冒険者シックルの報告

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 依頼を受けてから数時間後、シックルは、大慌てで冒険者ギルドに向かって走っていた。彼の心臓は高鳴り、息は荒く、全力で走って来たことが伺える。ギルドの木製の扉が大きな音を立てて開くと、彼はそのまま中に飛び込む。周囲の冒険者達が驚いた視線を向ける中、シックルは一心不乱にミラを探した。


「ミラさんを呼んでください! い、急いで!」


 彼は声を絞り出す。激しく息を切らしていて、シックルの体は少し震えている。慌ただしくやってきたミラは、彼の様子を見てすぐに何かが起こったことを察した。彼女の金色の長い髪が揺れる。


「シックルくん、どうしたの? 何があったか、落ち着いて話せる?」

「ど、洞窟の入り口に入ったらっ、ウィスプ・キングになりかけの個体がいました! 例の、『赤いウィスプ』です!」


 シックルは、言葉を急いで吐き出すように叫んだ。彼の目は不安と興奮で輝いている。


「本当!? どの階層に!?」


 ミラの声には緊張が混じる。彼女はすぐに状況を把握し、ギルドの職員やギルドメンバーを集めるベルを鳴らす準備を始めた。


「一階層です! もうすぐで外に出てしまうところでした!」


 シックルは、手を振りながら必死に説明する。彼の脳裏には、洞窟の暗い通路や、ウィスプの赤い光が点滅する様子が鮮明に浮かんでいる。


「なんですって!?」

 

 ミラは手に口を当て、目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。彼女の心臓は高鳴り、周囲の冒険者たちの視線が集まる。焦って周囲の仲間に声をかけようとするミラに、シックルは落ち着いた声で告げた。

 

「あ、でも、一旦は大丈夫だと思います! 僕が見つけた個体はなんとか倒せました……! 一部始終、記録も撮れてると思うから、まずは、確認してください!」


 彼の言葉には、他にも『赤いウィスプ』がいるかもしれないという恐怖が感じられた。ミラはその言葉を聞いて、すぐに行動に移る。

 

「ホロ・オーブ、照射します!」


 シックルが提出したホロ・オーブに、急いでミラが手を当てる。やがてホロ・オーブから光が照射され、ギルドの壁に投影される。そこには真っ赤な体をした巨大なウィスプの姿が映し出されていた。


「これが、『赤いウィスプ』……!」


 その体積はとても大きく、通常のウィスプの三十倍はあった。ウィスプの赤い光は不気味に揺れ、周囲の空気がピリピリと緊張感を帯びていることが画面越しでも伝わる。


 そして洞窟の入り口に立つシックルが、樽からバケツで掬った聖水をウィスプにぶち撒ける姿が映った。聖水がウィスプにかかると、まるで綿あめが溶けるようにその部分が大きく削れる。

 幸い、まだウィスプ・キングの形態には至っていなかったようで、赤いウィスプは反撃することなく、みるみるうちに弱っていった。赤いウィスプが少しずつしぼんで削れていく姿が映っていた。周囲の冒険者たちも、その映像に目を奪われ、驚きと興奮が広がっていく。


「おお、すげえ、だ! ばあちゃんの言ってたやつ!」

「マジでいたんだなあ……よくやった! お手柄だぞ、シックル坊や!」


 ホロ・オーブの映像を一旦停止させて、ミラはシックルに語りかけた。


「こんなに大きな個体、倒すの大変だったでしょう。怪我はしなかったかしら?」

「はい。大丈夫です。緊急事態だからってことで、教会の神父様にも聖水浴びせるの手伝ってもらいました。結局、聖水を樽三つくらい使って、それでなんとか全部消滅させられました。ほんと、大ごとになる前でよかったです……」


 ミラは、手元にあるディズガンサ地方魔物図鑑を開いて、そのページをシックルにも見せてくれた。

 

「ウィスプはだと言われていて、ウィスプ・キングになると、強大な魔法が使えるようになるの。『赤いウィスプ』および、ウィスプ・キングが前回発生したのは、正確には二十八年前……。魔法を使える魔物は危険よ。そうなれば、最低でも銀等級の冒険者に依頼を出さなければならず、依頼を受けてもらえなければ被害が拡大してしまうところだったわ……」


 以前のウィスプ・キング発生時に亡くなった祖父を思って、ミラは一瞬だけ目を閉じた。その姿を見たシックルは頬を掻きながら、真剣な表情で告げた。


「あの、出過ぎたことだと思うんですけど、『はじまりの洞窟』の奥の奥まで調査したほうが良いと思います。ウィスプの発生源があるなら、潰しておいたほうがいいんじゃないかって。まだ、誰も知らない階層とかあるのかもしれません。僕じゃ倒せない強さの個体が、どんどん出てくるかもしれないし……」


 彼の言葉には、仕事をやり遂げた者特有の責任感がにじみ出ている。ミラはその言葉に頷き、深々と礼をした。


「――はい。緊急で調査依頼と討伐依頼を出します。、情報提供と、巨大ウィスプの討伐、ありがとうございました」

 

 彼女の声には、シックルへの感謝と共に、ユニーク個体の発生というイレギュラーに対応するための覚悟が込められていた。報告を終えたことで少し緊張が緩んだシックルは笑顔を浮かべた。

 

「あの。僕はまだ弱いですけど、僕で役に立てることが何かあったら、呼んでください。僕もできる限り協力します!」


 ウィスプの依頼を嫌がっていた少年が、巨大ウィスプとの戦いを経て一回りたくましくなっていた。彼の言葉に、ミラは心強さを感じて微笑んだ。

 

「ありがとうございます」 

「あと、あの、特殊個体を討伐した分、報酬弾んでくれませんか? 僕だけじゃなくて、聖水運びと赤いウィスプ討伐を手伝ってくれた神父様にも! あ。でも、神父様は、直接お金もらっちゃいけないんですっけ……」

「ええ、その点も加味してギルド上層部に掛け合います。急いで対応いたしますので、少々お待ちくださいね」

「やった。よろしくお願いします、ミラさん!」


 ミラは、概算の報酬額を知らせてくれた。最低保証額でも、銀硬貨二枚という贅沢が許される金額が提示される。今日の夕食はおいしいご飯が食べられそうだと思い、思わず腹を鳴らした。新人冒険者は、いつも腹を減らしているものだ。故郷であるディズガンサ地方の被害を未然に防げたことと、思いがけない臨時収入で、シックルの気分はとても良かった。


「ああ……ケンタウロス肉のロースト食べようかなあ。焼きコカトリスもいいなあ……。オーク肉の薫製もちょっと食べたい……報酬額次第では海鳥亭に行こう……」


 特殊個体を討伐して、冒険者ギルドに報告した時点で、新人冒険者シックルにできる範囲の役目は十分以上に果たしただろう。シックルは涎を垂らしそうになりながら、豪華な食事を想像して笑っていた。


「ミラさんに一人前扱いしてもらえるようになったし、いいご馳走にありつける。最高だ! 赤いウィスプのお陰で、今日はなんて素敵な一日なんだろう!」


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