第四章
第21話『厳しい現実を認識せよ』
第一関門は突破できた。
絶望的な状況下で、精神も病んでしまっていては困難を乗り越えることができるわけがない。
幸いにも、
「やっと動けるようにはなったんだけど、あそこに見えるのって第13階層に降りる階段だよね……?」
「そうだね。そしてつまり、僕たちが居る場所は第11階層へ戻るには一番遠い場所に居るということになる」
「……でも、頑張る」
「そう、僕たちは生きて地上へ帰るためにはやるしかない」
ここからはネガティブな発言は禁止だ。
どんな状況でも、常にポジティブな発言をして
それに、僕たちにはそこまで時間が残されているというわけでもない。
時間経過は疲労を招き、身体的なダメージは回復できても集中力が低下していく。
その条件は、莉奈だけではなく単純にステータスが高い僕にも同じことが言える。
「まずあいつらの急所や弱点は、上の階層と同じで頭部と胸部。狙うなら、できるだけそこを狙うようにして」
「わかった」
「それに加えて覚えてほしいことがあって。ここら辺のモンスターは武器を持っていて急所や弱点を護る傾向もある。だから、そういったときは足を狙って欲しいんだ」
「どうして?」
「こういった緊急事態で大事なのは、モンスターを討伐しきることではなく『妨害されるであろう脅威を排除すること』にある。足を攻撃されても人間とは違って血眼になって追いかけて来ても、本来の移動能力がないから動きも単調になる。そうしたら、そもそも討伐しなくてもよくなるからね」
「なるほど、たしかに。こんな状況でお金が欲しいなんて言ってられないもんね。うん、命大事」
納得してくれている様子だけど、たぶん「もしかしたらお金も稼げちゃうかも」と思ってはいるんだろうね。
討伐できたらお金も入るしレベルも上がるから一石二鳥ではあるから、あながち間違ってはいないんだけど。
「でもさ、思ったんだけど突っ走って階層を抜けちゃうってのはダメなの?」
「それも1つの案だけど。でも、もしも転倒してしまったら追従してきたモンスターの群れに総攻撃される。道を間違えて行き止まりに辿り着いてしまったら逃げ場がなくなる。と、考えた場合、進行速度は遅くなるけど確実に討伐していく方がいい」
「うぅ……想像してみたら確かにそうだね。少しでも不安要素はなくしておきたい」
「だから、モンスターの出現状況では『討伐しないで進む作戦』に切り替える可能性もある」
「どういうこと?」
「ダンジョンは人間を拒絶する、という性質を持っていて。だからモンスターが討伐されたら、新しいモンスターが出現する」
「うんうん」
「でもダンジョンにも負荷がかかるのかわからないけど、その階層やフロアにモンスターを出現させ続けない性質も持っている」
「言われてみればそうだよね。人間を拒絶するんだったらモンスターをうじゃうじゃ出現させればいいし、最初の階層に強いモンスターを出現させたらいいのにそれもないし」
「そうなんだ。その代りに、下の階層に行けば行くほどモンスターが強くなる傾向にあるんだけど」
「でも、なんでそれが討伐しないで進む作戦になるの?」
僕はモンスターが目の前に居る想定で、剣で足に攻撃する仕草をみせる。
「ダンジョンの性質が、モンスターが減ったら補充する、というものであれば数を減らさなければいいって話だね」
「なるほど!」
「次々に移動能力を奪っていけば、追手の足は遅くなり脅威が薄れていく」
「手柄やお金がちょっともったいないような気がするけど、それの方が安全だねっ」
莉奈は正直だね……やっぱりお金は欲しい、か。
「でも、これは絶対じゃない。モンスターによっては足を狙うのが大変だったりするし、そればかりを狙うと自分が隙を見せることにもなるから」
「私にできるかわからないけど、やってみる」
「じゃあ、まずは進むことはしないで戦ってみよう。僕は援護に回るから、莉奈が戦ってみて」
「いきなり本番! うぅ……できるかな」
「大丈夫、やってみよう」
「わかった。やってみる、やってやるぞー!」
莉奈は抜き足差し足で、ちょうどよく1体だけの【ファウルフ】へ近づいていく。
緊張しているのがひしひしと伝わってくる。
でも、これは莉奈の挑戦――僕はギリギリまで見守るだけだ。
「すぅー、ふぅー」
ゆっこりと、でも確実に足を進めてはいる。
何度も深呼吸を繰り返していて緊張の色は消えないんだろうけど、『生きて帰るために必要なこと』と割り切って頑張ろうとしているんだろう。
『グゥ?』
「ひっ」
接敵。
できることなら初撃は背後から攻撃して致命傷を狙いたかったんだろうけど、接近してもここまで聞こえる深呼吸をし続けていたのだから、気づかれても仕方がない。
相手は木の棒を構え、莉奈も同じく剣を前に構えている。
「やあっ」
『ガアッ』
「えっ」
緊張しているからか、弱点を狙ったからなのか、あからさまにわかりやすい攻撃。
頭上から頭部を狙う振り下ろしは、【ファウルフ】によって防がれ弾かれてしまった。
『ガァアアアアア!』
「ひぃっ」
咆哮を上げながら木の棒を振り回しながら突進してくる光景は、初見では恐怖映像でしかない。
でも、ここで怯えているだけじゃダメだ。
「負けてたまるかぁあああああ」
相手の勢いを活かし攻撃力を増す――刺し。
待ち受けるかたちで相手に剣の先端を向けるだけだけど、上手くいけばそのまま胸部に刺さって討伐できる。
――でも。
『ンガアアアアアアアアアアッ』
「え――」
そんな見え見えな攻撃が、順調にいくはずもなく。
莉奈の剣は【ファウルフ】の木の棒によって横に薙ぎ払われて、衝撃的な状況に反応が送れ無防備になった横腹へ拳がねじ込まれた。
「が――はっ」
力が流れるまま殴り飛ばされた莉奈は、倒れ込まずになんとか耐えることができたようだ。
だが。
『ガアアアアアッ!』
傷を負って「ちょっと待って」と言って通じる相手ではない。
隙を見せ、弱っている相手に情けをかける必要なんてないし、ダンジョンとは人間を拒絶する場所なのだから、止めを刺す以外の選択肢などなく。
「い、いやぁっ!」
『――――』
「え……?」
「莉奈、少しだけ休もう。自分で回復はできる?」
僕が走る【ファウルフ】の背後から剣を突き刺し、討伐した。
「ごめんなさい、私……全然ダメだった」
「今はそれでいい。またあっちに戻って休もう」
「うん……」
莉奈は痛々しそうに顔を歪めながら、脇腹を手で押さえながら歩き始めたから肩を貸す。
「私、弱すぎるね」
「大丈夫。挑戦している姿はしっかりと観ていたよ。頑張ってた。莉奈は、自分にできることを精一杯やってた。だから、反省点を次に活かしていこう」
「う、うん……頑張ってみる」
僕も反省しなければならないことがある。
自分の能力を示すためにモンスターを討伐したけど、そのときに自分だけじゃなくモンスターの戦い方や傾向を見てもらう必要があった。
独り善がりな行動だったと思うし、そのせいで莉奈は完全初見で今まで強いモンスターと戦う羽目になってしまったんだ。
僕が持っている情報と知識を、この休憩中にできるだけ伝えてあげないと。
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