第2話 NTRたら記憶が蘇った ②



  ◇◇◇




 シィーン……



 2人に沈黙が訪れる。

 気にならないという嘘は控えておこう。


 今世のリノアード・グレイ……。いや、俺は、確かにこの女“シャリア・メイヤー”を愛していた。



 シュル……スッ……



 背を向けて玄関に座っている俺の耳にはシャリアが服を着る音が聞こえてくる。



(……謝罪もないのか)



 長い付き合いだ。

 俺がリノアードになってから21年。


 シャリアは同郷の幼馴染。


 物心ついた時には一緒にいた。

 親御さんとはもちろん顔見知りだし、亡くなった俺の両親もシャリアのことを知っている……。



(……いい親だったな)



 前世の記憶が蘇ったからこそ、今世の両親がどれほど俺を愛してくれたのかが伝わってくる。


 俺は『忌子』。忌み嫌われる子供。

 故郷を魔族に襲撃された時に、ステータスの[筋力]と[耐久]を[F]に固定される呪いを受け、忌避される子供だった。


 それなのに両親は愛してくれていた。


 前世で読んでいたラノベとは違う。

 前世の記憶もなければ、もちろん知識もない。


 ただ……今世の“俺”、リノアード・グレイは、この異世界で致命的な欠点を背負った。


 ここは異世界。剣と魔法の世界。

 15で誰もが授かる『スキル』と、レベルに伴い反映される『ステータス』がすべての世界……。


 前世を思い出したからこそ言える。


 俺はモブの中でも最弱の部類だろう。

 ステータス的にはとてもSランクパーティーについていけるような人間じゃない……。



「《ステータスオープン》……」



 数刻前は恥ずかしくなかった「当たり前」……。前世では38のおっさん……いや、お兄さんが、《ステータスオープン》って、呟くのは心に来る。



 ▽▽▽


 リノアード・グレイ[21]

 種族[人間(ヒューマン)]

 Lvel [74]

 恩恵(スキル)【3分間無敵】


 筋力[F]

 耐久[F]

 敏捷[S]

 器用[A]

 幸運[C]

 魔力[B]


 呪法:『彼岸の呪い』


 △△△




 15歳になると女神より授かる恩恵(スキル)。

 俺のスキルは【3分間無敵】。

 物理や魔法、全ての攻撃を無効化する能力だ。

 3分間だけの絶対防御。


 ハハッ……ウルトラ○ンじゃないぞ?


 だって、攻撃手段がないのだ。

 どれだけトレーニングを積んで身体を鍛えても、死地を超え続けてレベルを上げても、俺の筋力と耐久は[F]のまま……。


 剣を振るうにも重さに振り回される。

 ゴブリンにすら刃は通らなかった時は泣けたね。

 いや、マジで……。


 俺は誰も殺せない。

 

 魔法を覚えるには魔道書が必要だが、そんなものは貴族連中が全てを牛耳っている。


 ここで、俺は俺にできることを考えた。


 大切で大好きな幼馴染と恋仲になった俺が金を稼ぐ方法を考えたんだ。


 結果、俺はパーティーの『実験体』になった。


 魔物との遭遇時に1人で駆け出し、敵の行動パターンやスキルをメンバーたちに観察させる仕事だ。同じ魔物にも個体差や癖は存在する。


 それをパーティーメンバーたちに確認させ、作戦を立てさせることで大物喰いを繰り返し、ネグサロ率いる“斬雨(キリサメ)”はSランクパーティーとなった。

 

 雑用もこなし、メンバーの機嫌を取り、「最強の囮」だなんて同業者からバカにされても、必死に愛想笑いを浮かべて耐えてきた。


 思えば、前世でも愛想笑いばかりだった。

 本当に、異世界に来ても何一つとして変わらなかったんだな……。



 まぁ……、今となっては、もう関係のない話だ。


 俺はここから始める。ここから始められる。

 これからは、自分のために生きるんだ。


 せっかくの異世界……。



「正真正銘の『無敵』になって誰よりも自由に異世界を謳歌するぞ」



 ポツリと決意を口にして、「ふぅ……」と息を吐いた。




「……3億あれば、こんなボロ部屋から出られるね」



 後ろから聞こえた声はいつもと変わらない口調だ。


 こ、この女は気が触れているのだろうか? 

 自分がなにをしたのか理解していないのか?



