駆け出し冒険者の平凡な日常+α

ジャック(JTW)

駆け出し冒険者シックルのウィスプ退治

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 この世界には、魔物とそれを倒す冒険者が存在する。

 冒険者たちは冒険者ギルドに所属し、魔物を討伐することで報酬を得ている。

 ギルドは、冒険者が倒した魔物の素材を買い取り、それを加工して武器や防具を作ったり、薬に精製して販売したりすることで収益を上げている。

 この収益が、冒険者たちへの報酬となる。


 しかし、世の中には、倒しても利益にならない魔物もいる。その代表的な存在が、ディズガンサ地方特有の魔物「ウィスプ」。

 ウィスプは宙に浮かぶ火の玉のような姿をしており、実体がないため、フワフワと浮かび、視界を塞ぐだけの非常に弱い魔物。

 人を攻撃することも、農作物に害を及ぼすこともなく、聖水をかけることで簡単に倒すことができるが、倒した後は影も形もなく消えてしまう。


 そのため、ウィスプをいくら倒しても冒険者ギルドには利益がない。素材を落とさないウィスプを狩っても冒険者にとっては旨味がないため、あまり狩られることはない。さらに、ディズガンサ地方に出現するウィスプは、『はじまりの洞窟』と呼ばれる洞窟の内部に現れ、退治しても退治してもいつの間にか増殖してしまうという厄介な生態を持っている。


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「十回連続ウィスプ退治って、どういうことですか!」

 

 十四才の少年シックルは、茶色の髪と瞳を持つ少年で、冒険者ギルドの受付で絶叫した。彼の声は、周囲の冒険者たちの注目を集めた。

 彼は、のような特別な力も持たず、平凡な村人の両親の間に生まれた。ありふれた夢を抱き、どこにでもいる新米冒険者として活動し始めたばかりだ。そんなシックルは、確かにリスクの低い依頼を求めていた。とはいえ、まさかこんな単調な仕事が連続して待っているとは思ってもみなかった。


 ウィスプ退治は確かに危険がほぼなく、聖水を撒くだけで簡単に倒せる。しかし、シックルにとってはそれが退屈で仕方がなかった。冒険者の醍醐味は、スリルと戦闘にあるはずだ。

 ディズガンサ地方のウィスプは、まるで子どもが遊ぶためのぬいぐるみのような弱さで、彼の冒険心を満足させるものでは全くなかった。


「もう嫌だ! こんなの、誰にでもできる作業じゃないですか!」


 シックルは思わず声を上げた。周囲の冒険者たちは、彼の叫びに笑いをこらえながらも、彼の気持ちを理解していた。彼らもかつては同じようにウィスプ退治を経験したのだ。ギルドのベテラン冒険者達が優しく声をかけた。


「でも、これを乗り越えればもっと面白い依頼が待ってるぜ」

「そうそう。最初はみんな通る道さ。ウィスプを倒すことで、君の経験値も上がるし、次のステップに進むための基礎を築くことができるんだ、頑張れよ」


 シックルは、少し考え込んだ。確かに、冒険者として成長するためには、地道な努力も必要だ。しかし、心の中ではもっとエキサイティングな冒険を求めていた。彼は思い切って、もう一度ギルドの受付に向かい、「他の依頼はありませんか? ウィスプ以外の!」と叫んだ。


 その声に応じるように、ギルドの奥から美しい受付嬢ミラが現れた。鮮やかな金髪と青い瞳を持つ彼女は、シックルの目を見て微笑みながら言った。


「実は、最近ウィスプの異常発生が報告されているの。普通のウィスプではなく、少し特別なものがいるかもしれない。興味があるなら、調査してみない?」

「特別なものって?」

「極稀にいるらしいの。特殊個体、『赤いウィスプ』がね。普通のウィスプは、ただ浮かんでいるだけの弱い魔物だけれど、その個体は、周りのウィスプを取り込んで、ウィスプ・キングと呼ばれる変異種になる可能性があると言われているの」

