第8話 約束/毒

プシュゥゥゥー……


動脈を噛み切られたのだろう。

OL姉さんの首元から噴水のように鮮血が飛び出た。

ああなってしまったら、もう助かる見込みはない。


「あ、あぁ……」


メガネえさんはショックのあまり腰を抜かしてしまった。


僕はOL姉さんからゾンビを引き剥がして、そいつの目に包丁を突き立てた。

他にも隣の部屋にゾンビがいたから、漏れなく屠ってやった。


ピコンッ


『経験値が一定数を超えました。ノビタリス・ゾンビから存在進化を開始します……対象者藤宮真尋フジミヤマヒロは、[グール]への進化に成功しました』


あ、レベルアップだ。

アナウンスと同時に身体がほのかな光に包まれた。


グールに進化して肌の色は少しはマシになったけど血色はまだ悪い。肌に少しハリが出てきたかな?


『瞳の色が変わったわよ』


と、ダフネ。


おお、それはありがたい!

オフィスに設置してあるキャビネットのガラス戸を見る。


「なんじゃこりゃ……」


ガラスに写った自分を見て思わずため息が出てしまった。


本来黒目の部分は血のように赤く、白目の部分は闇のように暗い黒だった。

これじゃもっと化け物じみて見えてしまうな……


メガネえさん床にへたり込んで一点を見つめている。

これはしばらくかかるかな。


『マヒロ、その女もすぐにゾンビに転化するわよ』


あ、そうだった。OL姉さんの脳を破壊しておかなきゃな。


「待って!」


『メガネえさん……?』


止める気かな?それは同意できないな。


「私がやる……包丁を貸して」


包丁を受け取ると、メガネえさんはOL姉さんの骸にまたがって包丁を振り上げた。


「約束……ちゃんと果たすよ」


ザシュッ


OL姉さんに包丁を突き立てたまま、メガネえさんは立ち上がった。


「ありがとうございました、マヒロさん……」


『返り血はしっかり拭き取ってくださいね。目に入っても感染しますから』


「どこまでもドライですね……それと、メガネえさんじゃなくて、[新藤 涼音シンドウ スズネ]です。」


『そうですか、では新藤さん行きましょう』


「その前に、彼女の荷物から必要なもの頂いていきます」


『……意外です。てっきり彼女のため、とか言って残していくのかと思いました』


「私は生き残る……彼女の分まで」


『……それが約束、ですか?』


「いいえ……どちらかが感染したら、残った方が必ず殺す、と」


『そうですか』


フッ


一瞬、新藤さんが笑ったように見えたけど気のせいかな……?


でも………なぜ僕はそんなことを聞いたのだろう。

昨日会ったばかりで、今日にも死んでしまうかもしれない人間に対して、僕にとって関係のない質問をするなんて。

新藤さんが言う通り、人当たりはドライを突き通そう。その方が楽だからね。









「1階から外に出られないなら、地下1階からも出られるので、とりあえずそこから出てみましょう」


あれだけのバリケードが敷かれていたんだ。同じことを考えて地下から脱出した人もいると思うけどな。

まぁここは新藤さんの方が詳しいし、そのとおりにしてみよう。


案の定、地下1階まで下りてくると、通路に結構な数のゾンビが徘徊していた。バリケードっぽいものはなさそうだ。

どうするかな……


『マヒロ、ステータスボードを確認してみたら?』


そうだレベルが上がったから何か新しいスキルとかが得られたかもしれない。


ステータスボードをみるとスキル欄に[毒生成]と[毒耐性]が追加されていた。デバフは当然消えていない。


毒耐性なんかもともと何をされたって死なない身体なんだからあまり意味をなさない。

ならば、毒生成か……

イメージ、こういうのはイメージが大切だ。


「どうしたんですか?」


新藤さんからしてみれば僕がフリーズしているように見えたのかもしれない。


『新藤さん、僕が向こうの通路にいるゾンビを一掃してきます。ここから絶対に動かないでください』


「わ、分かりました。気を付けてください」


僕はおじさんが持っていたような即席の槍を新藤さんに渡して、通路に向かって走り出した。


『魔法はまだ使えないわよ?それに手足がちぎれたら魔力を消費するんだから気をつけてよね』


『善処するよ』


ゾンビたちが僕に気づくと、ひとりまたひとりと僕の方によって来た。


「ヴぁ!」


自分の声を出してみたけどうまくいっているみたい。

よしいいぞ。もっと集まってこい。


わらわらとゾンビたちが集まって来た。あと2mというところで、


ブゥゥウウ!!


『毒霧攻撃じゃー!』


僕はプロレスラーのヒールのように毒霧をゾンビの群れに向かって吹きかけた。


緑色の毒霧がモヤとなってゾンビたちを包み込む。予想に反して広範囲で濃いモヤとなってしまった毒霧は、僕の目の前にいたゾンビさえもモヤの中に隠れてしまった。


シーン……

さっきまで低いうめき声をあげていたゾンビたちの音が聞こえない。

少しづつモヤが晴れてくると、ゾンビたちの姿が徐々に見えてきた。


あれ、うまくいかなかったのかな?

ゾンビたちは固まったまま動かなくなってしまった。


しばらくすると、一体のゾンビがビクビクと痙攣し始めた。それに呼応するかのように、他のゾンビも痙攣し始めたではないか。まるでゾンビたちがダンスをしているみたいだ。


なになに?ちょっとキモいんだけど……


そして、次の瞬間


バァン!

ババババン!!!


ゾンビが腐肉をまき散らしながら、風船が割れたみたいに弾け飛んだ。


ピチャリ、ピチャリ……

爆発が終わった通路に再び静寂がもどり、しずくが滴る音だけが虚しく聞こえてきた。

おしゃれな造りの通路は一瞬にして、ゾンビたちの赤黒い血肉の池になってしまった。


肉片まみれになった僕は思った。


『二度と毒霧は使わないぞ……』


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