第9話 黄色の帽子の女の子

 今朝の目覚めは爽快だ、毎朝鉛みたいな手足を動かすのだけど、今日は起きた瞬間から身体が軽い、

 起きる直前にバンビーナの顔を見た気がするのだけど、夢だったのかな?

「ご主人様、朝食の支度が整いました」

 ベッドの横でスンッとした顔でバンビーナが言う、

 いつもはベッドに乗ってニッコリ笑顔で俺の身体を揺らしながら起こしてくれる、

 小さな手でユサユサしてもらうのが好きだったのに。


“アレ?”

 股間が変だ、こちらの世界に来てから、一度も元気になった事の無い場所が朝から全力を出している、

 何かの間違いではと思って手を入れてみたが、やっぱり本物だ、

 その日はトイレがいつもより長かった、何をしていたかは男性諸兄には説明は必要ないであろう。



 ▽



 4階層や5階層に降りると身体が重くなるけど、今日は何の苦労も無く大物をバサバサ倒して行く、これは勝負するべきだろう。

「バンビーナ、階層ボスと勝負するぞ」

「はい、ご主人様」


 巨大な石の扉、高さだけで二階建ての家くらいありそうだ、

「ご主人様、扉に手を当ててください」

 レリーフが施された扉に不自然な平面があるのでそこに手を当てると、

“ゴロゴロ”と言う音と共にゆっくりと開き始めた石の扉、


 二人がヒタヒタと中に進むと再び“ゴロゴロ”と音を立てて扉が閉まる、

「剣を」

 後ろに控えているバンビーナから剣を受け取った俺、

 その一瞬の隙に目の前には巨大なカニが鎮座していた、さすがは迷宮、謎が多い、

「ヤァァァ!」

 八双の構えでお化けカニに突撃するが、相手の間合いに入る直前に右にステップを踏んで死角に入るとまずは片方のハサミを切り落とす、

 カニの背中は硬い甲羅に守られているし、腹側に周るとハサミの餌食にされる、サイドからの攻撃が唯一の死角、

 一瞬で頭の中に浮かんでそのまま行動に移せた、

 気がつけば階層ボスは倒れていた、バンビーナの話によると瞬きの間で勝負が決まったそうだ、


「ご主人様、階層ボスの魔石でございます、これがあれば1階層から潜らなくても、次からは6階層までジャンプできますよ」

 そう言いながらいつもの魔石とは違う奥の方が紅色に光った石を差し出すと、

 フンフンと鼻を鳴らしながら俺に説明してくれる、

「バンビーナ、剣を仕舞っておいてくれ」

「はい! ご主人様」

 普段よりオクターブの高い声の返事が聞こえた。



 ボス部屋を出て転移魔法陣にやって来ると、中心に紅色の魔石を置く、それまで床の模様だった魔法陣が光りを放ち俺達は紅色に包まれる、

 オーロラみたいな光りが徐々に薄くなると、周囲は初めて見た風景、

「階層ボス討伐おめでとうございます」

 やって来たのは小奇麗な制服を着た男性、俺よりは歳下だろう、

 男性にしては線が細く、ナヨッとした感じ、こちらの世界に来てから男はガチムチばかりだったけど、こんな男性もいるんだね。

「誰だい?」

「これは失礼致しました、わたくしギルド職員のヘリオスと申します」

「そうか」

「冒険者様、只今より転移魔石の説明をさせてもらいますが、よろしいでしょうか?」


 ヘリオスの話によると転移魔石は貸し借り厳禁、と言うか本人しか使えないそうだ、更に次回からは6階層にダイレクトで飛べるけど、6階層から5階層には戻れないそうだ、

「俺達冒険者はとにかく下へ下へと潜るしか無いんだな」

「ありていに言えばそう言う事です、

 ところで冒険者様、奴隷は何体ほどお持ちですか?」

「こいつ一人だけだ、最高の相棒なんだよ」

 そう言いながらバンビーナの頭をポンポンと軽く叩く、

「うらやましい次第でございます」



 ▽▽



「バンビーナ、ありがとうな、階層ボスなんて一生倒せないと思っていたよ」

「ご主人様なら出来ると信じておりました」

 フンッと鼻息が聞こえてきそうなバンビーナは両手をギュッと握って俺を見上げる、階層ボス突破記念に何か買っておくか、

「ところでバンビーナ、帽子屋はどこか知っているか?」

「えっとー、こちらの通りに有ったと思いますが」


 バンビーナにはご褒美だから好きな帽子を選べと言ったら、持って来たのは黄色のメトロ帽だった、小学生が被っている通学帽と言った方が分かり易いか、

 買ってやる段階になって自分の失敗に気がつく、獣人は頭の上に耳が有ったのだ、

「こちらで穴をお開けしますよ」

 若い女性の店員が気を効かせてくれた、


“裁縫くらい自分で出来ます”

 とごねるバンビーナを椅子に座らせると丁寧に位置決めをして行く、優しいお姉さんに接客され、鹿耳の女の子は頬を赤らめながらもまんざらでない、そんな表情、

 穴の位置を決めるとあっという間に裁縫してくれた店員さん、レベル高いね。

「見事な裁縫の腕だな」

「この程度では笑われてしまいますわ」

「この店の品はみんな良い品ばかりだ」

「ありがとうございます」

「先にお金を払っておこう」

 そう言って銀貨を5枚渡す、

「あの、お客様、こんなにたくさん……」

「おつりはあの子に返してくれ」

 言っていて恥ずかしくなってきた、


 店員さんは得心の言った表情になると、

「はい、バンビーナちゃん、被ってみて」

 お姉さんから渡された帽子を被ると、スッポリ二本の耳が抜けた、

「ピッタリです、お姉さん」

「気に入ってもらえたかな?」

 真っ赤な顔をして黙って頷いたバンビーナ、

“お釣り”の受けわたしでひと悶着あったけど、店員さんがバンビーナに耳打ちすると鹿耳少女は黙ってしまった。



 黄色い帽子が気に入ったのか鏡の前でポーズを取っているバンビーナ、そうそう店員さんはプリメラさんと言うそうだ、

「ところでプリメラさんお勧めの革細工のお店は知っているかな?」

「まぁ、何軒かありますけど、何か入用ですか?」

「あの子のバッグだけど、あんな布じゃ背中も痛いだろうし、しっかりした革の背負いカバンを作って上げようと思ってね」

 ズタ袋みたいなバッグを指さす、あれじゃゴツゴツした魔石が背中に当たって痛いだろうし、しっかりした物を作ってあげないとね。


「それは素敵ですね、どんな意匠をお考えですか?」

「背中に当たる部分はクッションにして、収納部分は四角い形で……」

 俺が説明するとプリメラさんが図にしてくれる、イメージしたのはランドセル、6年間お世話になった、ごく普通の男児だったから、投げたり踏んだりギュ―ギューに物を詰め込んだりしたけど、壊れる気配なく、なんならもう6年くらい平気な頑丈で使いやすい物だった、

 バンビーナは働き者だけど、所詮見た目10歳の女の子、もう少し良い道具を買ってあげないとね。


「おじさーん、今からハンスさんの工房に行って来るの、店番お願い出来る?」

 プリメラさんは工房まで案内してくれるそうだ。

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