第5話 ステータス
「いいか、お前はエレベーターの前から一歩も動くな。絶対に厨房には入るなよ!」
なんでおじさんが命令するんだよ?
助けるのは僕だよね。
……まぁどうでもいいや。
『自分から厄介ごとに首を突っ込むなんてフェリオスみたいねッ』
フェリオス?
……そうだ、勇者フェリオス。僕の仲間だ。
そんなことも忘れていたのか。
この身体になってから記録が虫食いみたいにマダラだ。消えたり思い出したりもする。
しかも、忘れた記憶を取り戻したいといった欲求も希薄だしそれほど動揺もしていない。
そりゃそうだ。僕は今、魔物だ。心だって魔物寄りになっているだろうさ。
でも、心が完全に魔物になるのは、さすがに嫌かな……
だからというわけじゃないけど、自分の身に起きたことはしっかりと把握しておかないとダメかも。
『ダフネ、僕がこの世界に戻ってきた経緯を教えてくれるかい?』
『いいけど……きっとショックを受けると思うわよ?』
『いいよ。ちゃんと知っておきたいんだ』
*
『そうか……魔王の呪いで……王国の皆には悪いことしたな……』
『あなたのせいじゃないわ。みんな魔王の呪いが原因でしょ?』
『うん、そうなんだけどさ……それで、どうして僕はこの建物にいるの?』
『その前に説明しなきゃならないんだけど……この世界のゾンビはあなたが生み出したものよ……多分だけど』
『!!』
『……言わない方がよかった?』
『いや、そんなことない。続けて』
『そ?この世界に送還された場所は公園だったわ』
『僕がアーレスに召喚された仙台の公園だ』
『あたしもあなたの中に封印されていたから、断片的にしか見えてないんだけど……私が気づいた時には、あなたは次々に人間を襲っていた。襲った人間たちもゾンビに転化して、次に見えた時にはその街はゾンビの街になっていたわ』
そこらへんはまったく憶えてない……
あそこはおじいちゃんの家がある街だ。
おじいちゃんもおばあちゃんも無事ではないだろうな……
『しばらくしてから、この国の軍隊が出てきてあなたを攻撃してきた。あなたを倒せなかったからかどうかは分からないけど、どうにか拘束して空飛ぶ船でこの大きな街にやって来たの」
『その空飛ぶ乗り物で直接ここへ?』
『ううん、鉄の馬車に乗り換えて何か所か連れ回されてたみたいだけど、それぞれの場所はそう遠くはなかったかな。最後にこの建物に連れてこられたって感じ。まぁここに着いてからもそうだけど、どこに行ったって結構あなたは暴れていたわよ』
軍隊……というか自衛隊だな。ヘリコプターで連れてこられたのか。公的機関を回された挙句この施設で僕を研究対象としていたのかな。
『空飛ぶ乗り物はどれくらい乗っていた?』
『そうね……多分だけど1時間くらいかしら』
そうか、たくさんの黒煙が邪魔してたし街並みを見ただけでははっきりとは分からなかったけど、やっぱりここは東京だろう。それにしてもこの有様は……
『ダフネが、僕が人間を襲うところを止めてくれたらよかったのに』
『だからぁクソ魔術師たちに封印されてたのよ。その解呪に手間取っちゃって。封印を解呪したタイミングが地下のあの廊下だったわけ。そのあとゾンビだらけの中、頑張ってあなたに正気の魔法をかけたのよ?』
『そうか……ありがとう。よく分かったよ』
僕が原因でこの世界はめちゃくちゃになった。それにアーレスの世界も。
普通だったら発狂ものだけど、なぜだろう……ぜんぜん罪悪感なんてものを感じないや。心も落ち着いている。すごく不思議な感覚だ。
『ああそうだ、ついでに僕のゾンビの呪いも解いてくれる?』
『できなくはないけど……難しいかな、魔力が足らないもの。この世界は魔素が薄いし簡単に魔力を補給できない。アーレスに戻ってからの方が現実的かも』
『僕の魔力を使っても足らないの?』
『確かにマヒロの魔力量は規格外だけど、魔王の呪いはあなたの魔力量が枯渇するほど強力なの。呪いを解いたらアーレスに戻るための転移魔法が使えなくなるわ』
『アーレスに戻れるの?!』
『門の位置さえ間違わなければね。大量の魔力を消費するけど門を開くこと自体はそんなに難しいことじゃないわ。マヒロがこの世界に留まりたいって言うなら話は別だけど……』
『それは、嫌だ……僕は絶対にアーレスに戻りたい』
『なら決まりね。あなたが通って来た転移門の場所に戻りましょ』
遠いなぁ。仙台まで徒歩だとどれくらいかかるんだろう……
『その前に、このゾンビの姿どうにかならないかなぁ。旅の途中、人間にも襲われるのは面倒だよ』
『うーん、転移魔法のために魔力は温存しておきたいのよね……そうだ、ちょっとステータスボードを開いてくれる?』
ステータスボード……ゲームによくあるヤツ。特に説明はいらないかな、すんなり思い出せた。こっちでも魔法が使えるんだから、それほど不思議ではない。
『ステータスオープン』
ポォンッ
ゲーム的効果音がしてお馴染みのステータスボードが開いた。
『ほら、ここ見て。種族のところ』
『ノビリタス・ゾンビ……あぁ、目覚めたときに存在進化がどうのってアナウンスみたいのが聞こえたけどこれのことか』
『そう!あたしにも聞こえた。このチキューでもアーレスみたいに経験値を積めばレベルが上がって、魔物のレベル、つまり存在進化が可能ってことなのよ!』
『強くなるってことだよね?』
『そうね。それにゾンビが存在進化すれば不死系統の魔物だから人間に見た目の近いヴァンパイアとかにもなれるでしょ?』
『まぁ人と変わらない姿だったらなんでもいいけど』
『マヒロが強くなればそれだけ旅が楽になるわ!頑張ってよね!』
強くなる、ねぇ……
僕はおじさんに言われたとおり、律儀にエレベーター前に戻ってきた。
床に腰掛け、再びステータスボードをに目を落とす。
ところどころ文字化けしているな……
ノビリタス・ゾンビって普通のゾンビと何が違うんだ?
スキル欄に、[感染力増強]と[再生能力強化]と表示されている。
再生能力強化は何となく分かるけど、感染力の強化なんていったい何の意味があるんだ?ゾンビが増えたって僕に襲いかかってくるだけじゃないか。それから……
『[忘却(強)]と[失見当識(強)]か……』
これがダフネが言っていた魔王の呪いなのかな。文字化けもこれが原因か。このデバフを消し去る手立ては今のところアーレスに戻ること以外ない。
あぁ面倒だなぁ。
ステータスボードを消して横になる。
ぜんぜん眠くない……そういえばお腹も空かない。まぁゾンビだからね。
そして――
どう夜を過ごそうかと考えていた時だった。
「キャァ!!」
厨房の方からお姉さんの悲鳴が聞こえた。
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