第9話 こんな世界になってしまったのは

『新藤さん、もう入ってきて大丈夫ですよ』


「ありがとうございます、マヒロさんもお怪我とかはないですか?」


『ええ、僕、ゾンビなんで』


「そ、そうでしたね……」


僕たちは日中ずっと歩き続け、ようやく上野のあたりまでやって来れた。

予想はしていたけどあまりにゾンビの数が多くて倒してもキリがなく、迂回を繰り返してようやくゾンビがまばらな通りを見つけることができた。

そのいくつか通りを越えたらちょうどそこにコンビニがあったので物色することにした。

 

コンビニの中には一体だけゾンビがいて、難なく仕留められたから新藤さんを中に招き入れることができた。今日はここで一晩明かすことにしよう。


『ほとんど何も残ってませんね』


「マンションが立ち並ぶ通りですからね。こんなことになったら誰だって真っ先に狙いますよ」


溶けたアイスや、中身が悪くなっていそうな要冷蔵の食料はいくつか残っている。

新藤さんは一つだけ転がっていた缶コーヒーを拾って飲みだした。


「まぁ、あのオヤジが保存のきく食料を持っていたおかげで、しばらく私のお腹は満たせます」


食料以外に日用品やら必要なものはたくさんあるだろう。

これからも物資調達という名の店舗巡りはしていかないとな。


新藤さんはバックヤードにあったいくつか空の段ボールを広げて寝床を作りはじめた。僕は眠くならないから店の入り口あたりにいようかな。

割れたガラスの向こうの道路や建物を見る。


『まるで大地震が起きたみたいですね』


なんとなく言った言葉だったけど、新藤さんがそんな僕を驚いた顔で見た。


「マヒロさん、本気で言ってます?まさか、あの地震を知らない……?」


あの地震?

僕が意識をトバしている間に地震があったのか。よく考えたらそうだよな。ビルの最上階から見た景色、それに目の前に広がる建物が崩れている様。


『気づいたらこの姿になっていましたからね。記憶にないんです』


本当のことを言った。それをどう新藤さんが捉えたか分からないけど、新藤さんは一度、考え込むように俯いてから大災害が起きたことを簡単にだけど教えてくれた。


数ヶ月前に突如発生した大地震。日本各地で同時多発的に起きたそうだ。そのあとすぐ、地震が収まったかと思ったらどこからもなくゾンビが現れてあっという間にゾンビパニックになってしまったとのこと。

新藤さんは、いくつか拠点を変えつつ逃げ延びたけど、最終的にあのビルに閉じ込められて、いつ来るとも分からない救助を待っていたそうだ。結局、救助はおろか奴隷みたいな生活を強いられていたみたいだけど。


生存者っぽい人がいないのは、東京23区はすでに放棄されてしまったからじゃないか、とか、避難所や自衛隊に救助されたからじゃないかとか、おじさんは言っていたらしい。監禁されていたから、情報を得ることができず、ビルに来た早い段階から外の様子はあまり分からなかったとのこと。


そんな話を聞いているうちに、いつの間にか新藤さんは眠りについたようだ。相当疲れていたんだろうな。


『ねぇダフネ、新藤さんが言ってた地震って気づいてた?』


『さぁ?言われてみればって感じかな。数ヶ月前がどれほどなのか分からないけど、アタシが封印を解き始めた頃だったら必死だったしそれどころじゃなかったわね』


地震が起きた直後にゾンビの氾濫。やっぱり僕が関係してるのかな。まぁどっちだっていいけど。


『それよりさ、あの娘が休んでいるうちに経験値稼ぎ、行こうよ』


『えぇ、今から?』


『だってここまで来る途中、全然ゾンビ倒して来なかったじゃない』


ダフネは、僕がゾンビと対峙した時に、行け!とか、刺せ!とか、殺せ!とか。ずっと物騒なことを叫んでいた。鬱陶しいったらありゃしない。


『分かったよ』


ちょっと試してみたいこともあるから少しだけ狩ってこようかな。


コンビニを出てすぐの角を曲がると


『いたいた』


一体のゾンビが壁に向かって突っ立っている。アイツで試してみよう。


『武器は使わないの?』


『うん、ビルで使った毒だけど、あれ毒の濃度が強すぎたみたい。もっと上手に使えればなって思ってさ』


『ええ〜前みたいにぐちゃぐちゃになるのは嫌よ』


『そうならないといいんだけどね。あの時より半分くらいの濃度まで薄めるイメージをして……』


次に僕は人差し指に意識を集中させる。


『こうやって指先に意識を向けると……ほら、さっきの毒が出てきた』


ほんの一滴、指先に毒が生成できた。それを指で弾いてゾンビに飛ばす。


ピッ!


ゾンビの首筋に付着した。

そこで、そのゾンビは僕に気がついたみたい。低い唸り声を上げながらヨロヨロと近づいて来た。

すると、


シュー……


蒸発する音と共にゾンビの首から煙が出てきた。


『うわぁ、気持ち悪い……やっぱりィ……』


ゾンビはグズグズと溶け出して、最後にはベチョッとその場に崩れ落ちてしまった。


『あれぇ?まだ毒の濃度が高いのかな?難しいな……』


『アタシ、毒嫌い。見てよ、すでに人の形を成してないじゃない』


またもやモザイクをかけないとアウトなヤツになってしまった。ダフネがうるさいから毒の検証はまた今度にしよう。

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