「ねぇ、聞いてる? お金が手に入るのはウチのおかげだよね? リノなら上手くやってくれるって信じてたよぉ」


「……」


「リノがニノン様の名前出した時のネグサロの態度おもしろかったね。フフッ、本当にバカだね!」


「……」


「リノ? ねぇ、早く“上書き”して……?」



 スッ……



 肩に触れられれば、全身の毛が逆立つ。

 ゾワゾワとしてムカムカとして耐えがたいものだ。


 先程の光景が蘇り、今更ながら吐き気を催す。

 恍惚とした顔も、乱れていた身体も、揺れていた髪も。


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……


 不自然なほど力強い動悸と寒気。

 前世の妻とシャリアが交互に現れては俺を嘲笑う。



「リノ。ごめんね? 1番はリノだよ?」



 耳元で囁かれ、背後から抱きしめようと俺の首に腕を回してくる。



「リノのこと、世界で1番愛して、」



 パシッ……



 俺は腕をはじいてスクッと立ち上がり、顔だけはいいシャリアのキョトン顔を見下ろす。


 なぜだか、自然と口角が上がるのを感じる。


 シャリアの前では笑顔でいるのが癖になっているのかもしれない。俺の……リノアード・グレイの奥底に染み付いているのかもしれない。



「死んで?」



 ポツリと出た言葉は半ば無意識だ。

 なにか言わないとと勝手に口から出た言葉だ。



「これから先、地獄をみて死ねばいい。壊したものがなんだったのかを自問しながら、一生を不幸に過ごせばいい……」



 ピクピクと顔を引き攣らせるシャリアの美しい顔に、ブラウンの髪がハラリと落ちる。


「ハハッ……」


 また自然と口角が上がる。

 今世の俺はなかなかのイケメンだから言葉と表情のギャップはかなりのものだろう。


 前世の妻に言えなかったことも代わりに聞いて貰おう。



「俺の前に二度と姿を見せないでくれ……。願わくば、君の人生が不幸に包まれますように……」


「……な、なに言ってるの?」


「…………」


「ねぇ!! なに言ってるの!?」


「……さよなら」


「……ぇっ? ね、ねぇ! 待ってよ! 嘘だよね!? リノがウチを捨てるとかあり得ないんだけど!!」


「……」


「む、無理矢理、犯されたの!! ウチ、ネグサロに無理矢理されたの! 抵抗したんだけど、敵わなくて……!! ねえ! ねぇってばっ!! うそじゃないよ? 本当だよ! ウチは――――」



 俺は存在を無視してネグサロを待った。

 泣きながら半狂乱しているシャリアとは一切目を合わせずに玄関を見つめていた。

 


「――――だ、だいたいリノが悪いんだよ!? 1人じゃなにもできないネグサロの“金魚のフン”。その恋人だってウチまでバカにされるし、休日も買い出しがあるなんて、ウチを1人にするし!! ねぇ! ねぇえ!!」




 ついにシャリアが無茶苦茶な暴論を吐き始めた頃、



 コンコンッ……



 ノックの音が鳴った。

 扉を開けると不機嫌そうなネグサロが、俺の隣で発狂しているシャリアにギョッとする。



「ふ、ふざけないで!! ねぇ! リノ!! ねぇ! アンタもなにか言ってよ!! 全部、アンタのせいなんだからッ!!」


「……は、はぁ? お前が誘って来たんだろ!! いい加減にしろよ! テメェのせいで俺はこんなハメに、」




 俺は言葉を遮るように手を出した。


 ネグサロは「チィッ……」と舌打ちをして、ずっしりとした袋を俺に手渡す。



「な、なにしてんの!? それはウチのおかげで貰ったお金、」


「毎度あり。安心しろ。ニノンには言わないし、俺はこの街から消えるから」


「……二度と俺の前に顔を見せるなよ?」


「バカか? こっちのセリフだ……」


「待って!! ねぇ、リノ! ごめん!! ごめん!! ウチが悪かったから!! アンタも謝りなさいよ! あんなに抱かしてあげたんだから!! リノを止めないと、ウチがニノン様に言う、」


「ふざけんな! そんなことしたら女だろうと容赦しねぇからなッ!」



 

 ネグサロがシャリアを突き飛ばし、やっと悪霊が離れて身体が軽くなる。悪霊は俺への愛情があるわけじゃないだろう。ただ単に、3億リルって金に目が眩んでいる。



(バカバカしい。もう好きにしてくれ)



 俺は「ふっ」と小さく笑ってから、シャリアと同棲していた部屋を後にした。


 街に出るとなんだか視界がパーッと開け、見慣れた街の景色も全く違うものに見える。



(さてさて、まずは攻撃手段を探さないとな)



 38と21年生きた俺は年甲斐も無くワクワクしていた。



 世界は希望に満ちている。

 俺の異世界転生がここから始まるんだ。





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