第2話『注目を浴びて一躍時の人ではある、が』

 それでは早速、と探索者協会に常設してある模擬訓練場へと連れてこられた。


「まずは、こちらで武器の練習などを行ってください」


 四角い部屋だということは入ったときにわかったけど、壁や床には見たことのない素材が使用されているようだ。


 そして手渡されたのは、両側に刃がある剣。

 異世界で会ったのならば、もしかしたら魔法が付与されている剣だったり、何か特殊な素材を使用されている剣などを期待していたところだけど……。


「ちなみに残念ながら、そちらの剣は特殊なものではありません」

「ですよね」

「一応はダンジョンで採掘された鉱石を使用しているので、鉄だけで作られている武器と比べたら特殊とは言えますけど」

「なるほど、だから見た目によらず軽いんですね」


 天井から注がれる光を反射する剣を、同じく渡された鞘に収める。


「そんなにワクワクする目線を注がれても、ここから凄いことが起きはしませんよ」

「いいえ、まさかそんな」


 え? 今にもよだれが零れ落ちてしまいそうなほど、ずっと口を開けて目をキラキラしておいて『私がそんなに期待しているように見えましたか?』みたいな態度をされましても……。


「ほんのすこーしだけ気になっているのですが、こちらの世界では魔法を使用することはできるのでしょうか。スキルとか」

「それは使ってみないとわからないですね。もしかしたら暴発するかもですし」

「たしかにそうですね。ちなみに、こちらの世界では魔法の類は存在しておりません。ステータスは存在していたり、レベルアップといったものはあるのですが」


 そこまであるんだったら、もはや異世界と大差ないんじゃないかな。

 さっき受付嬢が推測していた通り、本当にこの世界は僕が知っているようで知らない世界なのかもしれない。


「ちなみに、あちらの世界では魔法はどのような原理? 法則? で発動していたのですか?」

「こっちの世界でいうところの植物がやっている光合成のような感覚で、自然の植物などから魔素が大気中へ放出されていました。ですので、その漂っている魔素を活かして魔法を行使する感じでした」

「ほほお! 息をするように魔法を使えていたというわけですね」

「まあ、大体はそういう感じです」


 普通に考えたらこっちの世界で魔法を使うことはできない。

 だけど今までの話を聴いている限り、もしかしたら使えたりするかも?


「予め伝えておきますけど、僕はあちらの世界で目立った功績を上げたわけではありません。勇者だったり剣聖だったり、英雄として名を轟かせていたわけでもありません」

「な、なんと。謙遜なさらなくても、あの登場シーンを見てしまっては信じられませんよ?」


 まあ、異世界に憧れを抱いている人間であり、ましてや自分もその世界へ行ってみたそうにしている人間に事実を伝えたところで、100%信じてもらうことは不可能なのかもしれない。

 実際、謙遜とかではなく本当に普通の冒険者として活動していたんだけどね。


「論より証拠とかなんとかって言いますし、実際に見てもらったらわかりますよ」

「とかなんとか言っちゃって、ボワッと炎を出しちゃったりブワーッと風を操り出しちゃったりしちゃったりするんじゃないですか? あ! 生の呪文詠唱が聞けちゃったり!?」

「押せよ押せよ、的なノリでもありませんから。本当に。そんなことより、これから何をどうすればいいのか説明してください」

「随分とお堅い人なんですね」


 いや、そっちの方が最初はお堅い感じでしたよね。

 残念ながら、その印象はとっくに無くなっていますけど。


「闘技場みたいにここへモンスターを連れてきて戦ってもらう……ということではありません。モンスターを映像で出力いたしますので、それと戦っていただきかたちになります。と言って伝わりますよね?」

「ええまあ、ある程度は」


 その技術を熟知しているわけではない。だけどある程度はわかる。

 アニメとか映画とかで観たことがあるような、あんな感じなんだろう。


「私は部屋を出て、あちらの方から見学しておりますので」


 受付嬢の視線の先を見ると、斜め上の方に窓? のような場所があった。


「開始の合図はアナウンス致しますので、それまで武器の感覚に慣れていてください」

「わかりました」


 一礼後、歩き去る受付嬢の背中を横目に剣を振ってみる。

 手首をクルクルと回して重量を感じてみるも、さっき抱いた感想通りでそこまで重くない。

 思い通りに振り回せるほどの重量だから、ブンッブンッと宙を何回か斬ってみる。


「なるほど」


 掴みは良し。


『それでは開始します。難易度を3段階に調節しておりますので、どれも肩慣らし程度に思っておいて大丈夫です』


 部屋中に響き渡る受付嬢の声。


 その後すぐにブーッと音が鳴り、3メートル先ぐらいに全身を鉄みたいな鎧を身にまとった人間が姿を現した。

 右手には同じく剣を装備していて、左手には何も装備をしていない。


(これが肩慣らしってこと? 難易度の設定を間違えてない?)


