第17話 ありがちな奴隷少女

 やっとバンビーナのレイピアが完成した、大人の俺が持つと軽過ぎて心配になるほどだが、バンビーナの戦い方はピンポイントで相手の急所を一突きするスタイルなので、丁度良いらしい、

 ちなみに俺は重い剣を振り回す重戦士タイプとバンビーナみたいな技巧派の中間、良く言えばオールマイティー、スタイルの定まらない中途半端タイプとも呼ばれる。



 8階層まで一気に降りるとバンビーナは真剣な顔で小さな耳をクルクル動かしている、

「こっちにロントラがいます!」

 大物の魔物を見つけるとバンビーナのジャンプで注意を引き、俺が後ろから仕留める、高い確率でドロップアイテムが出て来るので、ボーナスポイントを稼ぐ感覚だ。


 今日も大物狙いで数体倒し、ドロップアイテムも頂いた、前を歩くバンビーナのランドセルを持ち上げると結構な重さ、

「今日はずいぶん稼いだな、もう帰っても良いだろう」

「ご主人様、まだ担げます」

「まぁ、そう言っても……」

 俺の言葉を小さな手が遮る、


「前から何か来ます!」

 バンビーナの聴力は別格だ、俺達は迷宮の枝道に隠れる、

 しばらくして荷物も装備も捨てた冒険者が全力で駆けて行った、

“何事?”

 俺はバンビーナと顔を合わせる、

「助けましょう」

 そう言うと小さな手は俺を引いて行く、


 つないだ手は途中で離れ、バンビーナは鹿獣人の面目躍如とばかりに軽快に疾走して行く。


 今まで全力疾走なんてした事なかった、あっという間に鹿耳少女との距離は離された、ゼーゼーと肩で息をしながらやっと追いつくと、

「ご主人様ケーニッヒ・クラブです」

 俺の背丈よりも大きなカニの魔物が倒れている、こいつは5階層の階層ボスにそっくり、

「バンビーナ、大物を狩りたくて駆けだしたのか?」

「いえ、あの子を助けたいと思い、勝手な行動を取りました、奴隷としての規範から外れた行いだと自覚しております、鞭打ちでもなんでも罰は受けます、あの子を助けたくて……」


 バンビーナが指さした先にはみすぼらしい服を着た少女が倒れ込んでいる、頭から角が生えている、、

「獣人か?」

「はい、わたしと同じ成熟前の身体です」

「オトリにされたのだな」

「はい、わたし達成熟前の奴隷の唯一の仕事です、せめて命だけでもと思っていたのに」


 倒れ込んだ獣人少女からは有り得ない量の出血をしている、服が汚れるのも構わず抱きかかえると、ダラリとした重さ、苦痛で絶命したのであろう、口と鼻から出血し、目は見開かれている、

 気がつけば腕にかかる重さが無くなり、身体が砂になっていく、魔物を倒した時と同じだ、

 銀色の首輪が“カラリ”と短い音を立て、はかない人生の終わりを告げた。


 せめて亡骸が残れば地上に持ち帰り墓を作れるのに、成熟前の獣人にはそれすらも許されないのか、銀色の首輪を大切に雑嚢に入れると、帰路につくが、どちらも言葉を発しようとしない。


 ▽


「ご主人様、こちらの道に行きませんか?」

「バンビーナ、明らかに遠回りだろう」

「この先で戦闘がおこなわれています」

「それは面倒だな」

 他人の戦闘に関わるのはトラブルの種、苦戦しているので加勢をしても、

“俺の獲物を横取りした”

 なんていちゃもんをつけられる事がある、

 もっとも負傷して動けない状態の冒険者を地上まで連れて帰れば手間賃を請求できる。


「戦っているのは、さっきの子の主人です」

「成熟前の子をオトリにした奴か」

「そうです、苦戦している様ですけど、助ける価値なんてありません」

「とりあえず行ってみよう、助けるか無視するかはそれで決めれば良い」

 正直に言うと助けたくない、だけどここで見捨てる様な事をすれば奴と同列に成り下がってしまう。


 ▽


 しばらく歩くと剣戟の音が聞こえて来た、チエンティナと言う、中型犬くらいの魔物の群れが一人の冒険者を取り囲んで、順番に攻撃している、今のところ剣はしっかり持っているし俺達が介入する状態ではないな、

 善戦をしていたそいつだが所詮はオトリを使う程度の腕前、右肩に魔物の犬歯が刺さり悲鳴を上げ、迷宮の床に鈍い金属音、

 奴が剣を落した音が合図だったいままで距離をとっていたチエンティナの群れは一斉に飛びかかる、

 腕を振り回して追い払おうとしているが、多勢に無勢壁際に押し込まれて魔物の牙の餌食だ、

「嫌だ、誰か助けてくれ!」

「聞いたな、バンビーナ」

 頷いた鹿耳少女はレイピアを抜くとチエンティナの背中に襲いかかる、全部で十数体いたチエンティナの群れだが信じられないくらい短い時間で葬り去った、

“この程度で苦戦している冒険者が8階層まで降りて来るなよ”


 魔物を瞬殺した後は魔石とドロップアイテムの回収はバンビーナの仕事、俺は少し離れて警戒監視だ、

 今回は殆どのチエンティナを後ろから倒したのでドロップアイテムもザクザクだ、

「おい、獣人、そんな事良いから俺を助けろよ」

 この状況でも自分のおかれた立場が理解出来ていない頭の悪い冒険者はバンビーナに命令している、いつからお前の奴隷になったんだ。


「ご主人様、回収が終わりました」

「そうか、帰るぞ」

「おい、ちょっと待て、お前はこいつの主人だな、俺を助ける様に命令しろよ」

「なんだお前は?」

 俺はわざと“今気が付きました”そんな態度で応じる、


「人間の俺が怪我をして動けないんだ、獣人が助けるのは当たり前だろう!」

「そうなのか? バンビーナ」

「いえ、その様な事は初めて聞きました、迷宮内で起きた事は全て自己責任です、

また獣人族がヒト属の命令に無条件で従わなければならない、等と言う事も寡聞にして存じません」


「そう言う事だ、まぁ、ゆっくり帰ってこいよ」

「待て、待ってくれ、俺を転移魔法陣まで連れて行ってくれ」

 チエンティナの歯型は両太ももにもしっかり刻まれ、ザックリ肉が見えている、これじゃ歩くどころか立ち上がるのも無理だろう、

「バンビーナ、この男はこう言っているが、どうしたら良いと思う?」

「それはご主人様次第でしょう、ですが助けた場合は謝礼を払う義務が発生します、ここは8階層ですから6階層まで登るとして金貨30枚が妥当かと」


「そんな大金払える訳ないだろう!」

「ならば交渉決裂だな、帰ろうかバンビーナ」

「はい、ご主人様」

「待て、分かった払うよ、払うから」

 情けない男の悲鳴に近い懇願が迷宮に響いた。

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