第22話『情報と知識と心の整理と』

莉奈りな、少しだけ休もう。その間に、僕の情報と知識を伝える」

「う、うん」


 莉奈りなは、痛みに顔を歪めながら自分を回復している。


「まずは反省として。最初の奇襲を狙った動きは、とてもよかった。どんな戦闘においても、卑怯と罵られようが戦闘開始と同時に致命傷を与えることは状況を有利に運びやすくなる。先手必勝、という言葉もあるぐらいだから否定の言葉は聞き入れる必要はない」

「うん、わかった。でも、恥ずかしいことに……あれは、初めてのモンスターが怖くて足が重くなっちゃってただけなんだ」

「大丈夫だよ。それは本当のことなんだろうけど、つまり相手を見くびることをせず観察をしつつ相手の出方を窺えていた、ということでもある」

「ものは言いようって感じがして素直に喜べないなぁ」


 莉奈は、とほほ……と片をガクッと落とした。


「でも、次からはそう意識していこう。初見のモンスターは必ず慎重に出方を窺う、ということを」

「うん、そうだね。私はついさっき、いろいろと身をもって経験した。痛い目にも遭ったし、いい戦闘経験もできた」


 本当にその通り。


 基本的に戦闘経験を積むといっても、それはパーティでのものになる。

 戦闘するときは1対1という見方もできるけど、周りの人間がどう動くのか、誰かが回復をしてくれるのか、誰かが注意を引きつけてくれるのか――と、様々な要因が存在している。

 だからこそモンスターをすんなりと討伐できてしまうだけならいいけど、既に倒せたモンスターだから、と油断を招く原因にもなってしまう。


「戦闘面では、あればかりは仕方がないと思う。レベル的にはそこまで問題があるわけじゃないけど、それはパーティでの話。1対1かつ初見のモンスターが相手だった場合、緊張や恐怖が戦意より上回ってしまうと体も緊張状態になって普段より動きが悪くなるからね」

「うぅ……本当にその通りだったよ」

「だから、さっきは僕が悪かった。ごめん」

「え、どうして?」

「僕は力を示すことばかりを優先してしまい、莉奈りながモンスターの動きを観察する時間はなかった。もしもあのとき、少しでも攻撃方法や動きの癖を見せることができていたのなら、もう少し結果は違っていたかもしれない」

「いやいや、もしも観察する時間があったとしても心の余裕がなくて、頭の中もぐちゃぐちゃっだったから有効活用できなかったよ。そして結果も変わってなかったよ。だって、その後の戦いは私の力不足でしかないから」

「それで、だ。これからの戦闘で意識していたら使える情報と知識を伝える。時間がないから、すぐに実践してほしい」

「わ、わかった!」


 莉奈は回復が終わったようで、なぜか急に正座の姿勢に。


「まずは武器を持っているモンスターとの戦闘について。基本的に、武器を持っていない手の方へ移動するよう心掛けて」

「ふむふむ」

「単純な話で、武器を持っていない手の方に立ち続ければ、攻撃時に武器が自分に到達するまでの時間が少しだけ伸びる。そして、戦闘中でその少し・・というのは有効活用することができる。相手の動きに合わせてさらに移動できたり、回避からの反撃ができたりするから」

「なるほどなるほど。じゃあ、背後を取り続けるのはどうなの?」

「初撃で狙うのはかなり有効打になるね。でも、戦闘が開始してしまうと難しいことも出てくる」

「でも背後って視界外だから、一方的に攻撃できるよね?」

「うん、その通り。でも、逆に言ったらこっちも相手の攻撃が見えない。振り返り様の一撃って、攻撃の振りも大きくなるから危険なんだ」

「……たしかに、私は失敗しても【ファウルフ】が構えるだけで終わったけど、そういう展開もあったんだね。実はあのとき、心臓がグーッと持ち上がる感覚があってビックリしてたから、そのときに攻撃されていたら本当に危なかったと思う」


 僕から観ていた感じだと、互いに心を乱さず向き合っていたように見えていたけど、莉奈はそんなことを思っていたのか。

 だとすれば、本当に危なかった。


「一応、武器を持っていない手の方に立ち続けていても油断はしないように。モンスターだって拳で攻撃を仕掛けてくるからね。ただし武器よりも攻撃到達時間が長いから回避しやすいけど」

「なるほど。ということは、背後に回っているときもってことだよね」

「うん、そうなる」

「ここまでで、まだ実践していないけどいろいろとわかったし、心の整理もできたかも。完璧にはできないけど、戦闘中は常に平常心を保つようにして、わからないことがあったとしても焦らずにモンスターや周りを観察する。言っていることは普通のことだけど、そうしたらいいんだってわかっただけで心が軽くなったよ」


 そう、ダンジョンを攻略する人間は常に周りを観察し続ける必要がある。

 これから下の階層に行けば行くほど、その普通を意識できている人とできない人とで大きな差が生まれ、直接的に生死に関わってきてしまう。


 そして、ここら辺に居るモンスターだけに適応されるのではなく――これから攻略しなければならないボス部屋が本番だ。

 残り2階層分で、普通のことを徹底的に頭と体に刻み込まなければならない。


「私、まだまだやるよ。頑張る」

「ああ、一緒に頑張っていこう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る