 とは思ったけど、その懸念はすぐに消え去った。


「……」


 鎧の中に案山子かかしが入っているのかと錯覚してしまうほど、相手はトスットスッと一歩一歩ゆっくりと前進し始めた。


 そんな出方をされるものだから、こちらも無駄に動き回る必要はない。

 だったら、油断はせず相手の出方をこのまま疑いつつ、リラックスした状態のままカウンターを狙うだけだ。


「――」


 目の前1メートル。


 ここに来てやっと剣を頭上まで振り上げ、攻撃の姿勢に入った。


「――え」


 どんな攻撃が繰り出されるのだろうと思考を巡らせていたのにもかかわらず、一歩後退するだけで攻撃を回避できてしまった。

 正しくは、振り下ろされる1撃はあまりにも遅く、油断しているわけではないがつい緊張感に欠ける声が漏れてしまったのだ。


「ふんっ」


 しかも、振り下ろされた剣から2撃目が繰り出されることがなく固まっているのだから、間髪を入れずカウンターとして横一線に薙ぎ斬った。


「……なるほど、こういう感じか」


 防御や回避行動すらなく攻撃をそのまま受けた相手は、映像が乱れるようにして消えていった。斬った時の感覚すらなくして。


『それではこのまま、次に移ります』


 またその声が響き渡った後すぐ、さっきより遠い場所で相手が姿を現す。


 次はどんな奴が相手なんだ――って淡い期待を寄せていたけど、なんてことはない、今さっき倒した相手と全く同じ相手が姿を現した。

 でもさっきと様子が全然違う。

 近づいてくる、その一歩一歩はさっきの奴より早く、こちらを明確な敵として認識しているような感じがする。


(さっきのが超初心者用のチュートリアルで、今回のは軽い戦闘を想定しているって感じかな)


 走っているというよりは早歩き。

 もしもあの鎧が本物であったのなら、ガシャガシャと金属が擦れるような音を鳴らしていただろう。


(あれが映像ということなら、このまま攻撃を食らってしまっても問題ないんだろうけど、能力テストという名目で戦っているのに手を抜くのも失礼だよね)


 自分の実力は自分でわかっている。

 だから、受付嬢に対して言った内容は嘘偽りがない。


 足りない実力は、常に経験と知識で乗り越えてきたんだ。

 なら、世界が変わったところでやることは変わらない。


「――」


 戦いにおいて重要なのはいつだって力。

 力を持つ者が、持たざる者を下す。それがいつだって世の常。

 今もなお迫ってくる相手が見た目通りの力を発揮してくるのなら、こちら側は回避以外の選択肢がない。

 冷静に状況判断をし、回避し続け、カウンターのタイミングを見計らうのみ。


「すぅーっ」


 しかし、そんな力量差を埋め、弱者でも強者へ勝利するための手段はいつだって存在する。


「――はっ!」


 先ほど同様、剣を振り下ろされそうになった瞬間――僕は回避ではなく、あえて相手の懐へ飛び込んで剣を突き刺した。


『……』


 相手はまた映像が乱れ途切れるように消えていった。


 幾度となく繰り返されていく戦闘で得られる経験値。それが、力の差を埋めるための技術。


 ――駆け引き。


 生死を賭けた戦いの中でしか得られない、戦いの技術は廃れることなく身に染みている。


(そろそろ体が温まってきたことだし、次が最後か)


 思っている通り、体が温まってきた。

 それに、気分の方も徐々に乗ってきた。

 2段階目の難易度があんな感じだったのなら、最後はもっと真剣な駆け引きができそうだ。


 あっちの世界では、帰ったらやりたいことを何個も想像していたというのに、こうして戦いを楽しんでいるのだからおかしな話だ。


『試験は以上になります。お疲れ様でした』

「え?」


 耳を疑うようなアナウンスではあったけど、その内容の通りに次の相手が出現しない。


(どういうこと……?)


 もしかしたらこれも試験の内で、何かを試されているかもしれない?

 このまま油断させておいて、死角からの攻撃を仕掛けられるかもしれない?


 構えを崩さないで襲撃に備えていると、出入り口がスーッと開く。

 状況を理解できないで硬直していたが、受付嬢が澄ました顔で目の前に戻ってきた。


「お疲れ様でした」


 その手にはメモ用であろう書類が挟まっているバインダーが。


「流れから察するに、終わったということで大丈夫ですか?」

「はい、まさにその通りです。それにしても驚きました、これほどまでとは」

「どういうことですか?」

「実はですね、"3段階に分けて能力を判断する"というのが偽りでして。最初と最後の強さはかなりの差があったんです」

「ほう……」


 どっちの戦闘に関しても、短期決戦だった。

 そのせいで受付嬢が言っていることを図るための指標はない。真偽のほどを確認することはできないけど、もしもそれが本当であったのならたちが悪い話だ。


 最後まで確認が敵なかったけど、実体のある相手だったり、物理的な威力があったら笑い話じゃ済まされない。


「素晴らしい立ち回りでした。まだまだ余力が感じられる戦いでしたね」


 淡々と言葉を並べているけど、『ああ、もっといろいろなものを見てみたかった』っていう雰囲気がすっごく漂っていますからね?

 僕を実験台として扱うの、やめてもらっていいですか?


「これからの流れですが、場所を戻しまして諸々の手続きを行っていただきます」

「わかりました」

「その後は、この世界のダンジョンを早速体験してみてください。では、移動しましょう」

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