第3話 旅の始まり



  ◇◇◇



 ――冒険者ギルド



「パーティーから脱退したので、手続きを頼む」



 開放感に街を出ようとした俺は、現実に引き戻された。


 冒険者カードはパーティー名も記載され、メンバー内での通信や位置情報などもわかるなど、この世界で1番文明的なものなのだ。


 つい先程、乗合馬車に腰掛けてワクワクドキドキしていたが、(あっ。パーティー抜けてないわ……)なんて感動に水を差され、冒険者ギルドにやって来たのだ。



「……え、ぇえっ!? リノ君が斬雨(キリサメ)抜ける?」



 今日は猫耳のカチューシャを付けている受付嬢のマリアンヌはバカみたいにデカい目を更に大きく見開く。


 彼女とは5年の付き合いだ。

 顔ははちゃめちゃに整っているが、電波脳で獣人に憧れる変わり者の受付嬢だ。


 雑用ばかりで馬鹿にされている俺にも分け隔てなく……、いや、俺にだけ過剰に接客してくれる数少ない友人の1人でもある。


「へ、へぇ〜……そっかぁ〜……」


「あぁ。色々あって……。この街も出ようと思ってる」


「…………ほ、ほぉ〜……」


「えっ? なにその反応」


「ふむふむ……。ピピーンッ!! その顔からして、女絡みですな? ついにニノンちゃんとやってしまったと……」


「ふっ……、1ミリもカスってないし、ピピーンッとか言ってて恥ずかしくないか?」


「ぐっ……ぬぬ。流石のツッコミですな。今日は尻尾を付け忘れてきたので心眼を使えぬのだ……」


「2秒でキャラ崩壊しないでくれ」


「か、かしこまりぃ!」



 ピシッと敬礼をしたマリアンヌは、「ふーんふーん」なんて、えらくスローテンポな鼻歌を歌いながら書類と魔道具を取り出し始めた。

 

 まったく……、本当に残念な美人だ。

 お互い異性として全くみてないと言うのもあるだろうが、なかなか楽しかったなぁ……。



「ふーんふーんふーふーんふーふーふーん……」



 マリアンヌはよくこの鼻歌を歌う。

 本当におかしな受付嬢だなんて笑っていたが、記憶を取り戻した俺は、ブルブルッと身体が震える。



「はい! これで準備おっけー!」


「…………」


「じゃ、じゃあ、ここにリノ君の硬いの入れて? ゆ、ゆっくりね? こ、壊れちゃうからぁ〜……」


 バカみたいに猫撫で声でくねくねとする猫耳をつけた受付嬢。いつもなら笑いながらツッコミの一つでも入れて、さっさと作業を終わらせるのだが……、



(……マリアンヌも転生者?)



 俺は先程の衝撃で絶句したままだ。

 いつもマリアンヌが口ずさむ鼻歌は、めちゃくちゃ日本国歌だったのだ。思えばおかしなところはたくさんあった。


 指をピストルの形にして「バンッ!」と言ったり、意味不明だった言葉……、“ダイソツ(大卒)”、“ゲーム”、“スマホ”、“バイク”……他にも数々の言葉は日本人なら馴染みのあるものばかりだ。


 美人だけど頭がおかしい受付嬢。


 まぁ下ネタ過多なところもボケすぎるところもおかしいっちゃおかしいが、転生者だとするなら、ただの明るくて面白い女性……。



「リ、リノ君? な、なかなか恥ずかしいぞ、このぉ! ウチの渾身の淫語を無視しちゃってさぁ〜!!」


「ぁっ、ああ。ごめん……」


 俺は冒険者カードを取り出して魔道具に差し込むと、


「んっ、あっ、あぁんっ……は、激しいよ、リノきゅん……」


 マリアンヌは小さな声でエロい声を出す。


 こ、この女は大丈夫なんだろうか……。

 なんか、一周回って逞しいな。

 実は中身は男……?


 けっこうな下ネタも変顔とかも濃いいし、TS転生とかなのかもな……。



「……リノ君? なんか今日、ノリが悪くない?」


 

 むーっと口を尖らせるあざとさ……。

 中身が男だとしたら相当な変態かも……。



「ぷっ、ハハッ! マリアンヌ、色々と世話になった。お互い、頑張ろうな?」



 正直、気にならないと言えば嘘になる。

 こちらから名乗ったところで意味もない事だ。


 俺もお前みたいに逞しく生きていくぞ。

 絶対に攻撃手段を見つけて、真の無敵に……。


 

(にしても、こんなに近くにいたんだなぁ〜……。同郷の人間は割と多いのかもしれない……)



