第19話 お願い

「やぁ、帰ってきて早々に悪いね」


僕たち千住コロニー組は、一度この避難所の運営委員を名乗る人たちと顔合わせをすることになった。

今は夕食の準備をしている人もいるから、岩崎さんという元町会長で優しそうな顔のおじいさんと、南さんという角刈りがイカつい警察官のおじさんしかこの部屋にはいない。ちなみに、柏木さんたちはすでに挨拶は終わっていて食事の準備の手伝いをしている。


「長谷川さんのこと、ありがとうございました。彼女が無事で本当に良かった……」


と、岩崎さん。長谷川さんとは恭介君とお姉さんである美咲さんの苗字だ。長谷川姉弟はこの避難所でも中心的な存在らしい。美咲さんは、元々ここで運営委員をしていたそうだ。


「いえ……俺はさらった方の側にいた。感謝されるようなことは、ないです……」


うつむきながらそう言う篠田さん。


「違います。あなたは村上や渡嘉敷たちに私や女の子たちを連れ去ることをずっと反対していました。私の扱いについてもアイツらに盾ついて、それで……」


美咲さんが言葉を濁した。そのあとはおおよそ予想できる。新目の鼻頭の傷はその時のものなんだろうな。


「北千住だけじゃない。イノセンスのヤツらにだって何人さらわれたか。それも若い女性ばかり……」


悔しそうに南さんが言う。


「俺は……いつまでも怯えて暮らすのはもう嫌です。あいつらに一泡吹かせてやりたい。南さん、あんたに見てもらいたい物があるんだ」


そう言って、恭介君が布に包まれた2つの物体を自分の鞄から取り出した。


「恭介……これは……」


布を広げた南さんが言葉を詰まらせる。


「そうです、拳銃です。1丁は弾が入っていないけど、もう1丁は5発入ってます」


「まさか……きみは村上と渡嘉敷の銃を拾っていたのか?!」


「仲間が見つけていたんだ。すぐに知らせなくてすまなかった、篠田さん」


「すまなかったって言ったって……それで新藤さんが犠牲になっているんだぞ?!」


「分かってるよ!でも……これは俺たちの大きな切り札になる……」


「恭介……マヒロ君の気持ち、考えてあげなよ……」


美咲さんから急に水を向けられてしまった。

どうしよう。特になんの気持ちもない……銃を利用したいならそうすればいいじゃないか。


ここは、それっぽいことを言っておこう。


『それで善良な人たちを救えるのなら僕に言うことはなにもないです』


「おい、マヒロ……」


「そうか!さすがマヒロだ。それだけじゃないんだぜ岩崎さんに南さん。マヒロは超人的に強い!今日だってこいつ一人で10人以上のイノセンスどもをぶちのめした!マヒロだって俺たちの切り札でもあるんだ!」


「恭介君、いい加減にしてくれないか!これ以上マヒロを追い込むようなことを言うのはやめてくれ!」


「そうよ恭介、私はもう誰が犠牲になるなんて耐えられない」


「じゃぁあんたらは搾取されるのをこのまま黙って見てろって言うのか!」


あぁあ。興奮し始めちゃった。当事者の僕は完全にカヤの外なのに。


「一旦落ち着こうか」


さすが警察官の南さん。低いナイスなボイスで場を静めた。


「拳銃を使うのは反対だ。俺と岩崎さんで預からせてもらう。ただ恭介が言っていることも理解できる。恭介が言うくらいだ。君が戦える人間だということは嘘ではないのだろう。俺だってさらわれた人たちを奪還したいとは常々思っていた」


「南さんまでそんなことを……私が拳銃を管理するのはいいよ?でもね、私としては危ないことはしてもらいたくないんだが……」


「岩崎さん、これはなにかの啓示なんじゃないか?拳銃に戦える人材、あの時の悲劇を繰り返さないためにも……」


「俺、やれることがあるならなんでもやりますよ南さん!マヒロも手伝ってくれるよな?!」


えぇ~……なにやる前提で話し進めてんのこの人たち……大人しくしてりゃいいじゃん。見てみなよ。お姉さん頭抱えちゃったよ?


『僕、どうしても行かなきゃいけない場所があって、早くそこに向かいたいんです』


「なんだよそれ、どこに行くってんだ?」


転移門がある場所とは言えないな。どうすっか……


『祖父母の家に安否を確認に僕はその旅の途中だったんです』


「いったいどこまで?」


『仙台ですね』


「仙台ってお前……そんな遠くまでどうやって行くつもりなんだ?」


『歩いて行きます』


「馬鹿か?!それに仙台って言えば、最初に被害が広がった所じゃねぇか!」


『二人は僕の育ての親なんです。生きてても死んでても確認はしたいんです』


それは本当のことだ。転移門で戻って来た時には、僕はそんなことできる状態じゃなかったからね。

そんなことを言ったら、みんな言葉を失ってしまったようだ。


「無理にとは言えないが、俺たちはそういった考えをもっている。君も検討しておいてくれないか?」


『まぁ検討ぐらいは……』


言葉が途中で濁ったのはダフネのせいだ。正直なところ、僕はどっちだっていい。イノセンスのヤツらを全員始末して、さっさと旅を続ける……

あれ……?

これって、千住コロニーにいたときも同じこと考えてたやつじゃないか……?


「よし、そうとなれば準備だ!南さん、詳しい話はまた後でお願いします」


「ああ、分かったよ」

 

「ちょっと、待ちなさい!恭介!」


恭介君の後を追うように美咲さんも部屋を出て行った。


「気を悪くしないでくれおくれ」


岩崎さんが困ったように言ってきた。

僕は大丈夫だけど、ダフネがなぁ……


「恭介君は本当にお姉さん思いの子でね、美咲さんが攫われた時はそれはもう取り乱してしまって……」


「それはそうでしょう。2人きりの家族なんだから。2人は親が再婚同士でそれぞれが連れ子みたいでな。その両親も早くに亡くしてしまったから血はつながりはないけど……あぁ、また余計なこと言っちまったな……悪い、恭介たちには言わないでくれ」


と、南さん。確かに踏み込んだ話をしてきたな。

南さんはバツが悪そうに頭をポリポリかいている。


「南さん、あなたも恭介君にかなり慕われているみたいじゃないですか。まるで父親みたいに見えますよ」


「よしてください岩崎さん。俺なんかが……おこがましいです。でも恭介は物心つく頃から父親がいなかったそうでね。俺もそうだったから気持ちは分かるんですよ」


恭介君が想うような家族は僕にはいない。全部は理解はできないけど、恭介君がお姉さんの美咲さんや南さんのことを大事に想っていることはなんとなく分かる。


南さんの話を聞いて、僕は遠い遠い異世界アーレスに想いを馳せた。

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