第8話 初めては女の子から

 それから数日間経つと生活のルーティンの様なものが出来あがった、朝は前の晩の残りかデリカッセンのイートインコーナー、

 そこから数分歩いて迷宮に潜ると、4階層の後半か5階層くらいで魔物狩り、

 本当の初心者は3階層止まり、もっとベテランだと転移魔法陣で更に深い階層に飛んで行くから、意外と穴場だ、


 バンビーナの特徴も分かって来た、ドジっ子で機敏な動作が出来ない、頭が悪い訳ではないけど、いっぺんに二つの事を並行すると混乱してしまう、

 その代わり辛抱強い、重い荷物を不平一つ言わずに担いでいる、一つの事をコツコツやるタイプなのだろう。


 ▽


 今日もそんなドジっ子獣人と狩りをしていると、前を歩いているバンビーナが止まった、

「どうした?」

 シカの女の子は迷宮通路の片隅を見て固まっている、

「ご主人様、わたくしが責任を持ちますので、この首輪を地上まで持ち帰ってよろしいですか?」

 大事そうに銀色の金属の輪を俺に差し出す、サイズからしてバンビーナと同じ位の体格の子だったのだろう、


 異世界に来てからどれだけ経ったのだろう、苦労もしたけど心の中ではゲームの世界、と言う意識もあった、

 だけどここはゲームではなく現実、ちょっとした不注意や運の悪さで簡単に人が死んで行く世界だ、

「ここで死んだんだな?」

 黙って頷くバンビーナ、

 俺はしゃがみこむと両手を合わせる、この世界にどんな宗教や習慣があるかは知らないが弔いたいと言う気持ちは伝わったと思う、

 その日は少し早いがそのまま地上に戻った、


 ▽


 迷宮ギルドの受付で魔石を換金すると、受付嬢に尋ねる、

「4階層の真ん中辺でこの首輪を拾ったのだが?」

「かしこまりました、こちらで処分しておきますね」

 処分と言う軽い言葉にいたたまれなくなったバンビーナ、

「弔ってあげたいのだ、どうすれば良い?」

 今頃になって自分の失言に気が付いた受付嬢は、スッと席を立つと

「こちらになります」

 俺達を案内する。


 建物の裏手に案内されると、片隅に首輪が無造作に積まれた場所を指さす、

 これはあんまりだろう、俺は首輪を一本ずつ取り出し、バンビーナに渡すと、彼女はそれを綺麗に磨く、気がつけば受付嬢も一緒になって俺達の作業に加わっていた、

 屋外に無造作に投げ捨てられた首輪の汚れを落とし、積み直す、

 どれも子供サイズの細い首輪、単なる金属の輪だろうが、彼女達がこの世に生きた証だ。

 最後は三人で手を合わせた、

「これは花代だ」

 そう言って受付嬢に今日稼いだ銀貨を渡した。



 ▼バンビーナ▼



 昨日の首輪は色々考えさせられた、わたし達成熟前の獣人の辿る道はそんなに多くないの、大きなお屋敷の下働きとしてメイドとして働く、いつまでも子供の姿のわたし達はどんなに仕事を押し付けても逆らわないから使いやすいそうよ。

 見目の良くて素直な子はお金持ちの子の遊び相手に選ばれ、気に入られれば従者や侍女として使って貰えるそうで、

 成熟前の獣人にとって憧れよ。


 そして残された道が冒険者の荷物持ち、普段は重い荷物を担いでご主人様にご奉仕をするのだけど、獣人の本当の使い道は強敵に出会った時におとりとして使い潰す事、主人の逃げる時間を稼ぐのがわたし達の仕事。



 わたしもいつかご主人様に使い潰される、そんな思いが有ったのだけど、昨日の首輪を積んでいるご主人様を見たら、

 そんな事を考えていた自分が恥ずかしくなりました。



 朝は三の鐘が鳴るより早く起き出し、朝食の支度をしたらご主人様を起こしに行きます。

 ベッドの横で深く一礼をしてフカフカのベッドに上がったわたし、迷宮で戦われお疲れなのでしょう、クークーと寝息をたてて気持ちよさそうに寝入っているご主人様、


「ご主人様」

 小さい声で呼んでみます、返事はありません、

「ご主人様」

 グッスリお眠りのようですね、わたしはソーッとご主人様の唇に口づけをしてしまいました、

 初めての口づけは衝撃的でした、上手く説明できないけど、温かい物が唇を通してわたしの身体の中に流れ込んで来て、その奔流が止まりません、

 シロップみたいなドロリとして、熱いスープの様でもあり、それでいて暴力的な甘さがドクドクとわたしの中に流れて来ます。

 お腹の下の方が触れないくらい熱くなってきている様な変な感じです。


 熱い流れが止んだので、唇を離すとご主人様が目を覚ましました、パッチリと目を開きわたしを見つめています、

 急いでベッドから降りると、

「ご主人様、朝食の支度が整いました」

 普段と同じ様な口調で言います、口づけの事は気が付いていませんね、夢だと思っていますよね、

 そう、自分に言い聞かせながら逃げるように部屋を後にします。

 わたしはいけない奴隷です、鞭で打たれてしまうかもしれません。

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