「……でも、いなかったら? 普通のウィスプ退治じゃないですか。ちなみに、前にその『赤いウィスプ』が出たのっていつなんですか?」

「約三十年前に発見例があるわ。……わかってる、可能性がすごく低いことなんて。それでも、ウィスプ・キングが発生する可能性があるならきちんと対処しておきたいの。お願い。ウィスプ・キングは、私のお祖父様が、討伐任務で亡くなったほど、強い魔物なの……」


 冒険者ギルドの受付嬢、ミラが深々と頭を下げる。ミラから頼まれるとシックルは弱い。しかし、何度も何度も安い対価で重労働をさせられていると、シックルも疲れてくる。シックルは頬をかきながら、困ったように目を逸らした。


「ええ〜……ミラさんの頼みでも、もう、やりたくないですよ……」


 ミラは、その言葉を聞いて俯いた。シックルは罪悪感を覚える。シックルだって、本当はわかっている。シックルの言っていることがただのわがままだということも。

 ウィスプ単体では何の脅威もない。しかし、万が一にも、特殊個体が存在して、寄り集まってウィスプ・キングになってしまえばたくさんの人が死ぬ。だからこそ、低い危険性だとしても真摯に対応しようとしているミラの姿勢が、間違っているわけではない。シックルは、ため息をつきながら頷いた。


「…………ああ、もう、わかりました、わかりましたよ! 最後に、今回だけ受けます。次はぜっったいに受けないですからね! 次に大量発生が起きる前に、別の冒険者を雇ってくださいね!」

「ありがとう、シックルくん」


 受付嬢のミラは、笑顔になって、手続き用書類を準備するために一旦奥に引っ込んでいった。シックルは、彼女の後ろ姿を見て苦笑した。


「あーあ。また引き受けちゃった……」

 

 シックルだって、本当は迷宮の大冒険や、強い魔物との波乱万丈な戦闘がしてみたい。しかしそれでも、ミラの笑顔には弱い。冒険者になりたてで、右も左もわかっていないシックルに、冒険者として活動するための情報を丁寧に教えてくれたのもミラだったから。

 

 冒険者ギルドは、国や地方公共団体とは無関係な民営の団体であり、魔物素材を使った商品開発や販売によって利益を追求している。そのため、本来であればウィスプ退治のような利益のない仕事から手を引いてもおかしくはない。しかし、地域密着型をモットーとする多くの冒険者ギルドは、ディズガンサ地方でのウィスプのようにお金にならない魔物退治にも、多少なりとも資金を出している。それがたとえ子どものお小遣い程度だとしても、安全に稼げるお金があるということは、駆け出し冒険者のシックルにもありがたい。そう思うことにした。


「こちらにサインをしてください。それをもって、依頼開始となります。場所は『はじまりの洞窟』、討伐目標は50体。50体に満たない場合でも、一階層のすべてのウィスプを退治してくだされば十分です。今回は、他の魔物と違って討伐の証拠品が手に入りませんので、倒した瞬間の記録を冒険者用ホロ・オーブに記録してください。よろしくお願いします」


 シックルは、書類にサインをしてミラに渡した。ミラは、笑顔で貸し出し用ホロ・オーブを渡すと「いってらっしゃい、お気をつけて!」と言ってくれた。その笑顔が一番の報酬かもしれないなんて、そんなきざなことをシックルは思った。


「……まずは、樽と台車を借りて、教会に頼んで、聖水をもらってくるところからだよね」


 ディズガンサ地方の教会は、冒険者ギルドと提携している。特例として冒険者ギルドから依頼された魔物退治に必要な場合だけ、必要な分の聖水を安価で融通してくれるという仕組みがある。

 しかし、聖水の運搬は依頼を受けた者、今回の場合はシックルがやらなければならない。この運搬が重労働で、そのために冒険者の多くはウィスプ退治を嫌がるようになるのだ。


「よし、やるぞー!」


 シックルは気合を入れるためにつぶやくと、樽と、樽運搬用の台車を借りるために、冒険者ギルドの隣に併設されている貸し出し倉庫に向かって走り出した。


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