 俺は冒険者カードのパーティー記載の欄が、「無所属」になったことを確認してスッとマリアンヌに手を差し出す。


「俺は1人で頑張ってみるから! いつかまた会った時は一緒に酒でも飲もう!」


「…………」


「……ん? 握手……しない?」


「もぉ! なに言ってんのさ! “親友”が独り立ちするんだよ? ウチも付いて行くにきまってんじゃん!」


「……はっ? いつから親友に、」


「ウチのスキルは【鑑定】……。これ、なかなか“チート”なんだよ? 絶対にリノ君の力になれる! 大船に乗った気になればいいさっ!!」


「…………」


「むぅ〜……、連れて行ってくれないと、“解呪方法”教えてあげないぞ?」



 プクゥッと頬を膨らませるマリアンヌ。

 俺はあざと可愛いイカれた友人を見つめたまま、かなりパニックになっていた。



 のだが……、


「し、知ってたなら早く教えろよっ! な、なにが親友だ! 言うタイミングは腐るほどあっただろ?」


 超重要な情報に思考を全振りした。


「……テ、テヘッ……ペロ……?」


「テ、テヘペロじゃねぇ!」


「だ、だって……だってだって、だってだってなんだもん」


「キューティー○ニーしてる場合か!」


「……ッッ!!」


「…………ぁっ」


「ふぅ〜ん……」



 俺が小さく言葉を漏らすと、マリアンヌはキラッキラの紺碧の瞳を細め、屈託のない笑顔を浮かべる。



「ふふっ……。はぁ〜あ!! やれやれだね。本当、やれやれだよ。水臭いなぁ〜ほんとに! 長かったなぁー! ここまで!! ブレーキランプ5回点滅させた甲斐があるよぉ〜!」


「ブレーキランプなんかないだろ……。……あ、あのマリアンヌさん?」


「ふふふふっ! 楽しみだね? もふもふだらけの獣人の国!」


「なっ、なんでそうなる?」


「んじゃ、ウチもギルド辞めてくるから、ちゃんと待ってなきゃ、“めっ!”だぞ!?」


「ちょ、ちょっと待て!! おい!」


 

 俺の制止を無視して、マリアンヌは素晴らしい身のこなしで階段を駆け上がるとギルド長室へと消えて行った。


 残された俺は数秒間ポカーンと放心したが、


(……いや、ずっとアイツと一緒はツッコミ疲れる!!)


 なんてギルドを後にしようとする。

 解呪法があるってわかっただけで収獲があった。


 教会では原因不明と言われ、呪われていることすら判別不可だったことを思えば僥倖だ。


 うん、よし……。

 攻撃手段を見つけて、解呪を目指す方向で!!

 で、ではでは、これにて……。




 ザザッ……



 進行方向を塞がれて顔を上げると、そこにはAランクパーティー“竜爪(ドラゴンクロー)”のリーダーが立っている。



「ついに首になったのか? ……『実験体』君」


「ローラン……。ま、まぁ、似たようなものかな。じゃあ、お元気で」



 俺はそそくさと横を通り抜けようとしたが……、



 ガシッ!!



 肩を掴まれて止められる。

 正直……、それだけでめちゃくちゃ痛い。

 

 コイツらレベルになると、少し強めに握られただけで激痛だ。耐久が[F]……。身体の見た目は大人ではあるが、俺は中身が子供なんだ。


 ステータスが全てなんだと自覚させられる。

 


「まあ待てよ。お前、もう斬雨(キリサメ)は関係ねぇんだろ?」


「…………まぁ」


「俺、ずっと気に入らなかったんだよなぁ〜。……『最強の囮』君」



 ギューッ……



 ローランは徐々に肩を掴む手に力を込める。



「1人じゃなにもできないくせに、Sランクなんてよぉ。おまけに可愛い恋人もいるって? いいよなぁ! 雑用係の分際でいい身分だよなぁ〜……」


「……離してくれ」


「あれぇ? ドラゴン相手にも無傷なんだろ? 俺がつかんだくらいで痛いのかぁ?」


「……」


「ぷっ、クハハハッ!! 俺の【竜爪】が本物のドラゴンより強いのか実験させてくれよぉ」


「……ハハッ。お前じゃ俺に触れる事すらできないぞ?」


「…………クハッ。じゃあ、試してみようぜっ!! 《竜爪(ドラゴクロー)》!!」



 ズズズッ……



 ローランは俺の肩を掴んでいない方の腕を振りかぶる。


 その爪はまさにドラゴンの爪に変化されているが、俺はその瞬間に掴まれていた肩の手から抜け出し……、


 スッ……


 

 爪を躱して一瞬で背後へと回り込む。 



「チィッ! オラァア!!」



 ローランは力任せに腕を振り回すが、俺はもっと速い狼の牙を……もっと力強い竜の鉤爪を“見てきた”。俺はずっと見てきたんだ。


 3分間、全ての攻撃を無効化することをいいことに、俺は最前線で屈強で獰猛な魔物たちを観察してきたんだ。



(……少し優れた人間の攻撃なんて止まって見える)



 確かにスキル【竜爪】の威力は相当なものだろう。事実、Aランクまで登り詰めたのがその証拠だ。


 だが……、スキルを使うまでもない。

 当たらないのだから当たり前……いや、“反動”があるかもしれないから念のため発動させておくか。



「《3分間無敵(パーフェクト・タイム)》」



 ズワァア……



『3:00』『2:59』『2:58』……



 全身に魔力がみなぎり、視界の端にはカウントダウンが表示される。


 今まではなんとも思っていなかったが……、



(……ここは『異世界』なんだなぁ!!)



