぜて戦えていた。しかも油断せず、相手に時間を与えずに止めを刺したのもよかったね」
「うん。反撃されちゃったら、たぶん混乱すると思ったから、教えてもらった弱点を意識して攻撃したの」
「そうだね。生死を賭けた戦いは油断したら、手負いの相手だったとしても逆転されちゃう可能性もある。それを潰せたのはいい判断だ」
実際、莉奈は思っていたよりも緊張していたのだろう。
こうして目を見て話をしていても、呼吸使いが少し荒い。
一度は敗北したモンスターに勝利した余韻もあるだろうけど。
だけど莉奈は褒めすぎてはなく、本当によく戦った。
こんな状況下で、敗北と痛みを味わったら恐怖と緊張でさらに失敗してもおかしくはない。
でも、反省とアドバイスを活かして倒し切ったんだ。
どうしても生きて帰らなければならない、生きるための活力を刺激したのは本当に正解だった。
『グルルル』
『グウウウゥ』
『グルゥ』
「……た、太陽」
迂闊だった、とは言わない。
僕たちの前に接近してきた、3体の【ファウルフ】。
戦闘していた場所で堂々と話をしていたら、モンスターが近寄って来てもなんら不思議じゃない。
この困難も、良い機会だと捉えて活かすだけ。
「不安な気持ちはわかる。だけど、本来のダンジョンはこういう場所であり困難は日常茶判事だ」
「……わかった。やるしかないってことだよね」
「うん。莉奈は1体と戦って。僕が2体を倒す」
「油断しないように、慎重に、でも大胆に」
「そう、その意気だ」
左端の1体と莉奈が戦えるよう、僕はまず1体【ファウルフ】を――跳び出して首を飛ばす。
『ガアァ!?』
1体は既に莉奈へ集中していて、もう1体は元々仲間が居た場所である僕へ視線を向けた。
「終わりだ――」
最後の1体を討伐し、莉奈へ視線を向けたときだった。
『ワオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』
「な、何?!」
「マズいな。莉奈、今のうちに倒して!」
「う、うん!」
戦闘中に残された最後の【ファウルフ】は、敵が目の前に居るにもかかわらず口を天井へ向けて咆哮を上げてしまった。
敵を前にそんなことをしているものだから、莉奈はすぐに弱点である胸部を狙って剣を突き刺すことができたわけだけど……。
「ね、ねえ今のってなんだったの?」
「莉奈、逃げるために13階層へ降りようと思ったんだけど、どうする?」
「え? ここより強いモンスターが居るところへ逃げるってどういうこと?」
「どっちを選んでも大変だけど、とりあえずの安全確保のためだね」
「今から何が起きるの?」
「明確じゃないけど、多くの【ファウルフ】が押し寄せてくる」
「え……」
「一時の安全のためだから、結局はそれらモンスターと戦わないといけないけど」
「1体でやっとなのに……」
「でも判断は任せる。危険を冒すのは落ち着いてからでもいいし、そっちの方が少しずつ倒せるかもしれない」
酷な選択を強いているのは重々承知の話。
それに、【ファウルフ】が10体ぐらい来ようと僕が対処したらいい。
わざわざ選択権を委ねているのは、今後のため。
「……怖い、怖いんだけど……でも、結局は避けられないんだよね」
「生きて帰るため、地上を目指すためには避けられない戦いになる」
「……わかった、私、戦う。今、ここで」
「わかった。僕も尽力する」
「私、悔しい。あの人たちのせいでこんな場所に来ちゃったけど、実力が足りないからって諦めたくないし負けたくない。絶対に生きて帰って、お母さんと会う」
「ああ、その意気だ。だからこそ、油断せず相手を観察し続けて。それで、突破口を開けたら一気に駆け抜けよう」
「え……? 倒し切っちゃった方がいいん……じゃ……」
「うん、気づいてくれたね。今回の困難は、逆に活かすことができる。一気に沢山のモンスターと戦わないといけないけど、それは裏を返せば一体のモンスターが一ヵ所に集まるということ。そして、それらモンスターをできるだけ討伐せず突き進めば――」
「そこから先はモンスターに襲われにくくなる!」
「そう、そういうことだ」
莉奈の目はキラキラと輝いているみたいに見える。
発見や気づきが嬉しかったんだろうけど、勝機を見出したときの晴れ晴れとした顔に近い。
『ンガアアアアアアアアアア!』
『ガアアアアアアアアアア!』
『ガアアアアアアアアアア!』
『ンガアアアアアアアアアア!』
「いよいよお出ましだ」
「……思っていた以上に多そうかも」
「少なくとも、3~5体は相手しないとかもね」
「ひ、ひぃ!」
「さあ、構えて」
「うん!」
パッと見えるだけでも20体は居る。
「行こう」
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