第11話 避難所代表

キィー……

車が停まったみたいだ。


「よし、急いで降りろ早く!」


なんだよもう……これじゃ罪人みたいじゃないか。もうちょっと丁寧に扱ってくれよ。


目的地に着いたらしく、僕たちは慌ただしく車を降ろされた。そして躓きながら階段を上がっていくと、どこかの部屋に入れられた。


「これから目隠しと拘束を解く。いいな」


変なことするなよ、てことでしょ。


視界が戻ると、そこは――


『カラオケ……?』


壁に沿うように並んだソファと中央にテーブル、モニターもある。


「お前たちは、ここで一日過ごしてもらう。ゾンビに変化しないか確認しなきゃいけないからな。あと、悪いが荷物も一時的に預からせてもらう」


ゾンビに転化しないかどうかのチェックは分かるけど、篠田さんって人が言っていた野蛮人たちっていうグループのこと、相当警戒しているみたい。


『大丈夫ですか新藤さん』


「え、ええ、なんとか。カラオケ店を拠点にしているってことですかね」


『ですね。僕たち2人一緒に隔離されたけど、一方が感染していたらもう片方はだって絶対ゾンビになっちゃいますよね。なに考えてんだろここの人たち』


その僕の言葉に、新藤さんは思い出したかのように少し怯えだした。余計なこと言っちゃったな……


「ゾ、ゾンビになる時間には個人差があります。遅くとも24時間以内に転化するというのが、ここの人たちの基準になっているのでしょう」


僕が知っているゾンビあるあるの知識の範囲内だから助かる。

その後、食事だと言われてポテチとペットボトルの水を2つずつ持ってきてくれた。


「食事はそれだけだ、トイレも1回だけなら許可するから声を掛けてくれ」


若い男がそういって扉を閉めた。

ポテチも水も、もともと新藤さんが持ってきたものなのに。


『新藤さん、僕の分もどうぞ』


「いいんですか……なんかすみません……」


ぎこちない。24時間も魔物と一緒の部屋じゃそうなるか。

仕方ないな……


『僕、ちょっとトイレ行ってきます』


「え?ああ、そうなんですか?」


『本当は必要ないんですけど。ずっと僕と2人きりじゃ息が詰まっちゃいますもんね』


僕のほんの気まぐれだ。居心地が悪かったのは僕も同じだから。

トイレから帰ると新藤さんは眠ってしまっていた。寝ていてくれた方が気が楽だから僕としてはありがたい。

 

そのあとは、僕は積極的に新藤さんとコミュニケーションを取ろうとしなかった。

人間なんてどうせすぐ死んでしまう。僕の心が化け物に染まりきっていない以上、他人への情というものは少なからず芽生えるものだと思っているし、それが足枷になる気もする。


……複雑だ。

こっちの世界では僕に人の心なんかなくったって全然構わないのに、アーレスに戻った時にそれがないとすごく困る。


そんなことを考えていたら、もうすぐ隔離から24時間が経とうとしていた。







「本当にあいつらを受け入れるんですかね篠田さん」


「ううむ。確かに何か引っかかる点はある……」


昨日上野のコンビニで拾ってきた暗そうな女と高校生くらいの少年。車中で家族でも恋人同士でもないと聞いたが、すごく妙な2人だ。

それにあの少年の方……


「あのガキ見ました?グラサン外した時、ヤバい顔色してましたよ。あれ絶対感染してますって」


「なーにサボってんだお前ら」


「す、すみません」


この拠点のナンバー2、渡嘉敷だ。

ここにいる若いヤツらは皆この渡嘉敷のことを恐れている。この今井もそうだ。


「なぁ篠田さんよ。若いヤツらの教育はあんたに任せてるんだ、あんまりボスを失望させるようなことすんなよな」


「分かってますよ渡嘉敷さん。昨日連れてきた女と少年ですが、感染はしていなかったようです。不審な動きもありませんでした」


「そうでないと困るんだよ。ガキの方はさっそく働いてもらうからな。女は……まぁたまにはああいう地味なのも悪くねぇな」


下品な笑み浮かべる渡嘉敷。

ここの幹部連中は本当にゲスばかりだ。女性をさらって来ては暴力で脅して凌辱している。俺からしてみればゾンビどもとなにも変わらない。


「ああそれと、ボスがそいつら2人を連れて来いってよ」


「……分かりました、すぐに」







ガチャリ。

部屋のドアが開いて、篠田さんが入って来た。


「長い時間すまなかったな。君たちにはなんの問題がないと分かった。荷物を返す前に、この拠点の代表者に会ってほしい。案内するからついてきてくれ」


代表者?

あの渡嘉敷とかいう男かな。誰だって構わないけど。


僕たちは通路の1番奥にある部屋に案内された。

パーティルームだ。さっきの部屋より3倍くらい広い。





「やぁ、ようこそ。俺はこの拠点、"千住センジュコロニー"の代表を務めてる、村上といいます」


部屋に入った途端、僕たちにそう名乗った。村上は横に立っている渡嘉敷と同じように茶髪でチャラついた格好をしている。


こいつがここのリーダーか。

若い綺麗な女性が2人、ホステスさんみたいに村上代表の両脇に座っている。2人とも表情はほとんどない。

あれ?右にいる女の子、どっかで見たことがあるような……


「まずは、君たちの名前を教えてくれるかな?」


『僕はマヒロっていいます。こっちは新藤さん』


「マヒロ君に新藤さんね。食料提供ありがとう。とても助かるよ。俺たちにはまだまだ物資が足りなくてね」


村上は貼り付けたような笑顔で僕たちに話す。物資が足りないと言っておきながら、テーブルの上にはお酒が何種類か並べられているけど。


「ここにいれば最低限の安全は保証するよ」


『僕は行かなければならない場所があるので長居はしません』


そう僕が言うと、村上は姿勢を変え僕を見据えた。


「……マヒロくん、ここにはルールというものがある。ルールがなければこんな世界で人は生きていけないからね。誰かが導いてあげなければならない」


『僕には必要ありません。この場所に受け入れてくれたことは感謝してますけど』


「分からないかなぁ、もう理屈じゃ物事は回らないんだよ。例えばこういったがものを言う」


そう言って村上が懐から何かを取り出してテーブルの上に置いた。


拳銃だ。リボルバー式の。


「言っておくけど本物だよ?」


僕にとっては本物だろうが偽物だろうがどっちだっていい。でもこれでこの拠点の体制というか、色みたいなものはおおよそ理解できた。

横を見ると新藤さんが明らかに怯えていた。他の人たちもだ。非常に面倒なことになっちゃったな。

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