 今更ながら実感する「非現実」。



「死ねぇえ!!」



 ローランの《竜爪》を避ける必要はもうない。



 ガギッ……



 もう、コイツは触れることすらできない。

 魔力の膜は絶対の防御。



「ぐっ……ギギギギッ……」



 そんなに力んでも意味がない。



「クソッ! クソ、クソッ!! クソザコがッ!!」



 ガギッ!! ガギッ! ガギンッ!!



 徐々に真っ赤になるローランの顔。

 必死の形相はとんでもなく不細工だ。



「うぅーん、ごめん。わからない……。本物のドラゴン鉤爪も、ローランの《竜爪》もどっちも同じだからな……」


「ふざけんじゃねぇえ!!」



 ガギンッ!!



「……迫力は本物のドラゴンの方がある。そこは雲泥の差があるけど?」


「貴様ぁあっ!!」



『1:58』『1:57』『1:56』……



 さて……、少し検証してみよう。


 俺は確かに筋力と耐久が[F]だ。

 だが今の状態での耐久は[SSS]みたいなものだ。


 そして……、



 タンッ!!



 俺の敏捷は[S]だ!!



 ガシッ……



 俺はローランの腕を掴み、そのまま高速で移動した。もちろん関節の反対側へと……。



 ゴリッ……



 肩が外れる鈍い音が鳴る。



「ぐっぁああっあっ!!!!」



 ローランが肩を抑えて膝を突くが……、


(……やっぱ、無理か)


 掴んでいた手は離れてしまった……。

 結局、体当たり……ってか、しがみついてただけ……ってか、轢いただけ……。肩が外れたのはたまたまだ。


 なんとも情け無い。

 握力なんて10とか15くらいなんじゃないか……?



「……はぁ〜……先が思いやられる」


「テメェ、クソ、クソッ……!! もう許さねぇ」



 これはまずいな。

 このまま戦闘を続行しても引き分けにしかならない。

 

 俺はローランを殺す術がないのだ。

 “スピードアタック”を連発するにしても、残り『0:30』……。何百発もアタックしなけりゃローランの体力を削るのは無理だろう……。


 しかも、俺のスキルは1時間のクールタイムがいる。


 避けまくっていたところで誰かに止められるのがオチ……。結果、引き分けになるしかないのだ。



 そう。俺は無敗ではある。勝利がないだけ。


 ……あっ。


(吾輩は無敗である。勝利はまだない……)


 

 ふっ……、俺はこんなオマージュもできるようになったんだなぁ……。懐かしい……漱石。




 


 ドンッ!!!!



 前世にふけっていると、後ろからなにかが来た。まだ時間内で触れられることはしなかったが……、



「マ、マリアンヌ……。死角からそのスピードで突進されたら、俺、死んでるからな?」


「テ、テヘペロッ!!」


「ウィンクできないならするなよ。不細工だぞ……」


「あぁー! ひどぉーい!! でも、許してあげる〜!! チューもしてあげる〜!!」


「いらん……」


「ささっ! しゅっぱぁーつ!! 目指せ、もふもふの楽園!!」


「なんでそうなるんだよ……」


「……さて、リノ君。さっき逃げようとしたの、知ってるからね?」



 ガシッ……



 腕を組まれ、歩き始めたマリアンヌに引きずられるように俺は冒険者ギルドを後にした。



「……ま、まじかよ」

「アイツ……えっ?」

「な、なんだったんだ? なにが」

「さっきのいつもヘラヘラしてる実験体だよな?」



 冒険者ギルド内の声を背に受け、マリアンヌがギルドの扉を開いた。



 眩い光に包まれて、目を細める。


 今度こそ冒険が始まる。



「ねぇ、どうする? 一回、抱いとく?」


「な、なんでだよ!!」



 どうやら俺の異世界転生は前途多難だ。











ーーーーー【あとがき】



読んでいただき感謝です!

一応、短編のつもりで書きましたが、「面白そう」「続きが気になる」と思ってくださいましたら☆☆☆やフォロー、♡などで評価していただけましたら幸いです。


コメントもください!

感想に飢えてますww


短編ってこれでいいんですかね?

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです!



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【3分間無敵】だが呪われてる俺、NTRたら前世の記憶が蘇ったので、Sランクパーティーの『実験体』を辞めて、本気で攻撃手段を探そうと思う @raysilve

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